上 下
6 / 56

第3話 7年前の出会いと、気持ちの変化 マティアス視点(2)

しおりを挟む
((な……っ。どうなってるんだ……!? なぜ盗むと分かった……!?))

 不意に手を掴まれた俺は、心の中で酷く焦っていた。
 相手は帽子を深く被っているため正確には把握できないが、背や雰囲気からするにソイツはほぼ同い年の女。少女だ。
 どうしてこんなガキに、悟られる……?

「ど、どうしたのかな? は、悪いことをしようとはしてないよ?」

 悩むのは、あと。咄嗟に性格を偽り、キョトンと首を傾げてみせた。
 まだ標的には触れてなくて、証拠なんてない。その事実を活用し、誤魔化す作戦を使った。

「その手、離してくれるかな? 君の勘違いだよ」
(ううん、勘違いじゃないよ。……私はね、悪い事をしようとしている人が分かるの。そういう事をする瞬間はゾワッとなる嫌な感じが出て、分かるんだよ)

 しかし。その少女は、騙されない。引っかかりはしなかった。

(……………………はぁ。その目とその声、言い訳は無駄か。でもよ、店員に言いつけても無駄だぞ? 証拠なんてないんだからな)
(ん、そうだね。それは分かってる)
(だったら、手を掴んでても意味はない。さっさとその手を離せよ)
(……ううん、そうだけど離せない。離したら貴方は、別の場所で同じ事をするから。悪いことをしてない人が――別のお店の人が悲しむから、離せない)

 彼女はその先まで、読んでいた。フルフルと首を振り、手を掴む力が僅かに強くなる。

(男の子くんが『もうしない』って約束してくれるまで、離さない。嘘じゃなくって、本当に約束してくれるまで、離さない)
(ふーん、そうなのかよ。へぇ~)

 この時の俺は、かなり苛立っていた。正義の味方気取りに思えて、顔も声も――コイツの何もかもに、ムカついていた。

(……私はね、誰かが悲しい思いをするのは嫌なの。だから、お願い。悪い事を、しようとしないで――)
(じゃあそれこそその手を離せよ!! お前が邪魔をすると俺が悲しい思いをするんだよっ!! 俺は5歳の頃に捨てられて無一文でずっと泥水を啜ってきたんだよ!! 俺にとってソイツはご馳走なんだよ!! ああそうだっ! ならお前がソイツを買ってくれよ!! そしたら店も俺も幸せだ!! お前は誰かが悲しい思いをするのは嫌なんだろ!? だったら俺にウマいものを食わせてくれよ!!)

 こんなにも感情的になったのは、生まれて初めてだった。
 この頃の俺は、彼女の境遇なんて知る由もないから――。彼女の優しさなんて、知る由もないから――。お花畑に感じた思考回路に腹が立ち、一気に捲くし立てた。

(ほらっ! さあっ! 買ってくれよっ! そっちの手に持ってる商品と一緒に俺のも買ってくれよ!!)
(…………ごめんなさい。私は嫌味なパシリお使いを頼まれていて、この分のお金しか持ってないの)

 彼女は僅かの間伏し目がちになり、でも――。すぐに、その視線は戻る。

(けどね、食べ物なら用意できると思う。私は毎日お昼に市場に来るから、その時に食べ物を渡せると思う。……それを食べたら、こういう事を我慢してもらえるかな?)
(いいぜ、そうしてやるよ。3食分ちゃんと用意できるなら、そうしてやるよ)
(っ、ありがとう男の子くんっ! 明日からずっと用意するっ。じゃあこの時間に、ええっと……。市場の近くにある、公園のベンチで待っててねっ)
(ああ、待ってるよ。……こういうことをされたくなかったら、ウマいものを用意しろよな?)

 こうして俺は終始上から目線で口を動かし、予期せず食料確保に成功したのだった。

 ……………………。

 この時の俺は、まだ知らない。まだ考えない。
 イリスが、どんな思いで頷いていたのかを。たった10歳の少女が、独りで市場にいる意味を。

しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

冤罪による婚約破棄を迫られた令嬢ですが、私の前世は老練の弁護士です

知見夜空
恋愛
生徒たちの前で婚約者に冤罪による婚約破棄をされた瞬間、伯爵令嬢のソフィ―・テーミスは前世を思い出した。 それは冤罪専門の老弁護士だったこと。 婚約者のバニティ君は気弱な彼女を一方的に糾弾して黙らせるつもりだったらしいが、私が目覚めたからにはそうはさせない。 見た目は令嬢。頭脳はおじ様になった主人公の弁論が冴え渡る! 最後にヒロインのひたむきな愛情も報われる逆転に次ぐ逆転の新感覚・学内裁判ラブコメディ(このお話は小説家になろうにも投稿しています)。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

(完)お姉様、婚約者を取り替えて?ーあんなガリガリの幽霊みたいな男は嫌です(全10話)

青空一夏
恋愛
妹は人のものが常に羨ましく盗りたいタイプ。今回は婚約者で理由は、 「私の婚約者は幽霊みたいに青ざめた顔のガリガリのゾンビみたい! あんな人は嫌よ! いくら領地経営の手腕があって大金持ちでも絶対にいや!」 だそうだ。 一方、私の婚約者は大金持ちではないが、なかなかの美男子だった。 「あのガリガリゾンビよりお姉様の婚約者のほうが私にぴったりよ! 美男美女は大昔から皆に祝福されるのよ?」と言う妹。 両親は妹に甘く私に、 「お姉ちゃんなのだから、交換してあげなさい」と言った。 私の婚約者は「可愛い妹のほうが嬉しい」と言った。妹は私より綺麗で可愛い。 私は言われるまま妹の婚約者に嫁いだ。彼には秘密があって…… 魔法ありの世界で魔女様が最初だけ出演します。 ⸜🌻⸝‍姉の夫を羨ましがり、悪巧みをしかけようとする妹の自業自得を描いた物語。とことん、性格の悪い妹に胸くそ注意です。ざまぁ要素ありですが、残酷ではありません。 タグはあとから追加するかもしれません。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの? 理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。 大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。 彼女は次第に恨むようになっていく。 隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。 しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。

処理中です...