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プロローグ 俯瞰視点(ふかんしてん)

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「ふふふ、ふふふふふっ。ようやく姉さんから、姉の婚約者フェリックス様を奪えるようになった……!」

 6月下旬。久しぶりに晴れた空から清々しい日差しが降り注ぐ、正午過ぎ。白を基調とした邸宅の2階にある1室には、狡猾で邪悪な笑い声が響いていました。

 ブランシュ子爵家の次女として生まれた、ローズ17歳。

 彼女は昔から、1歳上の姉であるサーラの物を欲しがってきました。


『パパ~、ママ~。お姉ちゃんが持ってるぬいぐるみが欲しい~』

『姉さん。姉さんが誕生日にもらったイヤリング、綺麗だよね。ソレはあたしの方が似合うから、ちょうだい』


 などなど。小さな頃から現在まで、事あるごとに要求してきました。
 そして。6か月前にはついに、『物』では飽き足らず『者』にまで手を伸ばしてきたのです。


『姉さん。姉さんの婚約者を、好きになっちゃった。それにあたしの方が美人だし頭も良くって、あたしの方がフェリックス様をもっと幸せにできるの。フェリックス様の為にも、あたしに譲ってよ』


 およそ1年と4か月前に知り合い、6か月前にあったとあるパーティーで、見た目も中身も清廉潔白な少女――姉サーラに婚約を申し込んだ、伯爵家令息フェリックス・ヴァイナー。
 ローズは彼が姉の婚約者となるや姉のものになるや、急に輝いて見えるようになる。欲しくて欲しくてたまらなくなって、微塵も悪びれもせずこう口にしたのでした。

 しかし――。
 不幸中の幸い、ローズとサーラの両親は常識人でした。


『そのヌイグルミはお姉ちゃんのもので、ローズは自分が選んだぬいぐるみがあるだろう? 我慢しなさい』

『ローズ、これ、欲しいの……? ご、ごめんね。これはお友達からもらった大切なもので、あげることはできないの』
『ママっ。ママも、あたしの方が似合うと思うよね? プレゼントされたら渡した人のことはもう関係なくって、あたしがもらってもいいよね?』
『駄目よ、ローズ。そのイヤリングは、サーラを想って贈られた物でしょう。似合う似合わないは関係ないわ』


 このように何を言っても、却下。更にはその後は必ずローズをしっかりと叱り、歪んでいる性格を直そうとしていました。


 ですが、ローズは聞く耳を持ちません。


 一応表向きは『はい。分かりました』と返事をするものの、内心は真逆。いつも両親とサーラに対して陰口を叩き、理不尽な怒りを募らせていたのでした。
 そして、今回。『婚約者を譲って』に対しては――。


『フェリックスさんは私を好きでいてくれて、私もフェリックスさんが大好きなの。フェリックスさんの為にも、それは無理だよローズ』
『幸せかそうでないかは、フェリックス殿が決める事だっ。いい加減にしないか!!』
『あなた、自分の言っている事が本当に分かっていないというの? ……ねえ、ローズ。お母さん達の目を見て、ちゃんと答えなさい』


 かつてない程の剣幕でこってりと絞られ、あやうく家を追い出されそうになるところでした。
 そのため流石のローズも即座に謝罪をして二度とねだらないと誓いましたが、それもまたうわべだけ。心の中では拒否と説教によって、長年溜まっていた自己中心的なストレスが大爆発を起こしていました。

『いいわよ……っ。いいわよ……っ! そっちがその気なら、もう頼まない! 力づくで奪ってやるわ……!!』

 そうしてローズは血眼になってその方法を探し、隣国で有用な書物を――魅了をかけられる魔法を発見。昨日ついに必要な材料がすべて揃い、もうじきサーラとお茶をするべくフェリックスが来訪する今日、実行しようとしているのです。

「コレを使えば、フェリックス様はあたしに夢中になる。……姉さん。もうすぐアナタは、哀れに捨てられるんだよ」

 素直に渡しておけば、悲しませずに済んだのに――。あたしを本気にさせなければ、穏便に済んだのに――。バカな女――。
 馬車に乗ってやってきたフェリックスと、破顔でそれを出迎えるサーラ。そんな2人を窓から見下ろしながら、ローズは薄笑いを浮かべたのでした。


 その魅了の魔法によってローズとフェリックスとサーラ全員がとある大きな勘違いをしてしまい、彼女の人生が大きく狂ってしまうことになるとは知らずに――。
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