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第3話 7年前の出会いと、気持ちの変化 マティアス視点(2)
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((な……っ。どうなってるんだ……!? なぜ盗むと分かった……!?))
不意に手を掴まれた俺は、心の中で酷く焦っていた。
相手は帽子を深く被っているため正確には把握できないが、背や雰囲気からするにソイツはほぼ同い年の女。少女だ。
どうしてこんなガキに、悟られる……?
「ど、どうしたのかな? 僕は、悪いことをしようとはしてないよ?」
悩むのは、あと。咄嗟に性格を偽り、キョトンと首を傾げてみせた。
まだ標的には触れてなくて、証拠なんてない。その事実を活用し、誤魔化す作戦を使った。
「その手、離してくれるかな? 君の勘違いだよ」
(ううん、勘違いじゃないよ。……私はね、悪い事をしようとしている人が分かるの。そういう事をする瞬間はゾワッとなる嫌な感じが出て、分かるんだよ)
しかし。その少女は、騙されない。引っかかりはしなかった。
(……………………はぁ。その目とその声、言い訳は無駄か。でもよ、店員に言いつけても無駄だぞ? 証拠なんてないんだからな)
(ん、そうだね。それは分かってる)
(だったら、手を掴んでても意味はない。さっさとその手を離せよ)
(……ううん、そうだけど離せない。離したら貴方は、別の場所で同じ事をするから。悪いことをしてない人が――別のお店の人が悲しむから、離せない)
彼女はその先まで、読んでいた。フルフルと首を振り、手を掴む力が僅かに強くなる。
(男の子くんが『もうしない』って約束してくれるまで、離さない。嘘じゃなくって、本当に約束してくれるまで、離さない)
(ふーん、そうなのかよ。へぇ~)
この時の俺は、かなり苛立っていた。正義の味方気取りに思えて、顔も声も――コイツの何もかもに、ムカついていた。
(……私はね、誰かが悲しい思いをするのは嫌なの。だから、お願い。悪い事を、しようとしないで――)
(じゃあそれこそその手を離せよ!! お前が邪魔をすると俺が悲しい思いをするんだよっ!! 俺は5歳の頃に捨てられて無一文でずっと泥水を啜ってきたんだよ!! 俺にとってソイツはご馳走なんだよ!! ああそうだっ! ならお前がソイツを買ってくれよ!! そしたら店も俺も幸せだ!! お前は誰かが悲しい思いをするのは嫌なんだろ!? だったら俺にウマいものを食わせてくれよ!!)
こんなにも感情的になったのは、生まれて初めてだった。
この頃の俺は、彼女の境遇なんて知る由もないから――。彼女の優しさなんて、知る由もないから――。お花畑に感じた思考回路に腹が立ち、一気に捲くし立てた。
(ほらっ! さあっ! 買ってくれよっ! そっちの手に持ってる商品と一緒に俺のも買ってくれよ!!)
(…………ごめんなさい。私は嫌味なパシリを頼まれていて、この分のお金しか持ってないの)
彼女は僅かの間伏し目がちになり、でも――。すぐに、その視線は戻る。
(けどね、食べ物なら用意できると思う。私は毎日お昼に市場に来るから、その時に食べ物を渡せると思う。……それを食べたら、こういう事を我慢してもらえるかな?)
(いいぜ、そうしてやるよ。3食分ちゃんと用意できるなら、そうしてやるよ)
(っ、ありがとう男の子くんっ! 明日からずっと用意するっ。じゃあこの時間に、ええっと……。市場の近くにある、公園のベンチで待っててねっ)
(ああ、待ってるよ。……こういうことをされたくなかったら、ウマいものを用意しろよな?)
こうして俺は終始上から目線で口を動かし、予期せず食料確保に成功したのだった。
……………………。
この時の俺は、まだ知らない。まだ考えない。
イリスが、どんな思いで頷いていたのかを。たった10歳の少女が、独りで市場にいる意味を。
不意に手を掴まれた俺は、心の中で酷く焦っていた。
相手は帽子を深く被っているため正確には把握できないが、背や雰囲気からするにソイツはほぼ同い年の女。少女だ。
どうしてこんなガキに、悟られる……?
「ど、どうしたのかな? 僕は、悪いことをしようとはしてないよ?」
悩むのは、あと。咄嗟に性格を偽り、キョトンと首を傾げてみせた。
まだ標的には触れてなくて、証拠なんてない。その事実を活用し、誤魔化す作戦を使った。
「その手、離してくれるかな? 君の勘違いだよ」
(ううん、勘違いじゃないよ。……私はね、悪い事をしようとしている人が分かるの。そういう事をする瞬間はゾワッとなる嫌な感じが出て、分かるんだよ)
しかし。その少女は、騙されない。引っかかりはしなかった。
(……………………はぁ。その目とその声、言い訳は無駄か。でもよ、店員に言いつけても無駄だぞ? 証拠なんてないんだからな)
(ん、そうだね。それは分かってる)
(だったら、手を掴んでても意味はない。さっさとその手を離せよ)
(……ううん、そうだけど離せない。離したら貴方は、別の場所で同じ事をするから。悪いことをしてない人が――別のお店の人が悲しむから、離せない)
彼女はその先まで、読んでいた。フルフルと首を振り、手を掴む力が僅かに強くなる。
(男の子くんが『もうしない』って約束してくれるまで、離さない。嘘じゃなくって、本当に約束してくれるまで、離さない)
(ふーん、そうなのかよ。へぇ~)
この時の俺は、かなり苛立っていた。正義の味方気取りに思えて、顔も声も――コイツの何もかもに、ムカついていた。
(……私はね、誰かが悲しい思いをするのは嫌なの。だから、お願い。悪い事を、しようとしないで――)
(じゃあそれこそその手を離せよ!! お前が邪魔をすると俺が悲しい思いをするんだよっ!! 俺は5歳の頃に捨てられて無一文でずっと泥水を啜ってきたんだよ!! 俺にとってソイツはご馳走なんだよ!! ああそうだっ! ならお前がソイツを買ってくれよ!! そしたら店も俺も幸せだ!! お前は誰かが悲しい思いをするのは嫌なんだろ!? だったら俺にウマいものを食わせてくれよ!!)
こんなにも感情的になったのは、生まれて初めてだった。
この頃の俺は、彼女の境遇なんて知る由もないから――。彼女の優しさなんて、知る由もないから――。お花畑に感じた思考回路に腹が立ち、一気に捲くし立てた。
(ほらっ! さあっ! 買ってくれよっ! そっちの手に持ってる商品と一緒に俺のも買ってくれよ!!)
(…………ごめんなさい。私は嫌味なパシリを頼まれていて、この分のお金しか持ってないの)
彼女は僅かの間伏し目がちになり、でも――。すぐに、その視線は戻る。
(けどね、食べ物なら用意できると思う。私は毎日お昼に市場に来るから、その時に食べ物を渡せると思う。……それを食べたら、こういう事を我慢してもらえるかな?)
(いいぜ、そうしてやるよ。3食分ちゃんと用意できるなら、そうしてやるよ)
(っ、ありがとう男の子くんっ! 明日からずっと用意するっ。じゃあこの時間に、ええっと……。市場の近くにある、公園のベンチで待っててねっ)
(ああ、待ってるよ。……こういうことをされたくなかったら、ウマいものを用意しろよな?)
こうして俺は終始上から目線で口を動かし、予期せず食料確保に成功したのだった。
……………………。
この時の俺は、まだ知らない。まだ考えない。
イリスが、どんな思いで頷いていたのかを。たった10歳の少女が、独りで市場にいる意味を。
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