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8.魔王城ツアー
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厨房に案内してもらうついでに城内も一通り案内してくれと頼むと、勇者の世話係という名目の見張りであろう執事のレイルは、二つ返事でオーケーした。
魔王討伐のためにルーチェ一行が訪れたのは城門から大広間までで、当たり前だが他の部屋も数多くあり、その広さは絶大だ。魔王城――もとい、ゲーティア城は、城門から入って正面に見える噴水を囲むように、コの字型のつくりになっている。
玄関からすぐに大広間、向かって右が厨房や配膳室、食糧庫、だだっ広い大食堂につながり、大広間から左側は小広間や遊技場、賓客がくつろぐための部屋や、絵画や彫刻の並ぶギャラリーまである。ハイリヒ国の東西の様々な文化が混ざったような、雑多な印象を受けた。
これからルーチェとレイルが向かう二階は、螺旋階段を上がり客室や図書室、簡易的な共用の居間や食堂があり、三階は上ることはできないが魔王の書斎や寝室があるとのこと。
ルーチェはレイルの説明を聞きながら隅々まで目を通す。部屋の配置や構造を頭に叩き込めばいずれ役に立つ。城を攻め落とす際のルートや、魔王を倒す手がかりがどこかにあるかもしれない。
「ここが洗濯室で、これがアイロンで、これが洗う衣類を入れるかごでー、で、あちらにいくと洗濯物を干す場所が――」
こまごまとしたものまで案内するレイルは終始笑顔で楽しそうだ。城は思ったよりも広く、巨大な窓から外を眺めると、中庭も相当な広さがあるようだ。
得意ではないが、ルーチェは必死で頭に地図を描く。後で頼めば見取り図を見せてくれるかもしれないが、いずれは覚えなければならない。
レイルは満足そうにルーチェを見る。
「熱心に覚えてくださってて、僕も嬉しいです」
「ああ、俺も必死なんだ。早く慣れないとな」
「じゃあ僕も隅から隅まで張り切って案内しますね! お昼寝スポットもあるんですよ。迷子になっても僕が……あ、いや私がついているので大丈夫だとは思いますが、いずれはお一人で過ごされることもあると思うので」
「僕でいいよ」
苦笑しながら、
(なるほど、しばらくはレイルが側に付いてるみたいだな)
と、心中で頷く。だがそれも少しの辛抱だ。そしていずれ一人で過ごすときは、魔王を倒すときだ。
「じゃあ、次は二階のほうへ参りましょう」
跳ねるようにレイルが進む。敵意がない笑顔を浮かべ、見た目が限りなく人間と変わらないので、ルーチェもつい緊張の糸が緩んでしまう。が、駄目だ、と自らを叱咤した。
(仲がいいことを利用するつもりでいないとな。レイルも魔王側――敵なんだから)
手すりにも細々とした細工がなされている螺旋階段を上る。その中腹のところで人影に出くわした。レイルのような人間の姿ではない。上半身は人間の女性でメイド服を着ているが、スカートから伸びる下半身は蛇である。ルーチェは驚き、咄嗟に身構える。
魔王たちのほかにも亜人や獣人がいるのは魔族の住む国なのだから当たり前だ。食事のときに出会った給仕たちもそうだった。しかし。
(魔王はさておき、側近やレイルが勇者の俺をどう思ってるかはある程度わかったけど、他の魔族たちは、俺のこと、どう認識してるんだ……?)
どんな反応が来ても対処できるよう、警戒していたルーチェだったが。
「これはこれは」
メイドはルーチェを見かけると、笑顔で、ぺこりと会釈をした。
「ルーチェ様、ご機嫌はいかがですか」
襲い掛かってくるどころか、にこやかに挨拶をされた。
(しかも、『ルーチェ様』だと? 敵である勇者に?)
ルーチェは僅かに警戒を緩め、代わりに新たな疑問を抱いた。
(もう俺のことは、魔王の敵である勇者だと認識されてないのか?)
