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第16話 回想・補完編その1 ~十年前の出会い~ レオナード(ヴィクター)視点(2)

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「この音は……? なに……?」

 不意に耳に流れ込んできた、小さな音。それを聞いた僕はすぐに、その音色が聞こえてくる方向へと進み始める。
 錯乱状態の上に少しでも早い死を望んでいた僕がこうなったのは、偶然と必然が合わさった結果だった――。それをすぐに、実感することになる。

「……………………。優しい音……。あったかい音だな……」

 演奏している場所に入った僕を待っていたのは、今まで聴いたことのないメロディー達。耳で止まらず、身体の中心まで――魂まで届く、そう感じる音が会場には響き渡っていたのだった。

「温かい……。優しい……。綺麗……。ピアノって、こんな音を出せるんだ……」

 僕は立場上何度も演奏会を経験していて、ピアノの音色をよく知っていた。けれどその日体感したものは、まるで違っていた。
 僕が良く知っていたプロに比べると、技術には雲泥の差があった。でもそんな人達の音にはないものが宿っていて、衰弱し荒んでいた心を穏やかに包み込んでくれたんだ。

「…………こんな音、はじめてだ……。…………胸の奥が、あったかくなっていく……」

 あの時はまだ、そうなった理由はよく分かっていなかったのだけれど――。孤児院で過ごす子ども達に向けてメロディーに乗せられた、穏やかで優しい澄みきった想い。それによって僕の心はほぐされていって、演奏が終わる頃には心の中がすっかり変わっていた。
 それまで心を占領していた感情は、無意識的に溢れるようになった涙に溶けて外へと流れだして――。落ち着きを取り戻していた。

 だから。

 そうなるのは、必然的だった。


『どうか泣かないでください。私は空の上から見守っています』
『だからまたお会いできますよ』
『これは一時的なお別れです』
『その時まで、お元気で』


 感情が穏やかになったことでやがて大切な人の最期の言葉を思い出し、


『分かったよ! ずっと元気で居るからっ! 見守っててね!』


 その際に手を握り締めながら発した言葉を、思い出したのだった。

「…………僕は、約束をしたし……。そんな理由で追いかけたら、ミンテールは悲しんじゃうな」

 彼女は僕の幸せと健康を、何よりも喜び望んでくれていた。なので――。僕がミンテールのもとに行く時は、良い思い出を沢山持っていないと、そう思うようになった。

「……ミンテール。僕はあの音を聴いてね、まだ知らないことが沢山あるって気付いた。この世界はね、悪いことばかりじゃないかもって思うになったよ。……だからね。そっちに行くのはあとにするよ」

 会場の前にある十字架と、斜め後ろ――ミンテールが眠る場所に向けて強く頷く。そして――

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