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第6話 5日後 アデライド視点(2)
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「…………駄目だ。まだまだ足りない。こんな音じゃ駄目だ……!」
今度参加予定のコンクールで演奏する曲、『月のワルツ』。その曲の演奏を終えたエリク様は、険しい顔で首を振った。
「月の光を表現しきれていない……! もっと、もっと柔らかく音を出さないと」
「こうすれば、よくなる……? …………駄目だ、よくなっていない……。なら、こうすれば……?」
「もっと月のイメージが必要、か……?」
「それだけじゃない、指の動かし方も悪いな。この2つを重点的にやっていこう」
必死になって試行錯誤を繰り返すエリク様。30分くらいそんな様子を眺めていると、ようやく隣から声が聞こえてきた。
(…………ヤツは、いつも……。こんな風に練習をしている、のか……?)
今なお我武者羅にヴァイオリンを弾くエリク様、わたし。前方と左横を交互見やり、せわしなく瞬きをした。
(ええ、そうですよ。とは言っても、わたしにも内緒にしているんですけどね。毎週この曜日はこの場所で6時間みっちり練習をして、他の曜日はお屋敷の練習室で3~4時間腕を磨いています)
(6!? 4!? きゅ、休日はともかく毎日4!? 無理だ……! 我々にそんな時間はないはずだ……!)
この人もエリク様も、貴族の子どもで次期当主。毎日何かしら行うことがある。
(そうですね、ありません。ですから睡眠時間を削って励んでいるんですよ)
(そ、そこまで、している……? そ、そんな素振りはなかったし、今までそんな雰囲気を感じたことはなかったぞ……!?)
(他者には――婚約者であるわたしにさえも、悟られないようにしていますからね。知らないのは当然ですよ)
エリク様はやきもち焼きなところがあって、幼い頃にアデライドが言った『このお話の王子様カッコイイ!』に張り合っちゃってる。その王子様は完璧超人だから『努力を見せたら駄目だ』と思うようになっていて、その姿を見せないようにしているのだ。
(この人が大した努力をしていなくて、持って生まれた才能、センスだけで演奏していると思っていましたよね? それは、アデライド――わたしが何気なく言った言葉によって、こういったやり方をするようになったからなんですよ)
(…………今のヤツの姿は、我武者羅……。本気で……全身全霊を賭して打ち込んでいるのが、分かる……)
(ふふ、そうですね。……ではここで、問題です。彼はどうして、あそこまで懸命にヴァイオリンを練習しているのしょうか?)
(他人の考えが、分かるはずがない。……お前は、目を見たら分かるんだろ? 答えはなんなんだ)
その答えは、きっとこの人がビックリするもの。
なので、あの台詞が出るのを待つ。
わたしは唇の前で人差し指を立てながらしばらく待ち、やがて――エリク様の口から、その答えとなる台詞が出たのでした。
「まだだ、まだ全然及ばない……。ジル様の音は、もっと美しい……!」
今度参加予定のコンクールで演奏する曲、『月のワルツ』。その曲の演奏を終えたエリク様は、険しい顔で首を振った。
「月の光を表現しきれていない……! もっと、もっと柔らかく音を出さないと」
「こうすれば、よくなる……? …………駄目だ、よくなっていない……。なら、こうすれば……?」
「もっと月のイメージが必要、か……?」
「それだけじゃない、指の動かし方も悪いな。この2つを重点的にやっていこう」
必死になって試行錯誤を繰り返すエリク様。30分くらいそんな様子を眺めていると、ようやく隣から声が聞こえてきた。
(…………ヤツは、いつも……。こんな風に練習をしている、のか……?)
今なお我武者羅にヴァイオリンを弾くエリク様、わたし。前方と左横を交互見やり、せわしなく瞬きをした。
(ええ、そうですよ。とは言っても、わたしにも内緒にしているんですけどね。毎週この曜日はこの場所で6時間みっちり練習をして、他の曜日はお屋敷の練習室で3~4時間腕を磨いています)
(6!? 4!? きゅ、休日はともかく毎日4!? 無理だ……! 我々にそんな時間はないはずだ……!)
この人もエリク様も、貴族の子どもで次期当主。毎日何かしら行うことがある。
(そうですね、ありません。ですから睡眠時間を削って励んでいるんですよ)
(そ、そこまで、している……? そ、そんな素振りはなかったし、今までそんな雰囲気を感じたことはなかったぞ……!?)
(他者には――婚約者であるわたしにさえも、悟られないようにしていますからね。知らないのは当然ですよ)
エリク様はやきもち焼きなところがあって、幼い頃にアデライドが言った『このお話の王子様カッコイイ!』に張り合っちゃってる。その王子様は完璧超人だから『努力を見せたら駄目だ』と思うようになっていて、その姿を見せないようにしているのだ。
(この人が大した努力をしていなくて、持って生まれた才能、センスだけで演奏していると思っていましたよね? それは、アデライド――わたしが何気なく言った言葉によって、こういったやり方をするようになったからなんですよ)
(…………今のヤツの姿は、我武者羅……。本気で……全身全霊を賭して打ち込んでいるのが、分かる……)
(ふふ、そうですね。……ではここで、問題です。彼はどうして、あそこまで懸命にヴァイオリンを練習しているのしょうか?)
(他人の考えが、分かるはずがない。……お前は、目を見たら分かるんだろ? 答えはなんなんだ)
その答えは、きっとこの人がビックリするもの。
なので、あの台詞が出るのを待つ。
わたしは唇の前で人差し指を立てながらしばらく待ち、やがて――エリク様の口から、その答えとなる台詞が出たのでした。
「まだだ、まだ全然及ばない……。ジル様の音は、もっと美しい……!」
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