《勇者》兼《魔王の嫁》

いとま子

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11.手料理

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 立ち上る湯気や、香辛料など食材の様々な香りが籠もる厨房では、みな集中し、忙しく動き回っている。
 王や使用人の分だけでなく、来客もあるときなどは一度に何百食と作らねばならない厨房は天井も高く広々としている。絶え間なく料理長の指示が飛び、ものすごいスピードで次々と料理ができあがっていく。
 その殺気だった様子を眺めながら、ルーチェはエプロンを身につけると、厨房の片隅で気合を入れた。
 目の前には料理長から借りた小さな片手鍋と包丁、それから新鮮な食材が並ぶ。玉子、ベーコン、リンゴ、きのこ類や適当な野菜だ。
 そしてルーチェの隣には、

「ふむ、何ができるのか実に楽しみだ」

 魔王ソティラスが食材を見ながらしきりに頷いている。

「……なんであんたがここにいる」
「ルーチェがどんな料理を作るのか楽しみでな」

 ここまで厨房に不釣合いな姿があるだろうか。
 程よい緊張感を持ち、てきぱきと動いていた料理人たちが、はらはらびくびくしながら時々ソティラスに視線を投げる。極度の緊張から徐々に細かなミスが目立つようになってきた。王がこんなところにいたら仕事どころではないだろうが、出て行ってくれと言うわけにもいかないのだろう。不憫だ。

「王様がいたら気が散って仕事にならないって」
「ふむ、それもそうだな。では早く取りかかってくれ」
(あ、戻らねえんだ)

 これ以上はルーチェも気にせず、さっさと調理に取り掛かる。
 野営の機会も多かったので、簡単なものなら作り慣れている。自分ひとりが食べるものなら凝った料理でなくてもいいし、基本的にはなんでも美味しく食べられるが、やはり美味しいものは食べたい。
 食材を適当な大きさに切って炒め、玉子はそのまま割り落として焼く。あとは味見しながら摩り下ろしたリンゴや塩で適当に味をつけて完成。
 料理長の側で料理と呼ぶのも恥ずかしい代物だが、ソティラスは隣でしきりに感心している。後ろから抱きしめるように身を寄せて覗き込んでくるので「危ないだろ。邪魔だ」とルーチェはすかさず肘でソティラスを押しのける。どこかで皿が割れる音がした。

(これは俺用の厨房を作ってもらったほうがよかったかもしれん。すみません料理人のみなさん、すぐ出て行くんで)

 肘で押しのけられたソティラスは不満げだ。

「これではいちゃいちゃできないではないか」
「魔王がいちゃいちゃとか言うなよ。これ以上何をする気だ」
「なんだ、そこまで言わせ、」
「いや言わなくていい、言うな」

 すぐさまルーチェは言葉を切るが、

「裸エプロンとやらは」
「するか!」

 魔王の言葉に思わず怒鳴り、ルーチェに向かって一斉に視線が集まる。これ以上料理人たちの邪魔をするわけにはいかないので、ルーチェは急いで皿を持って部屋に戻った。
 食堂で食べればソティラスも見ているかもしれないと思い、わざわざ二階にある自分の部屋まで運んだのだが、なぜかソティラスも当然のようについてくる。部屋にも当然のように入ってきた。

「……付いてくんなよ。腹減ってんのか。あんたのは今料理長たちが作ってたから待ってろよ」
「愛しの嫁が初めてここで作った手料理だからな。少し味見をしたい」
「お前にやる分なんかねえし、料理長が作るのより美味いわけないだろ」
「ならば仕方がない」

 と、殊勝に引き下がったわけでなかった。

「ではルーチェが食べた後でキスをすれば味わえるだろう。舌も入れればなおさら、」
「こっちの皿からとってくれ」

 押し付けるようにルーチェは皿を差し出す。笑ってソティラスは一口、口に入れた。味わうようにゆっくりと噛む。
 ルーチェはその様子を僅かに緊張しながら眺める。

(俺は美味いと思ってんだけど、こいつの口に合うかはわかんないんだよな。料理長よりうまいわけじゃないし、やっぱ食わせないほうがよかったか……?)

 ごくりと飲み込むと、ソティラスは微笑んだ。

「ふむ、うまいな」
「あ、当たり前だろ」

 投げやりにも聞こえるルーチェの言葉だが、内心では喜んでいた。凝った料理でないとはいえ、褒められて悪い気はしない。僅かだが気分が良くなる。

「ベーコンの塩味とリンゴの甘さが美味く合わさっている。火加減も絶妙で食感が損なわれていない。手慣れているだけはあるな。工程も簡単で調理時間が短いのも旅の道中で作られていたと考えれば合理的な上に、栄養もとれる素晴らしい一品だ。食材は適当に切っていると思っていたが、手頃な大きさがあって満足感がある。どんな食材にも合うだろうから料理人たちのまかないに丁度いいかもしれん。私も食事の時間がとれないときは、手早く出せる一品として料理長に出させても、」
「いやいや褒めすぎて逆に胡散臭く聞こえる」
「全部本心だぞ。素直に受け取っておけ」

 ただの炒め物を見ながら賛辞の声を上げる目の前の魔王は、伝え聞いていたような極悪非道な姿などではなかった。

(……いや、本性は隠してるんだろう。さっきオルトスと話したばかりじゃないか。嫁という立場を利用して魔王の弱点を見つけないと。そのためにここにいて、機嫌をとるような真似をしてるだけだ)

「もう一口もらってもよいか?」
「ま、まあ、仕方ねえな」
(あれほど褒めてたんだ。魔王の信頼を得るためにも、これは必要なことだから)
「ならば次は口移しで食べさせてはくれないか」
「返せ、二度とやらん」

 ルーチェは皿をひったくった。

「ひどいではないか」

 ソティラスが笑う。人間と変わらない笑顔だった。
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