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旧世界より

プロローグ

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『私は忠告に従うべきだったんだ』

明かりの無い林の中を私は必死に茂みをかき分け走っていく。

『はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・クソッ』

遠くに光が見える、あそこへ行けば自衛隊に保護してもらえるはずだ。

木々の隙間から微かに見え隠れする人工の光だけが希望だった。

私を追ってくる何か――彼が「ウェンカムイ」と呼んだ何かが私を囲みこむように追い詰めようとしている。

木の陰にもたれ、息を整えながら『あれはクマでもサルでもない』そう呟いた瞬間、左肩を何かが勢いよくかすめ、地面に突き刺さった。

左手に持ったライトで照らしながらビデオを構え、突き刺さった何かを確認する

『これは弓矢か?』

私は手にもったビデオカメラに語りかけるように呟く。

『やつらは狩りを楽しんでいる。動物じゃない。奴らには知性がある』

私はライトを捨て、追撃を逃れるように走り出す。

『ウェンカムイ?ふざけるな、そんなものいるものか!動物が弓矢を使うか!?あれは人間だ!ふざけやがって』

相手が人間なら、言葉が通じるならと、思うと怒りがこみ上げる。

『おい!お前ら!悪ふざけはやめろ!弓矢なんか使いやがって当たったらどうする!』

私が叫ぶと取り囲んでいた気配がピタリと止まる。

数秒間の沈黙の後に囁き声や、動物が唸るような声、鳥の鳴き声のような甲高い笑い声が響く

それは鳴き声ではなく、明らかに意思のある会話に聞こえた。

すると茂みからクマの頭がのぞく

『なっ・・・・・・・クマ!?』

この状況でクマとの遭遇?私は完全に混乱してただただ近づいてくるクマを見る事しかできなかった。

5メートル程の距離まで近づいて来たときに気が付く、クマの毛皮を着た、1メートル程の小柄な人影だと。


『脅かすんじゃねーよガキが!クマの被り物なんかしやがって!』

私は怒鳴りながら、ビデオカメラに付いたライトを点灯させ顔を拝んでやろうと、クマの毛皮を着た人物に手を伸ばした

光に驚いたのか、クマの人影は、手をバタつかせたり被り物を除けて目を手で覆ったりする
その勢いで被り物が落ちて顔がライトに照らし出された。

『なんだこれは?』

被り物の下にあったのは人の顔でも動物の顔でもなかった。

犬のような耳と突き出た鼻、固そうな皮膚、そして大きな目と口がニヤリと笑った気がした。

『うっ、うああぁぁぁぁ』

叫び声をあげ私はまた走り出す。どちらに逃げればいいかも分からず闇雲にただ得体の知れない恐怖から逃れるように。

気が付けばカメラは何処かに落としてしまい、唯一の明かりは携帯のライトだけになってしまった。

歩きやすい開けた場所も獣道もない場所を明かりもなしで歩ける訳もなく、私は息を殺して木々の間、茂みの隙間に身を隠す。

今携帯を使えば居場所がばれてしまうかもしれない。このまま朝を待って町に戻ろう。それまではこのまま、潜むんだ。



そうして体を丸めてどれくらいの時間が経っただろうか、30分、数時間、いやまだ数分かもしれない。

ああ。こんな所へ来なければ、あるいはあの男に会わなければ、民族資料館へ行かなければ、噂の真相、世紀の発見、名誉そんな考えが私の頭を埋め尽くしていくが結局は自分の身の安全こそが全てだ。

川の流れる音が聞こえる。川を辿れば町に出れるはずだ。

意を決した私は川の音のする方へ駆け出す。

もう少しで川だと思った瞬間、右足が空を切り、天地が分からなくなる感覚に襲われる

私は足を踏み外し崖を滑り落ちているようだ。

何とか踏みとどまろうと地面にしがみ付き崖の上を目指そうと顔を上げた視線の先には、あのクマの頭が見えたきがした。

そういえば、あの男が話していた「ウェンカムイ」その話の中にクマの皮を被っているウェンカムイもいるなんて話もあったな。

そう思った時には私の手足がすがる場所はなく体は完全に宙を舞っていた。

結局私は、何一つ成し遂げず無様に死んでしまうのか

気が付いた時には川の濁流に飲みこまれ、水の轟音と暗闇だけが私を包んでいた

落としてきたカメラが気がかりだ

そんなくだらない事しか思い浮かばぬまま、私の意識も濁流のなかに消えていった。

























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