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20.後悔するなよ※
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人型のトカゲであるリザードマンは、ちろちろと赤い舌を覗かせ、にたにたといやらしい笑みを浮かべた。
(……まずい)
背筋が凍り、ルーチェは腕の中でもがいた。
「ははっ、随分威勢がいいですねえ」
不意打ちだとはいえ、ルーチェの抵抗も軽く笑う程度である。ここでも力の差を見せ付けられた。抵抗などなかったかのように、さらに奥へと引っ張られていく。
ようやくたどり着いた場所は、口元を塞がれていても埃っぽさやかび臭さを感じた。何かの倉庫だろうが、長年使われていないようにも思える。
「おいおい、本当につれてきたのかよ」
暗闇の中で新たな声が加わった。呆れた声音だ。
「お、こりゃあ、ホンモノの人間だ。混ざってるわけじゃねえな」
至近距離で顔をじろじろ見られた。目の前にあるのは牛の顔だが身体は人間である、ミロタウロスだ。手の隙間が僅かに開き、ルーチェは首を振って、拘束を振りほどいた。
「お前らッ、何しやが――、っぐ、」
開いた口にすぐさま差し込まれたのは太い指だった。喉への圧迫感とざらりとした鱗の感触に吐き気がこみ上げる。
「はいはい、静かにしてくださいよ、っと」
リザードマンが口に指を突っ込んだまま後ろから羽交い絞めにする。体格差も大きく、頭一つ分抜き出ている。
「止めとけって。ばれたらどうなるかわからねえぞ」
ミノタウロスが一応というふうに忠告するものの、
「かまいやしねえよ」
と、リザードマンは唾棄するように言い放った。
「そもそもよ、人間なんざ、害虫や家畜みてえなもんだろ」
「まあな、魔王様が何であんなご執心なのかわかりやしねえ。いきなり嫁にするなんて言われてもな。いくら魔王様っていったって、そりゃないぜって」
「倒しに来た勇者様を選ぶなんて、よっぽどナニがよかったんだろうなあ」
彼らはげらげらと下品な笑い声を上げた。ルーチェは腕の中で暴れまわるがびくともしない。半端に空いた口の端から唾液がこぼれるだけだ。
「なあ、魔王様相手にうまいことやってんだろ? だったら俺らにもやってくれよ」
ツ、と鋭い爪が背筋をなぞった。恐怖心に体が硬直する。やがて腰の当たりから布を裂く音が聞こえた。臀部のみが露になり、外気に触れ寒気がする。がたがたと震えた。
「もう随分と仕込まれたんじゃねえのか」
局部に生暖かい息がかかり、ぞわりと総毛だった。激しい不快感に吐き気がこみ上げ、リンゴを吐き出してしまいそうになる。
「そんな怖がらないでくださいよ、勇者様。うんと優しくしてやりますから」
一人相手なら倒せただろう。しかし複数人で、暗闇の中不意打ちをされると無理だった。あっという間に組み伏せられる。屈強な身体でがっしりと拘束され、もう抵抗すらできない。
(くそ、くそっ!)