「今、城内を案内してたんだ。お城ツアー」
と、にこにこのレイル。
「それはうらやましいわ。私もご一緒したいぐらい」
レイルに頷き、メイドはルーチェに向き直る。
「ルーチェ様、この城も、この国も、本当に素晴らしいところです。魔王様は下働きの私たちにもよくしてくださる、大変素晴らしいお方です。ここでの生活に慣れるまでは大変だと思いますが、王妃様の身として、早く馴染まれますよう、私をはじめ、みな応援しておりますので」
「…………おっ」
ルーチェは耳を疑った。
「……王妃?」
(王妃、と言ったか? 男の俺に、勇者の俺に、魔王の、妃だって……?)
混乱しているうちに、「では失礼します」とメイドは去っていった。
メイドの後姿を眺めながらルーチェは呆けたまま、
「……俺は、王妃なのか……?」
「何を言ってるんですか、当たり前じゃないですか」
と、レイルは声を上げた。
「魔王様の嫁ってことは王妃様ってことですよっ」
馬鹿にされているようでもあるが、レイルは事実を言っているに過ぎない。が、そこの図式が=ルーチェであることがおかしい。
(おかしい、よな……?)
頭を抱えるルーチェをよそにレイルはずんずんと先を行く。ルーチェは慌ててその後を追うが、もう城内を覚えるどころではない。
それもそのはず。すれ違うもの皆が、
「あ、ルーチェ様!」
「このたびはおめでとうございます!」
「これからよろしくお願いいたします」
「私どもも精一杯努めさせていただきますので」
「何かあったら何なりと私どもにお申し付けを」
口々に笑顔で挨拶をするのだ。魔王に使える者たちの認識の多くはルーチェ=魔王の嫁になっていた。
中には敵意を向けてくるものや怯えているようなものもいたが、おおむね口ではルーチェを嫁いできた新妻のように歓迎する声がほとんど。
ルーチェの頭はもう思考もままならない。
「……魔界では、男が子どもを生むということもあるのか?」
「何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか」
レイルが笑いながら否定し、ルーチェはほっとした。のも、つかの間。
「でも魔王様だったら魔法とかで、できちゃうかもしれないですね」
続けたレイルの言葉を想像し、ぞっとした。
(ただでさえ魔王の嫁って認識されてることが屈辱なのに、その上、孕ませられるなんて――)
思わずルーチェは腹を触る。少し膨れている気がしてさっと青ざめたが、よくよく考えれば先ほど食べ過ぎたせいだった。
魔王討伐のためにルーチェ一行が訪れたのは城門から大広間までで、当たり前だが他の部屋も数多くあり、その広さは絶大だ。魔王城――もとい、ゲーティア城は、城門から入って正面に見える噴水を囲むように、コの字型のつくりになっている。
玄関からすぐに大広間、向かって右が厨房や配膳室、食糧庫、だだっ広い大食堂につながり、大広間から左側は小広間や遊技場、賓客がくつろぐための部屋や、絵画や彫刻の並ぶギャラリーまである。ハイリヒ国の東西の様々な文化が混ざったような、雑多な印象を受けた。
これからルーチェとレイルが向かう二階は、螺旋階段を上がり客室や図書室、簡易的な共用の居間や食堂があり、三階は上ることはできないが魔王の書斎や寝室があるとのこと。
ルーチェはレイルの説明を聞きながら隅々まで目を通す。部屋の配置や構造を頭に叩き込めばいずれ役に立つ。城を攻め落とす際のルートや、魔王を倒す手がかりがどこかにあるかもしれない。
「ここが洗濯室で、これがアイロンで、これが洗う衣類を入れるかごでー、で、あちらにいくと洗濯物を干す場所が――」
こまごまとしたものまで案内するレイルは終始笑顔で楽しそうだ。城は思ったよりも広く、巨大な窓から外を眺めると、中庭も相当な広さがあるようだ。
得意ではないが、ルーチェは必死で頭に地図を描く。後で頼めば見取り図を見せてくれるかもしれないが、いずれは覚えなければならない。
レイルは満足そうにルーチェを見る。
「熱心に覚えてくださってて、僕も嬉しいです」
「ああ、俺も必死なんだ。早く慣れないとな」
