上 下
30 / 31

アシルの記憶編 幕間 追憶。そして……。(3)

しおりを挟む

「…………懐かしいです。これはかつて美術館で展示されていたものなのですが、管理者の方が死後に戻してくださっていたのですね」
「……温かいタッチで描かれていて、一目で『愛する人がモデル』だと分かるよ。ルシアンさんは――僕は、こんなにもソフィア様を愛していたんだね」

 アシル様はふわりと目を細めて呟き、その後もじっと作品を見つめます。

「今の僕にルシアンの記憶はないけれど、これを見ていると当時の想いが伝わってくるよ。うん……。ちゃんと、分かる……」
「わたしも改めて、蘇ってきましたよ。これを描いてる時のやり取りなどが、鮮明に浮かび上がってきました」


『ルシアンさん。展示用の絵を描く、そう仰ってましたよね?』
『うんそうだよ。それがなに?』
『……どうして、勉強中のわたしを描こうとしてるんですか? まさか、わたしを題材にするつもりなんですか?』
『もちろん、そうするつもりだよ。だって先方に、「一番好きなものを好きなように描いてください」って依頼されたのだからね』


 あの人は基本的に照れ屋さんなのに、時々こうやって平然と恥ずかしくなる台詞を口にします。ルシアンさんは、困ったさんでありズルッこさんなのです。

「……ルシアンさんはもしかして、全て計算だったのでしょうか? あれらは全て巧妙なお芝居で、わたしを弄んでいたのかもしれませんね」
「いやいや、そんなつもりはないよっ。僕も自分で言った後で気付いて、毎回あたふたしちゃってたでしょっ?」
「ふふ、冗談ですよ。嬉しくもちょっぴり悔しい思い出なので、ついイジワルが零れてしまいました――」
「「へ?」」

 わたし達は見つめ合い、素っ頓狂な声を上げてしまいます。
 当たり前のように会話をしていましたが……。今のは……。

「前世の記憶がないと、できないものでしたよね? ということは、もしかして……」
「う、うん、蘇っちゃったみたい……。当時の出来事を、なにもかも思い出せるよ……っ!!」

 アシル様は戸惑いながら自分の頭を抱え、3回首肯。自分自身を落ち着かせ、そうしたら、目尻に光るものが浮かぶようになりました。

「式場で薔薇と君の反応を目にした時、違和感があったんだよ。その時にすでに、動き始めていて……。絵を見た事によってルシアンさんの気持ちが伝わってきて、それが切っ掛けになったみたいだ……っ。別れの際の小指の約束も、プロポーズの言葉も。君とかつて過ごした日々の全てを、思い出したよ……っっ!」

 アシル様は珍しく早口で喋り、ぎゅっ。わたしを優しく強く――昔のように抱き締めてくれました。

「ただいま、フィアナ。ただいま、ソフィア……っ。僕はアシルであり、ルシアンだよ……っ!」
「はい、そうですね……っ。やっと、ルシアンさんにも会えました」
「僕が先に逝っちゃったのに…………随分待たせしまって、ごめんね……っ。会えて嬉しいよ……っっ」
「わたしも、です……っ。おかえりなさい……っ!」

 これまでは一方通行となっていましたが、これからはそうではありません。
 その事実が、とてもとても嬉しくって……。わたしも涙が零れてきます。

「フィアナ……っ。ソフィア……っ。フィアナ……っ。ソフィア……」
「ルシアンさん……っ。アシル様……っ」

 こういう状況で感極まってしまうと、不思議なもので名前以外の言葉が出てこなくなってしまいます。
 ですが、わたし達にはそれで充分で――。わたし達はその後もしばらくの間お互いの名前を呼び合い、長い時を経た真の再会の喜びを分かち合ったのでした。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】後妻は承認したけど、5歳も新しく迎えるなんて聞いてない

BBやっこ
恋愛
ある侯爵家に後妻に入った。私は結婚しろと言われなくなり仕事もできる。侯爵様様にもたくさん後妻をと話が来ていたらしい。 新しいお母様と慕われうことはないだろうけど。 成人した跡取り息子と、寮生活している次男とは交流は少ない。 女主人としての仕事を承認したけど、突然紹介された5歳の女の子。新しく娘うぃ迎えるなんて聞いてない!

公爵令嬢は運命の相手を間違える

あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。 だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。 アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。 だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。 今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。 そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。 そんな感じのお話です。

悪いのは全て妹なのに、婚約者は私を捨てるようです

天宮有
恋愛
伯爵令嬢シンディの妹デーリカは、様々な人に迷惑をかけていた。 デーリカはシンディが迷惑をかけていると言い出して、婚約者のオリドスはデーリカの発言を信じてしまう。 オリドスはシンディとの婚約を破棄して、デーリカと婚約したいようだ。 婚約破棄を言い渡されたシンディは、家を捨てようとしていた。

戦いは終わって、愛する人と結ばれたなら、あとは穏やかに生きてゆくだけだと思っていた――。 (白薔薇のナスカ関連作品)

四季
恋愛
戦争は終わって、前線から退いて、愛する人と結ばれたなら、あとは穏やかに生きてゆくだけ――そう思っていた、のに。 ナスカはまた一つの困難に遭遇する。 敵意を向けられてもそれでも。 無事乗り越えることができるだろうか。 『白薔薇のナスカ 〜クロレア航空隊の記録〜』に関連するエピソードです。 ※やや物騒要素が含まれます、ご了承ください。m(_ _)m

あなたは愛を誓えますか?

縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。 だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。 皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか? でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。 これはすれ違い愛の物語です。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

処理中です...