何もできずに悔しかった。もがくも振り払えない。口に差し込まれた蛇のような数本の指に圧迫され、絶え間なく嗚咽が漏れる。口の端から行き場をなくした唾液が垂れる。
やがて双丘を鷲づかみにされ、びくりと身がすくんだ。無理やり足を開かされる。
(気持ち悪い。何でこんなことを……)
成す統べも無く絶望感に苛まれた。
自分が人間だからだ。人間も魔族にやってきたことなのだ。虐げ犯し屈服させるのだ。
(苦しい。悔しい……っ)
「魔王様とも、毎日こんなことやってんだろ?」
男が耳元で熱い呼吸と共に囁く。
いや、とルーチェは内心で否定した。
(あいつはこんなことやらなかった。確かに始めは拘束もされた。無理矢理唇を奪われて、体に触れられた。でも、それでも、こいつらとは全然違う)
容赦なく体をまさぐられ、服が破ける。生暖かい吐息がルーチェの肌を泡立たせた。鱗を纏う太い腕で身体を抱えられ、倒れ込むことも許されない。震える膝でなんとか踏ん張り、辛抱強く耐えるしかなかった。
ミノタウロスは鼻息を荒くし、上擦った声で訴えた。
「おい、早く代われよ」
「急かすなよ。わかってるっての。さっさとぶち込んじまってもいいかもなあ」
「あんまり乱暴にするんよ。壊しても知らねえからな」
解放されたのもつかの間、ルーチェは地面に押し倒される。乱暴に足を開かされ、股の間に体が割り込む。悔しさや無力感に視界がぼやけ、涙が滲む。
(俺が悪いのか。全部ひとりで勝手に行動した俺が悪い。人間が悪い。だったら、仕方ないのか。魔族の憎しみも確執も知るためには、こいつらの全部を受け入れなきゃなんねえのか)
腰を掴まれ引き寄せられる。背中が地面に擦れる痛みに声が漏れる。
「痛ッ」
「おい、静かにしろって」
口を塞がれる。息苦しさに気を失いそうになる。
(あいつとは違う)
こんな状況でも思い浮かべるのはソティラスの姿だった。
優しかった。労わってくれた。あたたかかった。包み込んでくれた。
――愛してくれた。
(お前らとは違う。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ助けてくれ――)
「何をしているのです」
一瞬、時間が止まったように感じた。暗闇に凛とした声が響く。それは全くと言っていいほど温度を感じさせない声だった。
「シーナ様……」
誰かの呆けたような声を掻き消すように、シーナの声は鋭かった。
「今すぐその手を離しなさい。そうすればこの狼藉、不問にします」
有無を言わせぬ命令に、しかしリザードマンはうろたえながらも訴えた。
「で、ですがこいつは人間ですよ。シーナ様もお嫌いでしょう」
シーナは細めた目でルーチェを見て、
「ええ。特にそいつは気に入りませんね」
「だったら、」
遮るようにシーナは大げさなため息をついた。
「人間だろうがなんだろうが、不本意ではありますが、今は魔王様のものです。手を出したらどうなるか分かりません。お前たちのためでもあるのです。……引きなさい」
何も言い返さず、男たちはルーチェを突き放し、鋭い視線を向けながら引いていった。
地面に倒れたまま放心するルーチェの目の前に、はらりと布が落ちる。
「みっともないので着替えてください」
ルーチェは痛む体を起こし、震える手をなんとか動かした。布は外套のようになっており、羽織るだけで身にまとうのは簡単だった。「ついでに醜い傷も直します」とシーナに治癒魔法をかけられる。
「……ありがとう、ございます」
「何に対しての礼ですか?」
シーナは眉間に皺を寄せた。
「私は彼らを助けたのです。魔王様のものに手を出したと知れたら、どうなるか分からないので」
「結果的には助かった……ありがとう」
頭を下げるルーチェをじっと横目で見て、シーナはぼそりと呟く。
「……やはり放っておけば良かったですね。同じ目に遭えば分かるでしょうから」
「同じ目?」
「私も、人間共にやられたことがあるので」
衝撃的な事実だったが、淡々と言うシーナの表情は普段となんら変わらなかった。
ルーチェは再び頭を下げる。
「……すまない」
「何に対しての謝罪ですか。生まれたことに対してですか」
ルーチェは言い返そうとしたが、シーナが「もう随分と昔のことですがね」と話し始めたので口をつぐんだ。過去を話すシーナの表情は変わらない。
「あの時の私は弱かったのです。力の使い方も分からず、人間の奴隷としての生活を強いられていました。乱暴されることなど日常茶飯事でしたよ。……ある日私は意を決してなんとか逃げ出しましたが、行く当てなどありません。黒き森を目指し、彷徨っているうちに魔王様と出会いました。なんと言ったらいいのでしょうか、今までの不幸はこの時のためのものだと思いましたね。あの時魔王様と出会えたことはひどく幸運だったのです」
そのとき、ふっとシーナの表情が僅かに和らいだ気がした。
