記憶の先に復讐を

秋草

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第一章

王子の不信

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「本日は随分とご機嫌がよろしいようですね。良いことです」

 彼女を保護した翌日、執務に励んでいた私に完璧な笑顔でそう言ったのは、ラガルド・レア・ノーリスという男だった。アドレイとは本家と分家の関係にあり、たしか二人の親が従兄弟同士だったはずだ。両家の関係は良好でそれは全て本家の人徳によるもの、などと言われているが……彼の目の奥に野心と腹黒さを見たことが幾度となくある私には、とても彼の家系が聖人だとは思えない。

「今日はどうやらよく眠れたようでね。頭がすっきりしていると気分も上がるだろう? ただそれだけだよ」
「左様ですか。昨日のうちに良い出来事があったのかと思い面白い話を期待したのですが、そうではないのですね」

 少し残念です、などと眉根を下げて見せるのも芝居であることはお見通しだ。まったく、この男といると完璧な善意に似せた悪意を感じることが多くて疲れる。どうせ今の問いかけも、自分にとって不都合なことが与り知らぬところで起こっていないかを探りたかっただけに違いない。

「私自身残念だが良いことなど何もないよ。——ああ、“残念”で思い出したのだが、数日前に辺境にあるレア・ノーリス家の別荘が火災に巻き込まれたそうだね。山火事……だったかな?」
「おや、そのお話がもう殿下のお耳に入っていたとは」

 そう、先程フィス伝いに入ってきた情報での中に、山火事とそれに伴う被害の報告があった。周囲に大きな街はなく、観光地や湯治にうってつけの温泉があるわけでもない。そのような場所に別荘を持つ物好きな貴族もいるのかと思ったら、所有者はまさかのこの男だった。

「私のもとには、邸が焼けたことしか入ってきていない。被害を受けた者はいたか? 使用人を含め、全員無事なのか?」
「ご心配痛み入ります。あの邸には数名の召使いしかいなかったのですが、全員の無事を確認しております」
「そうか、それならばよかった。しかしなぜあのようなところに、」

 なぜあのような山の中に邸を持っているのか、と聞きたかったが、運悪くもそれは国王からの呼び出しに邪魔されてしまった。

「私からのお話は以上でございますので、失礼いたしますね」

 私と私を呼びに来た側近に挨拶をして、ラガルド・レア・ノーリスが部屋を出ていく。その背中を見送りながら感じた胸のつかえを紛らわせるために、私は小さくため息をついた。山火事の件、何か引っかかる。近いうちに少し問い詰めてやろう。……ああ、今はそんなことよりも何よりも。

 早く仕事を終えて彼女に会いに行きたい。


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