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それでも譲らない
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先に帰って、と篠原さんに言われた時点で、その後の展開は予想がついた。彼女は帰らず篠原さんに保護されるだろう、と。その予想通り、今俺の前には篠原さんがいて、彼女はいなかった。
「どうも、さっきぶりですね」
マンションのエントランスで、帰ってこないだろう彼女を待っていた俺の前に現れた篠原さん。その表情は明るいものではなく、どちらかといえば呆れや苛立ちが目立っている。
「君が宮坂さんのストーカーだとは思いたくなかった。一体なにを考えているのか、詳しく聞かせてほしい」
「ええ、いくらでも。その前に確認ですが、彼女は今どこに? 安全な場所にいますか?」
「安全が保証できる場所に移動させたよ。場所は教えられないけれどね」
彼女が危険な状況でなければ何だっていい。俺がここにいる理由も、彼女のため以外の何物でもないのだから。
**********
「それで、君は一体何を考えているんだ」
駅前のカフェに入って軽食の注文を済ませるや否や、篠原さんは尋問中の警官の顔で問うてきた。隠しきれていない“別の”敵意に察するものがあるが……まあ、今はそんなことを考える状況ではないか。
「彼女の安全と安心、俺が考えていることはそれだけです」
「君がその安心を脅かしているのではないのか」
「まだ受け入れてもらえていないことは事実ですが、そのうち理解してもらえるでしょう」
穂村蓮の弟というアドバンテージが俺にはある。彼女がこの顔と声に兄を見て動揺していることは知っているのだ。
「伊築君、受け入れてほしいからといって宮坂さんの家に押しかけるのは、非常識にも程があるだろう。それが当然だと信じているのなら、はっきり言って異常だよ」
「異常で構いません、それで彼女が守れるのなら。彼女を守ることは俺の意思であり兄の意志です。兄の意志を継ぐためならば、俺は何だってしますよ」
何だってやる。兄が彼女を守るために手を尽くしてきたように。
篠原さんは眉をひそめて俺を見つめていたが、そのうち深いため息と共に俯いた。
「君は本当にあの人に似ている。あの人も、彼女のためなら何事にも躊躇いがなかったからね」
「兄が、ですか?」
「ああ、時に寒気がするほどに宮坂さんへの愛情が深かった。非番の日にも遠巻きに護衛していたり、彼女への贈り物に発信機を仕掛けたり、ね」
俺以外の家族にも隠すような本性、それを見せていたとは、兄は随分とこの人を信頼していたらしい。
「それでも私があの人を尊敬して遺言に従っているのは、その異常性が決して彼女を傷つけないという信頼があったからだよ」
こめかみを押さえて少し黙ったかと思えば、静まり返った眼差しで俺を見据えた。
「今後宮坂さんが君を見て怯えるだろうことを考えれば、もう君を彼女に近づけるわけにはいかない。今後は彼女と距離を取りなさい」
「嫌です」
距離を取れ? 離れろだと? 言われると予想していても、いざ口にされるとこうも不快なものか。
「兄が彼女から離れなかったように、俺も彼女から離れるつもりはありません。無理やり引き離すことは、たとえあなたでも許さない」
兄の代わりに彼女を守るのは、彼女のそばにいるのは俺でいい。他人に任せるつもりはない。
まあ、接し方が少しばかり強引だったことは、認めざるを得ないか。
「彼女の意思を無視して先走ったことは認めます。ですから、彼女とはしっかり話し合うつもりです。俺がそばにいていいと言ってもらえるように」
そう言ったところで、篠原さんの表情が和らぐことはなかった。むしろ険しさを増したような気がするが、そこは想定通りだ。
そんな話し合いが早々に決着するわけもなく、結局はそのカフェの閉店時間までテーブルを挟み睨み合うこととなった。
ああ、早くあの子に会いたい。
「どうも、さっきぶりですね」
マンションのエントランスで、帰ってこないだろう彼女を待っていた俺の前に現れた篠原さん。その表情は明るいものではなく、どちらかといえば呆れや苛立ちが目立っている。
「君が宮坂さんのストーカーだとは思いたくなかった。一体なにを考えているのか、詳しく聞かせてほしい」
「ええ、いくらでも。その前に確認ですが、彼女は今どこに? 安全な場所にいますか?」
「安全が保証できる場所に移動させたよ。場所は教えられないけれどね」
彼女が危険な状況でなければ何だっていい。俺がここにいる理由も、彼女のため以外の何物でもないのだから。
**********
「それで、君は一体何を考えているんだ」
駅前のカフェに入って軽食の注文を済ませるや否や、篠原さんは尋問中の警官の顔で問うてきた。隠しきれていない“別の”敵意に察するものがあるが……まあ、今はそんなことを考える状況ではないか。
「彼女の安全と安心、俺が考えていることはそれだけです」
「君がその安心を脅かしているのではないのか」
「まだ受け入れてもらえていないことは事実ですが、そのうち理解してもらえるでしょう」
穂村蓮の弟というアドバンテージが俺にはある。彼女がこの顔と声に兄を見て動揺していることは知っているのだ。
「伊築君、受け入れてほしいからといって宮坂さんの家に押しかけるのは、非常識にも程があるだろう。それが当然だと信じているのなら、はっきり言って異常だよ」
「異常で構いません、それで彼女が守れるのなら。彼女を守ることは俺の意思であり兄の意志です。兄の意志を継ぐためならば、俺は何だってしますよ」
何だってやる。兄が彼女を守るために手を尽くしてきたように。
篠原さんは眉をひそめて俺を見つめていたが、そのうち深いため息と共に俯いた。
「君は本当にあの人に似ている。あの人も、彼女のためなら何事にも躊躇いがなかったからね」
「兄が、ですか?」
「ああ、時に寒気がするほどに宮坂さんへの愛情が深かった。非番の日にも遠巻きに護衛していたり、彼女への贈り物に発信機を仕掛けたり、ね」
俺以外の家族にも隠すような本性、それを見せていたとは、兄は随分とこの人を信頼していたらしい。
「それでも私があの人を尊敬して遺言に従っているのは、その異常性が決して彼女を傷つけないという信頼があったからだよ」
こめかみを押さえて少し黙ったかと思えば、静まり返った眼差しで俺を見据えた。
「今後宮坂さんが君を見て怯えるだろうことを考えれば、もう君を彼女に近づけるわけにはいかない。今後は彼女と距離を取りなさい」
「嫌です」
距離を取れ? 離れろだと? 言われると予想していても、いざ口にされるとこうも不快なものか。
「兄が彼女から離れなかったように、俺も彼女から離れるつもりはありません。無理やり引き離すことは、たとえあなたでも許さない」
兄の代わりに彼女を守るのは、彼女のそばにいるのは俺でいい。他人に任せるつもりはない。
まあ、接し方が少しばかり強引だったことは、認めざるを得ないか。
「彼女の意思を無視して先走ったことは認めます。ですから、彼女とはしっかり話し合うつもりです。俺がそばにいていいと言ってもらえるように」
そう言ったところで、篠原さんの表情が和らぐことはなかった。むしろ険しさを増したような気がするが、そこは想定通りだ。
そんな話し合いが早々に決着するわけもなく、結局はそのカフェの閉店時間までテーブルを挟み睨み合うこととなった。
ああ、早くあの子に会いたい。
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