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アシルの記憶編 幕間 追憶。そして……。(3)
しおりを挟む「…………懐かしいです。これはかつて美術館で展示されていたものなのですが、管理者の方が死後に戻してくださっていたのですね」
「……温かいタッチで描かれていて、一目で『愛する人がモデル』だと分かるよ。ルシアンさんは――僕は、こんなにもソフィア様を愛していたんだね」
アシル様はふわりと目を細めて呟き、その後もじっと作品を見つめます。
「今の僕にルシアンの記憶はないけれど、これを見ていると当時の想いが伝わってくるよ。うん……。ちゃんと、分かる……」
「わたしも改めて、蘇ってきましたよ。これを描いてる時のやり取りなどが、鮮明に浮かび上がってきました」
『ルシアンさん。展示用の絵を描く、そう仰ってましたよね?』
『うんそうだよ。それがなに?』
『……どうして、勉強中のわたしを描こうとしてるんですか? まさか、わたしを題材にするつもりなんですか?』
『もちろん、そうするつもりだよ。だって先方に、「一番好きなものを好きなように描いてください」って依頼されたのだからね』
あの人は基本的に照れ屋さんなのに、時々こうやって平然と恥ずかしくなる台詞を口にします。ルシアンさんは、困ったさんでありズルッこさんなのです。
「……ルシアンさんはもしかして、全て計算だったのでしょうか? あれらは全て巧妙なお芝居で、わたしを弄んでいたのかもしれませんね」
「いやいや、そんなつもりはないよっ。僕も自分で言った後で気付いて、毎回あたふたしちゃってたでしょっ?」
「ふふ、冗談ですよ。嬉しくもちょっぴり悔しい思い出なので、ついイジワルが零れてしまいました――」
「「へ?」」
わたし達は見つめ合い、素っ頓狂な声を上げてしまいます。
当たり前のように会話をしていましたが……。今のは……。
「前世の記憶がないと、できないものでしたよね? ということは、もしかして……」
「う、うん、蘇っちゃったみたい……。当時の出来事を、なにもかも思い出せるよ……っ!!」
アシル様は戸惑いながら自分の頭を抱え、3回首肯。自分自身を落ち着かせ、そうしたら、目尻に光るものが浮かぶようになりました。
「式場で薔薇と君の反応を目にした時、違和感があったんだよ。その時にすでに、動き始めていて……。絵を見た事によってルシアンさんの気持ちが伝わってきて、それが切っ掛けになったみたいだ……っ。別れの際の小指の約束も、プロポーズの言葉も。君とかつて過ごした日々の全てを、思い出したよ……っっ!」
アシル様は珍しく早口で喋り、ぎゅっ。わたしを優しく強く――昔のように抱き締めてくれました。
「ただいま、フィアナ。ただいま、ソフィア……っ。僕はアシルであり、ルシアンだよ……っ!」
「はい、そうですね……っ。やっと、ルシアンさんにも会えました」
「僕が先に逝っちゃったのに…………随分待たせしまって、ごめんね……っ。会えて嬉しいよ……っっ」
「わたしも、です……っ。おかえりなさい……っ!」
これまでは一方通行となっていましたが、これからはそうではありません。
その事実が、とてもとても嬉しくって……。わたしも涙が零れてきます。
「フィアナ……っ。ソフィア……っ。フィアナ……っ。ソフィア……」
「ルシアンさん……っ。アシル様……っ」
こういう状況で感極まってしまうと、不思議なもので名前以外の言葉が出てこなくなってしまいます。
ですが、わたし達にはそれで充分で――。わたし達はその後もしばらくの間お互いの名前を呼び合い、長い時を経た真の再会の喜びを分かち合ったのでした。
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