《勇者》兼《魔王の嫁》

いとま子

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21.報復させていただきますよ

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「本当に申し訳ありませんでしたっ!」

 レイルは勢いよく頭を下げた。顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

「僕が目を離したりしなければ……ルーチェ様は、あんなことには……っ、ううう」
「おいおい、何の話だ?」

 おどけるようにルーチェはレイルの言葉を遮ったが、内心では焦っていた。

(勇者を見失った事実はあるにしても、その間に何があったのかレイルは何も知らないはずじゃないか。傷は側近様に治してもらったし、あの後すぐ着替えたから、見た目じゃ分からないはずなんだけど)
「勝手に離れて悪かった。怒られるのはレイルなのにな、考えが足りなかったよ。そんなに怒られたのか? もう泣くなよ」
「いえ、僕が悪いんです。シーナ様には目を離すなとすごく怒られましたけど……」

 レイルが肩を落とす。

(やっぱり目を離したことについて謝ってるみたいだな。側近がレイルになにがあったか話すわけないだろうし、目を離すなという叱責だけで、魔族に襲われたとレイルが感づいたりもしないだろうけど……)
「ルーチェ様はひとりになった途端、てっきり引き出しを漁ったり、壁に向かって怪しい動きをしたり、レベル上げのためにケルベロスに再戦挑んだりしていたのかと」
「俺をなんだと思ってんだ」

 認識は勇者であっているが、見当違いも甚だしい。

「ちょっとひとりで城内をうろうろしてたからさ、怪しまれてただけだ」
「よかった、その程度なら」

 レイルは胸をなでおろし、
「ドラゴンに噛まれたと思えば」
「大事じゃないか」

 呆れるルーチェに、「本当にすみませんでした」とレイルは何度も謝った。

「もう謝らないでくれ。レイルは悪くないって。勝手に忠告を無視した俺に責任があるんだから」
「でも……、そんな……」

 怒られた程度の落ち込み度合いではなかった。実際は本当のことを分かっているのかもしれない。

(どっちにしろ、レイルが落ち込む必要なんか全くない。レイルは悪いことはしてないんだし、俺ももう落ち込んでなんかないからな)

 ルーチェは肩を落とすレイルの顔を覗き込んだ。

「だったらひとつ、頼みごとがあるんだけど」



 豊かな緑に囲まれる寄宿舎の裏。
 談笑しながらやって来る兵士たちの前に、ルーチェは物陰から姿を現した。待ち伏せていたのだ。数人の魔族たちの中で、用があるのは二人だけ。
 いきなり現れた人間の姿に、兵士たちは戸惑うよりも顔をしかめた。

「やられっぱなしじゃ、性に合わないんでな。報復させていただきますよ」

 ルーチェは剣を抜き、にやりと笑った。

「どっちからでもいいぜ」

 用があるリザードマンとミロタウロスは顔を見合わせ、豪快に噴き出した。

「この前、魔王様の側近に負けたのは、どこの人間だったっけなあ」
「また見張りもつけないで、わざわざ俺たちに会いに来てくれたんですか。捕まっちゃってぼろぼろ泣いてたくせにねえ」

 馬鹿にするような口調で言い、げらげらと嘲笑する。シーナにあれほど釘を刺されたというのに全く懲りていないようだ。あらましを知ってか知らずか、他の兵士たちも腹を抱えて笑った。例えルーチェを魔王の嫁であると建前上理解していても、人間を良く思わないのは変わらないらしい。

「御託はいいからさ、さっさとかかってきてくださいよ」

 挑発に乗らず、逆にルーチェは挑発した。手本はシーナだ。

「それともなにか、後ろから不意打ちで襲わねえと、人間にすら勝てないんですかね」
「……あ?」

 兵士たちの声色と表情が変わり、辺りの空気が一瞬にして張り詰めた。
 男たちは気色ばみ、目を吊り上げた。

「なに強がってんだよ、人間のくせしてよお」

 ルーチェは鼻で笑った。

「強がってんのか本当に強いのか、確かめてみろよ」
「いいぜ、上等だオラアァア!」

 激高したミロタウロスがルーチェめがけて突っ込んできた。握り拳を振りかぶり、咆哮しながらルーチェとの距離を詰める。
 間合いに入った瞬間、ルーチェは身体を僅かに右に傾けた。
 拳が掠めるぎりぎりでかわし、一閃。薙いだ刃がミロタウロスの横腹に入る。