「魔王様のために力をつけました。お力添えをしたかった。お側に置いていただきたかったのです。やがて未熟な身でありながら魔王様のお側に仕えさせていただくようになりました。魔王様のためなら命を張る覚悟です」
シーナが人間を嫌う理由は分かった。それから手を差し伸べる魔王の優しさも。襲う人間もいれば助ける魔王もいる。皆が悪ではなく、皆が善ではない、当たり前のことだった。
そして底知れぬシーナの強さの理由も垣間見ることができた。誰かを想うが故なのだ。魔王に対する信頼、忠誠心、シーナの決意も納得ができる。誰かのために成す、そのことをルーチェは純粋に尊敬した。
「これからも私は微力ながら魔王様の支えとなっていきたいのです。……それなのに」
横目でルーチェを見てシーナはあからさまにため息をつく。
(なんだよ。ため息つきたいのはこっちのほうだ。どうせこんなのが嫁に……だとでも思っているんだろ)
「何でこんなのが嫁になってるんですかね」
「口に出さなくてもいいだろ! そう思うならさっさと帰してくれっ」
声を荒げるルーチェに、シーナは鼻で笑った。
「その無駄な遠吠えが似合う姿こそ、本来の勇者様ですね」
ルーチェははっとした。
(もしかして、さっきのことを気に病まないよう気を遣って……)
嫌われているようで随分助けられているようだ。
「泣き寝入りしても良いですし、魔王様に告げ口をしても、私は何も申しませんが」
「誰がそんなことするかよ」
視界が開け、目が覚めた。泣き寝入りも告げ口も、勇者のすることではない。
「あの時みたいに決闘するんだよ」
そうですか、とシーナは興味なさそうだ。もう話すことは何もないと言わんばかりにさっさと去ろうとするシーナに一応、釘を刺しておく。
「魔王には言うなよ。先にやっつけられたんじゃ意味がないからな」
「貴方について魔王様と語らうほど暇ではないので」
シーナは肩越しに振り返った。
「今日はもうお休みください。震える体を負けたときの言い訳にされても困りますからね」
「そっちこそ、俺を助けたことを後悔するなよ」
「私に借りを作ったこと、後悔なさらないように」
肩越しに振り返るシーナの口角が、僅かに上がっているように見えた。
(……まずい)
背筋が凍り、ルーチェは腕の中でもがいた。
「ははっ、随分威勢がいいですねえ」
不意打ちだとはいえ、ルーチェの抵抗も軽く笑う程度である。ここでも力の差を見せ付けられた。抵抗などなかったかのように、さらに奥へと引っ張られていく。
ようやくたどり着いた場所は、口元を塞がれていても埃っぽさやかび臭さを感じた。何かの倉庫だろうが、長年使われていないようにも思える。
「おいおい、本当につれてきたのかよ」
暗闇の中で新たな声が加わった。呆れた声音だ。
「お、こりゃあ、ホンモノの人間だ。混ざってるわけじゃねえな」
至近距離で顔をじろじろ見られた。目の前にあるのは牛の顔だが身体は人間である、ミロタウロスだ。手の隙間が僅かに開き、ルーチェは首を振って、拘束を振りほどいた。
「お前らッ、何しやが――、っぐ、」
開いた口にすぐさま差し込まれたのは太い指だった。喉への圧迫感とざらりとした鱗の感触に吐き気がこみ上げる。
「はいはい、静かにしてくださいよ、っと」
リザードマンが口に指を突っ込んだまま後ろから羽交い絞めにする。体格差も大きく、頭一つ分抜き出ている。
「止めとけって。ばれたらどうなるかわからねえぞ」
ミノタウロスが一応というふうに忠告するものの、
「かまいやしねえよ」
と、リザードマンは唾棄するように言い放った。
「そもそもよ、人間なんざ、害虫や家畜みてえなもんだろ」
「まあな、魔王様が何であんなご執心なのかわかりやしねえ。いきなり嫁にするなんて言われてもな。いくら魔王様っていったって、そりゃないぜって」
「倒しに来た勇者様を選ぶなんて、よっぽどナニがよかったんだろうなあ」
彼らはげらげらと下品な笑い声を上げた。ルーチェは腕の中で暴れまわるがびくともしない。半端に空いた口の端から唾液がこぼれるだけだ。
「なあ、魔王様相手にうまいことやってんだろ? だったら俺らにもやってくれよ」
ツ、と鋭い爪が背筋をなぞった。恐怖心に体が硬直する。やがて腰の当たりから布を裂く音が聞こえた。臀部のみが露になり、外気に触れ寒気がする。がたがたと震えた。
「もう随分と仕込まれたんじゃねえのか」
局部に生暖かい息がかかり、ぞわりと総毛だった。激しい不快感に吐き気がこみ上げ、リンゴを吐き出してしまいそうになる。
「そんな怖がらないでくださいよ、勇者様。うんと優しくしてやりますから」
一人相手なら倒せただろう。しかし複数人で、暗闇の中不意打ちをされると無理だった。あっという間に組み伏せられる。屈強な身体でがっしりと拘束され、もう抵抗すらできない。
(くそ、くそっ!)
