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第一章
王子の恋人
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———様、グレイン様、起きてくださいませ。
この、声は……フィリアか。
———ふふ、本当に朝が苦手な方ですこと。
ああ、朝は昔から苦手だ。この手の中にあるはずの大切なものが、目を覚ましたら消えている気がするから。フィリア、目を覚ました時に君を喪うくらいなら、私は朝を知りたくはない。いつまでもその声を聞いて、この世の終わりまで微睡んでいたいと思うよ。
———いけませんわ、グレイン様。早く目を覚まして、その宝石のような瞳で私を見つめてくださいませ、ねえ、愛しい方。
フィリアの声に誘われて頑なに朝日を拒む目を開ける。そして光を受けてぼんやりとした視界に映ったのは、いつでも私の心を捉えるトパーズの瞳だった。
「……リア」
「あの、おはようございます、殿下」
“殿下”……? ああ、そうか、フィリアはもう、いないのだったな。
「ああ、おはよう、リリア」
次第にはっきりしていく意識の中で、目の前の彼女の存在を再認識していく。彼女はリリア……私の恋人に瓜二つの、別人だ。
私が仮の名を与えた少女、リリアは私の挨拶に目を細め、口元を綻ばせた。
「仮とはいえ殿下直々に付けてくださった名前ですから、リリアという名はまだまだ畏れ多くて恥ずかしいですね。さあ、フィス様が朝食を用意してお待ちですよ」
「そうか、わかった」
私の返事に笑みを深めたリリアが部屋を出ていくのを見送り、乱れたままの前髪をかきあげる。朝に弱い私を一度で起こすためにとフィスが彼女を寄越すようになってから数日、たしかに私はベッドからすぐに出るようになったが、同時に苦行めいた感覚に襲われるようにもなっていた。目覚めて最初に見るのがいつでも恋人の瞳だった過去を、リリアの瞳を見て「殿下」と言われるたびに思い出すからだ。
「フィリアはもういない。分かっていることだろう」
そう自分に言い聞かせることも、リリアの名を彼女に与えた日から自然と始まった。その言葉が自分の気分に暗い影を落とすと知りながらも。いつものように浮かんできた憂鬱さから目を背け明るい方へと視線を向ける。窓の外に広がるのは恨めしいくらいの青空だった。
「“空が青い日は良い日になる”、か」
今日もまた、フィリアのいない“良い一日”になりそうだ。
この、声は……フィリアか。
———ふふ、本当に朝が苦手な方ですこと。
ああ、朝は昔から苦手だ。この手の中にあるはずの大切なものが、目を覚ましたら消えている気がするから。フィリア、目を覚ました時に君を喪うくらいなら、私は朝を知りたくはない。いつまでもその声を聞いて、この世の終わりまで微睡んでいたいと思うよ。
———いけませんわ、グレイン様。早く目を覚まして、その宝石のような瞳で私を見つめてくださいませ、ねえ、愛しい方。
フィリアの声に誘われて頑なに朝日を拒む目を開ける。そして光を受けてぼんやりとした視界に映ったのは、いつでも私の心を捉えるトパーズの瞳だった。
「……リア」
「あの、おはようございます、殿下」
“殿下”……? ああ、そうか、フィリアはもう、いないのだったな。
「ああ、おはよう、リリア」
次第にはっきりしていく意識の中で、目の前の彼女の存在を再認識していく。彼女はリリア……私の恋人に瓜二つの、別人だ。
私が仮の名を与えた少女、リリアは私の挨拶に目を細め、口元を綻ばせた。
「仮とはいえ殿下直々に付けてくださった名前ですから、リリアという名はまだまだ畏れ多くて恥ずかしいですね。さあ、フィス様が朝食を用意してお待ちですよ」
「そうか、わかった」
私の返事に笑みを深めたリリアが部屋を出ていくのを見送り、乱れたままの前髪をかきあげる。朝に弱い私を一度で起こすためにとフィスが彼女を寄越すようになってから数日、たしかに私はベッドからすぐに出るようになったが、同時に苦行めいた感覚に襲われるようにもなっていた。目覚めて最初に見るのがいつでも恋人の瞳だった過去を、リリアの瞳を見て「殿下」と言われるたびに思い出すからだ。
「フィリアはもういない。分かっていることだろう」
そう自分に言い聞かせることも、リリアの名を彼女に与えた日から自然と始まった。その言葉が自分の気分に暗い影を落とすと知りながらも。いつものように浮かんできた憂鬱さから目を背け明るい方へと視線を向ける。窓の外に広がるのは恨めしいくらいの青空だった。
「“空が青い日は良い日になる”、か」
今日もまた、フィリアのいない“良い一日”になりそうだ。
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