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プロローグ ベンジャミン視点
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「ルーシー? どうしたんだい? 何かあったのかな?」
白を基調とした、品の良さと落ち着きを感じるレーズリック伯爵邸。そこにあるサンルームを訪れ一緒にお茶を飲んでいた俺は、正面に向けて小さく首を傾けた。
直近は国内外で私用があり、こうして会えるのは一週間ぶり。最後に会った時から、お互いに今日という日を楽しみにしていた。なのに彼女の表情はどこか固く、無理をして笑顔を作っている、という印象を受けた――何かを隠していると分かった。
そこで打ち明けやすい雰囲気を出し、最愛の婚約者を見つめたのだった。
「えっ? い、いえ、ベンジャミン様。何もございませんよ」
視線の先にあるグリーンの瞳に一瞬焦りが生まれ、しかしながら、その下にある頬はすぐ穏やかに緩んだ。
「諸事情でマドレーヌの焼き上がりが遅れていて、ちゃんと焼き上がるかな? と気になってしまっていました。そちらが、知らず知らず顔に出ていたのかもしれません」
「そうなんだ。と流したいところだけど、それはできないかな。遠慮しなくていいから、悩みの種を教えて欲しい。……大切な人が困っているのに、最後まで何も知らずに、何もできずに居た。それは何より辛いんだよ」
俺達は1年半前に知り合い、1か月前に婚約者となった。その交際や婚約は彼女だけではなく俺にとっても大きな幸せで、大好きなルーシーをずっと護っていきたいと強く思っている。
なので改めて優しげなタレ目を見つめると、よかった。受け入れてくれたらしい。目の前にあった不自然な笑顔は、自然な微苦笑へと変化した。
「ベンジャミン様、ごめんなさい。私は隠すことが一番良いと思い込んでいて、貴方様の想いを無視してしまっていました」
「ううん、その気持ちはとても嬉しいよ。ありがとう」
最愛の人からの思いやりが、嬉しくないはずがない。そのため俺は本心で感謝を返し、短く息を吐いた――気を引き締めた。
「一週間前の君に違和感はなくて、『問題』は俺が離れている間に起きたんだね? ルーシー、何があったんだい?」
「…………ベンジャミン様。その……。サテファーズ伯爵家の、ピエール様をご存じですよね?」
「ああ。当然、知っているよ」
ピエール・サテファーズ。この男は、俺が出会うまで――3年間までルーシーが関係を持っていた、彼女の元交際相手。
婚約して2年目で――結婚を6か月後に控えた段階で突如心変わりを起こし、その結果最悪といえる形で彼女を捨てた男。そのせいで当時のルーシーは酷く落ち込み、身投げを実行しようとしてしまう程に心を傷付けた男。俺があの日偶々その場を通りかからなければ、自殺へと追いやったことになっていた男。
とにかく悪い印象しかない、そんなゲスだ。
「そのピエールが、どうしたんだい?」
あの日ルーシーとヤツの縁は完全に切れて、もう一生交わるはずはなかった。なので思い当たる点がなく、尋ねてみると――。ルーシーの口が、信じられない言葉を紡いだのだった。
「ピエール様は、関係を戻したいようでして……。6日前から、しつこく復縁を迫られるようになってしまったのです……」
白を基調とした、品の良さと落ち着きを感じるレーズリック伯爵邸。そこにあるサンルームを訪れ一緒にお茶を飲んでいた俺は、正面に向けて小さく首を傾けた。
直近は国内外で私用があり、こうして会えるのは一週間ぶり。最後に会った時から、お互いに今日という日を楽しみにしていた。なのに彼女の表情はどこか固く、無理をして笑顔を作っている、という印象を受けた――何かを隠していると分かった。
そこで打ち明けやすい雰囲気を出し、最愛の婚約者を見つめたのだった。
「えっ? い、いえ、ベンジャミン様。何もございませんよ」
視線の先にあるグリーンの瞳に一瞬焦りが生まれ、しかしながら、その下にある頬はすぐ穏やかに緩んだ。
「諸事情でマドレーヌの焼き上がりが遅れていて、ちゃんと焼き上がるかな? と気になってしまっていました。そちらが、知らず知らず顔に出ていたのかもしれません」
「そうなんだ。と流したいところだけど、それはできないかな。遠慮しなくていいから、悩みの種を教えて欲しい。……大切な人が困っているのに、最後まで何も知らずに、何もできずに居た。それは何より辛いんだよ」
俺達は1年半前に知り合い、1か月前に婚約者となった。その交際や婚約は彼女だけではなく俺にとっても大きな幸せで、大好きなルーシーをずっと護っていきたいと強く思っている。
なので改めて優しげなタレ目を見つめると、よかった。受け入れてくれたらしい。目の前にあった不自然な笑顔は、自然な微苦笑へと変化した。
「ベンジャミン様、ごめんなさい。私は隠すことが一番良いと思い込んでいて、貴方様の想いを無視してしまっていました」
「ううん、その気持ちはとても嬉しいよ。ありがとう」
最愛の人からの思いやりが、嬉しくないはずがない。そのため俺は本心で感謝を返し、短く息を吐いた――気を引き締めた。
「一週間前の君に違和感はなくて、『問題』は俺が離れている間に起きたんだね? ルーシー、何があったんだい?」
「…………ベンジャミン様。その……。サテファーズ伯爵家の、ピエール様をご存じですよね?」
「ああ。当然、知っているよ」
ピエール・サテファーズ。この男は、俺が出会うまで――3年間までルーシーが関係を持っていた、彼女の元交際相手。
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とにかく悪い印象しかない、そんなゲスだ。
「そのピエールが、どうしたんだい?」
あの日ルーシーとヤツの縁は完全に切れて、もう一生交わるはずはなかった。なので思い当たる点がなく、尋ねてみると――。ルーシーの口が、信じられない言葉を紡いだのだった。
「ピエール様は、関係を戻したいようでして……。6日前から、しつこく復縁を迫られるようになってしまったのです……」
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