何もできずに悔しかった。もがくも振り払えない。口に差し込まれた蛇のような数本の指に圧迫され、絶え間なく嗚咽が漏れる。口の端から行き場をなくした唾液が垂れる。
やがて双丘を鷲づかみにされ、びくりと身がすくんだ。無理やり足を開かされる。
(気持ち悪い。何でこんなことを……)
成す統べも無く絶望感に苛まれた。
自分が人間だからだ。人間も魔族にやってきたことなのだ。虐げ犯し屈服させるのだ。
(苦しい。悔しい……っ)
「魔王様とも、毎日こんなことやってんだろ?」
男が耳元で熱い呼吸と共に囁く。
いや、とルーチェは内心で否定した。
(あいつはこんなことやらなかった。確かに始めは拘束もされた。無理矢理唇を奪われて、体に触れられた。でも、それでも、こいつらとは全然違う)
容赦なく体をまさぐられ、服が破ける。生暖かい吐息がルーチェの肌を泡立たせた。鱗を纏う太い腕で身体を抱えられ、倒れ込むことも許されない。震える膝でなんとか踏ん張り、辛抱強く耐えるしかなかった。
ミノタウロスは鼻息を荒くし、上擦った声で訴えた。
「おい、早く代われよ」
「急かすなよ。わかってるっての。さっさとぶち込んじまってもいいかもなあ」
「あんまり乱暴にするんよ。壊しても知らねえからな」
解放されたのもつかの間、ルーチェは地面に押し倒される。乱暴に足を開かされ、股の間に体が割り込む。悔しさや無力感に視界がぼやけ、涙が滲む。
(俺が悪いのか。全部ひとりで勝手に行動した俺が悪い。人間が悪い。だったら、仕方ないのか。魔族の憎しみも確執も知るためには、こいつらの全部を受け入れなきゃなんねえのか)
腰を掴まれ引き寄せられる。背中が地面に擦れる痛みに声が漏れる。
「痛ッ」
「おい、静かにしろって」
口を塞がれる。息苦しさに気を失いそうになる。
(あいつとは違う)
こんな状況でも思い浮かべるのはソティラスの姿だった。
優しかった。労わってくれた。あたたかかった。包み込んでくれた。
――愛してくれた。
(お前らとは違う。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ助けてくれ――)
「何をしているのです」
一瞬、時間が止まったように感じた。暗闇に凛とした声が響く。それは全くと言っていいほど温度を感じさせない声だった。
「シーナ様……」
誰かの呆けたような声を掻き消すように、シーナの声は鋭かった。
「今すぐその手を離しなさい。そうすればこの狼藉、不問にします」
有無を言わせぬ命令に、しかしリザードマンはうろたえながらも訴えた。
「で、ですがこいつは人間ですよ。シーナ様もお嫌いでしょう」
シーナは細めた目でルーチェを見て、
「ええ。特にそいつは気に入りませんね」
「だったら、」
遮るようにシーナは大げさなため息をついた。
「人間だろうがなんだろうが、不本意ではありますが、今は魔王様のものです。手を出したらどうなるか分かりません。お前たちのためでもあるのです。……引きなさい」
何も言い返さず、男たちはルーチェを突き放し、鋭い視線を向けながら引いていった。
地面に倒れたまま放心するルーチェの目の前に、はらりと布が落ちる。
「みっともないので着替えてください」
ルーチェは痛む体を起こし、震える手をなんとか動かした。布は外套のようになっており、羽織るだけで身にまとうのは簡単だった。「ついでに醜い傷も直します」とシーナに治癒魔法をかけられる。
「……ありがとう、ございます」
「何に対しての礼ですか?」
シーナは眉間に皺を寄せた。
