愛しているから問題なくない?

秋草

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君を守るため

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 この世には色々な人がいる。けれどその多様な人々も、結局は二つに分けられるものだと思う。常識的な人、非常識な人。平凡な才能の人、非凡な才能の人。そして、好かれる人と、嫌われる人。
 そうして分類される中で、あの人は間違いなく「好かれる人」の部類だった。いつも爽やかに微笑んで、子供みたいに明るく元気な挨拶をしてくれたあの人は。

「おはよう、おまわりさーん!」

 かつてあの人がいた場所では、彼の後輩さんが小学生からの挨拶に笑顔で応えている。そしてその人は、遠巻きに小学生の列を眺めていた私を見つけると少し寂しげに微笑んで歩み寄ってきた。

「おはようございます、宮坂さん」
「おはようございます。篠原さん、今日は夜勤ではないのですね」

 篠原司(しのはら・つかさ)さん、たしか23歳。真面目な性格が眼差しに滲む精悍な顔つきの男性だ。イケメン警官と名高いらしく、地元のマダムや少女達に囲まれているのを度々見かける。
 篠原さんは私の言葉に小さく頷き、「でも」と眼差しを真剣なものにした。

「夕方まではしっかり皆さんの安全を守りますから。もちろん、宮坂さんのことも」
「いつもありがとうございます。でも、私一人にそんな気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ?」

 篠原さんは朝だろうと夜だろうと、私の通学時間にはできる限り交番の前に立っていてくれる。そして私が無事にこの町にいることを確認するととても安心した様子で挨拶をしてくれるのだ。それは高校の頃から大学に入学したこの年まで、変わることのない習慣になっている。

「この数年はおかげさまで、ストーカーの被害に遭ったりはしていませんから」
「効果があるようなら、尚更見守りはやめられませんよ。俺がこの町にいる間は、あなたの安全はしっかり守ります。それがあの人からの頼みですから」

 私と篠原さんが言う「あの人」とは、穂村蓮(ほむら・れん)さんという警察官のこと。2年前の休暇中に、事件に巻き込まれて亡くなったらしい。多くの人に慕われ、常に笑顔を絶やさなかった穂村さんは、私のことをいつも気にかけてくれていた。それは多分、私がよくストーカーをはじめとした犯罪の被害に遭っていたからだと思う。本当に優しくて格好良くて、好きにならずにはいられない人だった。

「最近は何か困ったことはありませんか?」
「あはは、同じことを篠原さんに昨日も訊かれましたよ」

 慕っていた先輩の遺言だからだろう、篠原さんは穂村さんと同じくらいに過保護に心配してくれる。家族でもないのに申し訳ない気もするけれど、気持ちをありがたく受け取っておくのも礼儀かな。ちなみに私は兄弟姉妹はおらず、現在「実家から徒歩10分」のマンションで一人暮らし中です。大学に入ったら一人暮らししたい、という願望を意地で貫いた結果、両親との妥協点がそこになった。でもいいのだ、今両親は海外赴任中で実家との距離は関係ないに等しいのだから。

「それよりも篠原さん、今日はしっかり朝ご飯は食べましたか?」
「えっ、朝ですか? 食べていることの方が少ないですからね、いつも通り食べていません!」
「元気よく答えられる内容ではないですよ」

 この人は私のことは些細なことまで気にかけるのに、自分のこととなると途端に色々と疎かになるらしい。そんな彼にできる、日頃のお礼も兼ねたことといえば……お弁当を作ってあげるくらいだ。お弁当を職場に持ってくるなど、我ながら恋人かと思わなくもない。断じて付き合ってはいないけれど。

「今朝はおかずをうまく作れたので、詰めて持ってきました。容器は食べ終わったら捨てられますから、よろしければ召し上がってください」

 はい、とお弁当が入ったビニール袋を手渡せば、彼はキョトンとした後で照れたように頭をかいた。

「なんかすみません、度々気遣っていただいてしまって」
「いつも私ばかりお世話になっていますから。たまには、これくらいのことはさせてください」
「はは、ありがとうございます。ありがたくいただきます」
「ぜひ! それでは、そろそろ大学に行きますね!」

 自分が作ったものをこうも喜んで受け取ってくれると、なかなかにこちらも嬉しいものだ。
 いってらっしゃい、と手を振る篠原さんに歩き出しながら手を振りかえし、足取りも軽く駅へと向かう。
 しかし、駅のホームで電車を待つ間、私はなんとなく寒気を感じていた。この感覚には、なんとなく覚えがある。
 怖い。でも大丈夫、大丈夫だ。今日は昼には授業が終わる。それからすぐに戻って来れば、まだあの場所には篠原さんがいるはずだ。

 私には穂村さんがいた。そして今は、篠原さんがついているのだ。何も怖くない、大丈夫。

**********

 宮坂さんからお手製の弁当をもらい彼女を見送った後、一度交番の中に戻ると、同僚の先輩のニヤけ顔に迎えられた。

「本当に仲がいいよなあ、あの子と。なに、やっぱり付き合っていたりするの?」
「付き合っていませんし、それ以前に彼女をそういう目では見ていません」

 わざと嫌悪を顔に出して言っても、先輩は謝るどころかにやけ顔を深めるばかりだ。

「またまた、そんな嬉しそうな顔で手作り弁当を抱えてきた奴が何言ってるんだ」
「本当に彼女とは、そういう関係にはなりませんから。あの子は、穂村さんのことが大好きですから。……例え俺がそういう感情を抱いたとしても、あの子が俺を見ることはないです、たぶん」

 そもそも未成年ですし、とジト目で先輩を睨み、わざとらしく肩をすくめた彼に呆れのため息を漏らす。とはいえ、改めて指摘されて堪えた部分もあって、俺は自分に向けても小さくため息を漏らした。
 間違えるな、勘違いするな、あの子は穂村さんから託された保護対象だ。そんな彼女に対しては、俺のこんな感情は要らないのだ。……そう自分に言い聞かせて、俺は彼女のお手製弁当をそっと自分のロッカーにしまい込んだ。
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