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第2話 共通の知人 レティシア視点(1)

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「レティシアっ! 今セルジュがものすごい勢いで走って行ったぞっ? 何があったんだ……っ?」

 狼狽したセルジュ様が、開けたままにしていた扉。そちらを見つめていたら、茶色の髪を後ろで結んだ男性が飛び込んできました。
 雄々しいライオンと無邪気な犬を合わせたような、格好良くて優しい人。この方は私の5歳の頃からの幼馴染でありセルジュ様の学舎時代からの親友、アヴィテイル伯爵家のオディロンお兄様。
 お兄様は私達を心配してくださり、別室で――お父様やお母様と共に、待機してくださっていたのです。

「落ち着かなくて廊下をウロウロしていたら、アイツが大量に汗を流しながら執務室に消えていったんだよ。声をかけても反応がなかったし、この場で何があったんだ? 言える範囲で教えてくれ」
「……書類にサインを行い、謝罪と別れの言葉を口にされた時でした。私のことをレティ―と呼び、それを切っ掛けにしてあのようになってしまわれたのです」

 レティ―をいう、今のセルジュ様は知らないものを口にした。
 そちらを指摘すると、目を見開き、やがて体中が汗まみれになってしまった。
 その汗を拭くためハンカチを出そうとすると、大声で否定をされた。
 確実に発しているのに聞き間違いだと主張し、何を言ってもこちらの主張を認めない。
 婚約解消に関する書類をむしり取るようにして掴み、逃げるように部屋を飛び出した。

 あの場で両家が内密にしなければならないことは、起きていませんので。先ほど発生した出来事を、すべて説明しました。

「……記憶の回復は、アイツが渇望していたもののはずだ……。にもかかわらず否定を繰り返し、それどころか少しも喜ばなかった。不自然、異様だな」
「はい、お兄様。これまでのご自身の行動、発言とは真逆に位置するものです」


『僕はレティシア様を、こんなにも愛していたのですね……。どうにかして、当時を取り戻したいですよ……!』
『……どうやっても、記憶が戻らない……。レティシア様を、心から愛することができない……っ。く……っ。歯がゆい、情けないですよ……っ!!』


 何度もこのように仰られていたのに、あのようになった。ですので私の中には、一つの疑惑が生まれています。

「オディロンお兄様。もしかすると……。セルジュ様は、記憶喪失のふりをされているのではないでしょうか?」

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