「私は彼らを助けたのです。魔王様のものに手を出したと知れたら、どうなるか分からないので」
「結果的には助かった……ありがとう」
頭を下げるルーチェをじっと横目で見て、シーナはぼそりと呟く。
「……やはり放っておけば良かったですね。同じ目に遭えば分かるでしょうから」
「同じ目?」
「私も、人間共にやられたことがあるので」
衝撃的な事実だったが、淡々と言うシーナの表情は普段となんら変わらなかった。
ルーチェは再び頭を下げる。
「……すまない」
「何に対しての謝罪ですか。生まれたことに対してですか」
ルーチェは言い返そうとしたが、シーナが「もう随分と昔のことですがね」と話し始めたので口をつぐんだ。過去を話すシーナの表情は変わらない。
「あの時の私は弱かったのです。力の使い方も分からず、人間の奴隷としての生活を強いられていました。乱暴されることなど日常茶飯事でしたよ。……ある日私は意を決してなんとか逃げ出しましたが、行く当てなどありません。黒き森を目指し、彷徨っているうちに魔王様と出会いました。なんと言ったらいいのでしょうか、今までの不幸はこの時のためのものだと思いましたね。あの時魔王様と出会えたことはひどく幸運だったのです」
そのとき、ふっとシーナの表情が僅かに和らいだ気がした。
「魔王様のために力をつけました。お力添えをしたかった。お側に置いていただきたかったのです。やがて未熟な身でありながら魔王様のお側に仕えさせていただくようになりました。魔王様のためなら命を張る覚悟です」
シーナが人間を嫌う理由は分かった。それから手を差し伸べる魔王の優しさも。襲う人間もいれば助ける魔王もいる。皆が悪ではなく、皆が善ではない、当たり前のことだった。
そして底知れぬシーナの強さの理由も垣間見ることができた。誰かを想うが故なのだ。魔王に対する信頼、忠誠心、シーナの決意も納得ができる。誰かのために成す、そのことをルーチェは純粋に尊敬した。
「これからも私は微力ながら魔王様の支えとなっていきたいのです。……それなのに」
横目でルーチェを見てシーナはあからさまにため息をつく。
(なんだよ。ため息つきたいのはこっちのほうだ。どうせこんなのが嫁に……だとでも思っているんだろ)
「何でこんなのが嫁になってるんですかね」
「口に出さなくてもいいだろ! そう思うならさっさと帰してくれっ」
声を荒げるルーチェに、シーナは鼻で笑った。
「その無駄な遠吠えが似合う姿こそ、本来の勇者様ですね」
ルーチェははっとした。
(もしかして、さっきのことを気に病まないよう気を遣って……)
嫌われているようで随分助けられているようだ。
「泣き寝入りしても良いですし、魔王様に告げ口をしても、私は何も申しませんが」
「誰がそんなことするかよ」
視界が開け、目が覚めた。泣き寝入りも告げ口も、勇者のすることではない。
「あの時みたいに決闘するんだよ」
そうですか、とシーナは興味なさそうだ。もう話すことは何もないと言わんばかりにさっさと去ろうとするシーナに一応、釘を刺しておく。
「魔王には言うなよ。先にやっつけられたんじゃ意味がないからな」
「貴方について魔王様と語らうほど暇ではないので」
シーナは肩越しに振り返った。
「今日はもうお休みください。震える体を負けたときの言い訳にされても困りますからね」
「そっちこそ、俺を助けたことを後悔するなよ」
「私に借りを作ったこと、後悔なさらないように」
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