「じゃあ僕も隅から隅まで張り切って案内しますね! お昼寝スポットもあるんですよ。迷子になっても僕が……あ、いや私がついているので大丈夫だとは思いますが、いずれはお一人で過ごされることもあると思うので」
「僕でいいよ」
苦笑しながら、
(なるほど、しばらくはレイルが側に付いてるみたいだな)
と、心中で頷く。だがそれも少しの辛抱だ。そしていずれ一人で過ごすときは、魔王を倒すときだ。
「じゃあ、次は二階のほうへ参りましょう」
跳ねるようにレイルが進む。敵意がない笑顔を浮かべ、見た目が限りなく人間と変わらないので、ルーチェもつい緊張の糸が緩んでしまう。が、駄目だ、と自らを叱咤した。
(仲がいいことを利用するつもりでいないとな。レイルも魔王側――敵なんだから)
手すりにも細々とした細工がなされている螺旋階段を上る。その中腹のところで人影に出くわした。レイルのような人間の姿ではない。上半身は人間の女性でメイド服を着ているが、スカートから伸びる下半身は蛇である。ルーチェは驚き、咄嗟に身構える。
魔王たちのほかにも亜人や獣人がいるのは魔族の住む国なのだから当たり前だ。食事のときに出会った給仕たちもそうだった。しかし。
(魔王はさておき、側近やレイルが勇者の俺をどう思ってるかはある程度わかったけど、他の魔族たちは、俺のこと、どう認識してるんだ……?)
どんな反応が来ても対処できるよう、警戒していたルーチェだったが。
「これはこれは」
メイドはルーチェを見かけると、笑顔で、ぺこりと会釈をした。
「ルーチェ様、ご機嫌はいかがですか」
襲い掛かってくるどころか、にこやかに挨拶をされた。
(しかも、『ルーチェ様』だと? 敵である勇者に?)
ルーチェは僅かに警戒を緩め、代わりに新たな疑問を抱いた。
(もう俺のことは、魔王の敵である勇者だと認識されてないのか?)
「今、城内を案内してたんだ。お城ツアー」
と、にこにこのレイル。
「それはうらやましいわ。私もご一緒したいぐらい」
レイルに頷き、メイドはルーチェに向き直る。
「ルーチェ様、この城も、この国も、本当に素晴らしいところです。魔王様は下働きの私たちにもよくしてくださる、大変素晴らしいお方です。ここでの生活に慣れるまでは大変だと思いますが、王妃様の身として、早く馴染まれますよう、私をはじめ、みな応援しておりますので」
「…………おっ」
ルーチェは耳を疑った。
「……王妃?」
(王妃、と言ったか? 男の俺に、勇者の俺に、魔王の、妃だって……?)
混乱しているうちに、「では失礼します」とメイドは去っていった。
メイドの後姿を眺めながらルーチェは呆けたまま、
「……俺は、王妃なのか……?」
「何を言ってるんですか、当たり前じゃないですか」
と、レイルは声を上げた。
「魔王様の嫁ってことは王妃様ってことですよっ」
馬鹿にされているようでもあるが、レイルは事実を言っているに過ぎない。が、そこの図式が=ルーチェであることがおかしい。
(おかしい、よな……?)
頭を抱えるルーチェをよそにレイルはずんずんと先を行く。ルーチェは慌ててその後を追うが、もう城内を覚えるどころではない。
それもそのはず。すれ違うもの皆が、
「あ、ルーチェ様!」
「このたびはおめでとうございます!」
「これからよろしくお願いいたします」
「私どもも精一杯努めさせていただきますので」
「何かあったら何なりと私どもにお申し付けを」
口々に笑顔で挨拶をするのだ。魔王に使える者たちの認識の多くはルーチェ=魔王の嫁になっていた。
中には敵意を向けてくるものや怯えているようなものもいたが、おおむね口ではルーチェを嫁いできた新妻のように歓迎する声がほとんど。
ルーチェの頭はもう思考もままならない。
「……魔界では、男が子どもを生むということもあるのか?」
「何言ってるんですか、そんなわけないじゃないですか」
レイルが笑いながら否定し、ルーチェはほっとした。のも、つかの間。
「でも魔王様だったら魔法とかで、できちゃうかもしれないですね」
続けたレイルの言葉を想像し、ぞっとした。
(ただでさえ魔王の嫁って認識されてることが屈辱なのに、その上、孕ませられるなんて――)
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