「ぐ……」
 と、ミノタウロスが脇腹を押さえながら倒れ、

「よそ見してんじゃねえよッ!」
 
 その背後からリザードマンが剣を振り回す。死角からの完璧な不意打ちだった。
 しかし、ルーチェが取り乱すことは無かった。
 それは研ぎ澄まされた感覚、積み重ねられた経験、肌で感じる空気の揺らぎ。全身の筋肉が軋む音から滲み出る気配で、次の一手まで相手の動きが手にとるように分かる。見える。

(――遅い!)
「側近のほうが百倍早かったぞッ!」

 剣を振りぬく、無駄のない動きだった。一瞬時間が止まり、ゆっくりとリザードマンの巨体が地面に伏す。一撃だった。
 ルーチェは地面に伏した二人を見下ろし、

「人間に勝てないようじゃ、城を守る兵士なんて名折れだな」

 その言葉に、観戦していた他の兵士から怒気が膨れ上がる。

「……調子に乗ってるんじゃねえよ。この、クソ人間があッ!」

 全員が一斉に飛び掛ってくる。数は五。気色ばむ男たちに、しかしルーチェは冷静だった。
 見える。全ての動きがコマ送りのようだ。大振りの腕、牙、筋肉の動き、がら空きの腹部。
 短く息を吐き、ルーチェは動いた。最短、最小限の動きだった。それはシーナが決闘のときに見せた動きと、ルーチェが旅の仲間と編み出した波状攻撃の絶妙なタイミングが合わさって完成した、ルーチェ独自の動きだった。
 すっと、ルーチェが構えを解く。その周りでは、男たちがうめきながら腹や肩を押さえ倒れてこんでいた。土埃が舞う。汚れを払い、剣をおさめる。が、なかなか鞘に収まらなかった。

「はは……」

 今頃手が震えてきた。

(襲われたときの恐怖が蘇ってきたのか……いや、武者震いってやつかな。どっちにしろ、もう大丈夫だ。俺は勝ったんだ)

 特訓の成果が出ているのか、ここの環境にも慣れたのか、ルーチェは多勢相手の戦闘に手ごたえを感じた。

「何をしているのです」

 声に振り向くと、そこには呆れ顔のシーナと、戸惑いの表情を浮かべるレイルが立っている。レイルが心配そうに視線を送る。大丈夫だ、と軽く手を上げた。レイルには事前に『離れているように、なにがあっても出てこないように』と頼んでおいたのだ。理由は伝えていなかったので心配をかけたのかもしれない。

「シーナ様! 人間が反乱をっ」

 兵士の一人が声を上げたが、シーナの表情は冷たかった。

「その人間一人にすら敵わないようでしたら、兵の意味がないでしょうに」

 男たちはぐっと言葉をのむ。無様な姿を見せた後では何も言えない。シーナは続ける。

「一度とならず二度までも、不本意ながら魔王様の嫁という立場にいる人間に襲いかかるなど……と、言いたいところですが、今回は勇者様の方から仕掛けたようなので、あなたたち、ここは見なかったことにするので職務に戻りなさい」
「しかし、あいつはッ」
「もちろん、勇者様には罰を与えます」

 兵士の言葉を遮り、ルーチェに向き直る。

「これは問題になりますよ。『やられたらやり返すというのは、間違ってるんじゃないのか』と以前私に説教を垂れたのは、どこの勇者様でしたかね」
「悪かったよ」
 と、ルーチェは思ってもないことを口に出す。

「まあこれで、人間と魔族が共存なんて話は、ただの夢物語だということが分かりましたね」
「そんなことないですよっ」

 レイルが声を上げるが、シーナは聞かない。

「とにかく、罰として勇者様の武器は取り上げます。無駄な特訓を続けたいのならば、落ちている木の枝でも振ってください」

 ルーチェは苦笑する。何でもお見通しってやつか。大人しく剣を返した。

「これで満足しましたか。これからは大人しくしていてくださいね」
「次はあんたの番だな」
「借りを作ったことをお忘れではなければ、私の予定表にでも無意味なお遊戯と書いておきましょう。五十年後に空きがありますので」

 ルーチェは無言で肩をすくめた。
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