記憶の先に復讐を

秋草

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第一章

王子の偽言

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 目覚めた彼女から初めて聞く言葉……それがこのようなものになると誰が予想できただろう。少なくとも私は、返す言葉が見つからずに彼女を見つめてばかりになってしまった。

「…………殺すなど、絶対にしない」

 返事に困った挙句出てきたのはそんな台詞だった。そう、私は彼女を殺しはしない。殺せないに決まっている。愛する女性と瓜二つのこの人を手にかけるなど、本人に望まれても絶対にお断りだ。

「君を死なせはしない。もう、失わない」
「……貴方は、私を知っているのですか?」
「なぜそのようなことを聞くんだ?」

 まるでその表情と言葉では……記憶を失くしたようだ。戸惑いを隠せぬ顔で声を震わせるその姿に、愚かにも私の胸は高鳴った。頭をよぎった考えにそれだけは言ってはいけない、と私の良心が叫ぶ一方で、私の中の悪魔が「言ってしまえ」と囁く。

「君は過去の記憶がないのか?」
「はい。昨日のことも、なぜここにいるのかも、そして自分が何者かも……全て分かりません」

 彼女には記憶がない。その事実を確認した以上、悪魔に抗う理性など今の私には必要なかった。

「……君は、私の恋人だよ。名はフィリアという」
「フィリア……それが私の、名前……」

 私から目をそらし、口馴染みを確かめるように名前を繰り返す。畳み掛けるなら今しかない。
 ベッドに歩み寄り、さも当然のような顔でベッドの端に腰掛ける。そして真実を語るが如く滔々と嘘を並べ立てた。

「君は今日、川岸で倒れていた。……実はね、君は四年前から行方不明で、亡くなったことになっていたんだ」
「行方不明、ですか」
「ああ。きっと、君が記憶を失ったのは辛い思いをしたからだろう。行方不明の間に何があったのかを聞くつもりはないから、今はゆっくり休んでくれ」

 恋人がするように愛しさを滲ませた声色で言えば、彼女は戸惑いながらも小さく頷いた。そんな姿も可愛らしく、本当に恋人が帰ってきたのかと錯覚してしまいそうになる。いや、既に錯覚はしているか。頭では彼女とフィリアは別人だと分かっていても、心はどうしてもこの少女をフィリア本人だと思い込みたがっている。

「二度と私のそばを離れないでくれ、フィリア」


 恋人と少女を同一視する私に、きっと他人は「狂っている」と言うだろう。ああ、そうかもしれない。だが、誰に何を言われようとも構わない。誰がなんと言おうと、彼女は私の恋人だ。誰にも渡さないし、誰にも触れさせない。たとえそれが、かつてこの少女を愛した者であっても。


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