2 / 26
プロローグ シルヴィ視点(2)
しおりを挟む
『貴方のような人がこんな時間に外にいると、とても危険ですよ。よかったらウチで泊まっていってください』
路傍で立ち尽くしていたわたしに声をかけてくれた、どこか猫のような可愛らしさのある中性的な男性。この方はこの街にある『ラクティアース』と呼ばれる、大きな宿屋を経営する方の長男様でした。
『あ、ありがとうございます。でも、わたしには……。お金がなくて……。身分を証明できるものも、ないんです……』
『そう、でしたか。…………………………』
『……? ??』
『…………………………うん、やっぱり貴方は大丈夫な人ですね。身分の提示もお金も要りませんよ。とりあえず今日はウチで泊まってください』
じーっとわたしの瞳を見つめていたその方は、ニッコリと微笑んでくださりました。
『え……!? え……!? よろしいのですか……!? どうして……!?』
『僕は、5歳の頃から――15年間365日接客を行ってきていて、たくさんの人間と接してきました。なので、目を見ればなんとなく分かるのですよ。その人がどんな人なのか――良い人なのか悪い人なのかが』
『そ、そうなの、ですね……』
『今は絶望に染まっている貴方の瞳は、とても澄んでいる。珍しいくらいに良い人で、きっと大変な思いをした結果ここに居るのでしょう。そんな人は放ってはおけませんよ』
その方はそんな風に、仰ってくださって……。頼れる人も場所もなかったわたしは、申し訳なさを覚えつつお世話になることになったのでした。
そうしてその日は、その方の――エクトル・キーセンゼール様のもとで過ごさせていただき、これだけでも充分にありがたかったのに。翌日更に、信じられないお言葉をいただくのでした。
『経緯(いきさつ)を聞いて、ますます放っておけなくなりました。シルヴィさん、よかったらウチで働きませんか?』
かつて隣国で子爵令嬢だったこと――。元婚約者と家族によって汚名を着せられ、追放される羽目になってしまったこと――。などなど。
あの場所に着くまでのことを説明させていただいたら、そんなわたしに居場所を与えてくださったのです。
『……お言葉に甘えても、よろしいのでしょうか……?』
『もちろん。大歓迎ですよ』
『むしろあの話を聞いて、それ以外の選択肢が出てくるはずがない。我々も心から貴方を歓迎するよ』
『そうね、あなた。……ふふ。相手が本心で「いいよ」と言っている時は、遠慮なんていらないのよ。うちにいらっしゃい』
エクトル様だけではなく、エクトル様のお父様とお母様もそう仰ってくれて。わたしはあの日、顔を涙まみれにして感謝の言葉を告げたのでした。
『ありがとうございます……! ありがとうございます……! このご恩は一生忘れませんっ! 精一杯働いてっ、一生涯御恩を返し続けます……!!』
そうしてわたしはラクティアースの一員となり、慌ただしくも充実感溢れる日々を過ごし――
「おばあ様。今日は、おばあ様に紹介したい方がいるんです」
「はじめまして。エクトル・キーセンゼールと申します」
「この方はあの日わたしを救ってくださった、命の恩人。そして、わたしの旦那様なんです」
――今から7か月前、わたし達が出会ってから4年と5か月が過ぎた頃でした。エクトルさんがプロポーズをしてくださり、エクトルさんが好意を抱いてくださっていたように、わたしも4年5か月の間に特別な感情を抱くようになっていました。
ですので嬉し涙を流しながらお受けして、昨日結婚式をあげて――。その際にエクトルさんが『故郷には唯一優しくしてくれた、大好きな方が眠っていらっしゃるんだよね? おめでたいことは、その方の前でちゃんとご報告をしないとね』と仰ってくださり、なんと式の翌日に5年ぶりの帰郷が叶ったのでした。
「わたしは今――あの日からずっと、幸せなんです。エクトルさん、ロイクお義父さん、ヴィルジニーお義母さんに囲まれて、ずっと幸せに包まれています」
「そんな日々は、今後も続く――必ず続かせます。貴方の大事なお孫さんは、僕がいつまでも幸せにします。どうか安心して見守っていてください」
エクトルさんはお墓を真っすぐ見つめながら宣言してくれて、好きなだけお話しをしていいと言ってくれました。ですのでおばあ様に5年の間にあった出来事をお伝えして、つい1時間も喋ってしまいました。
「ごめんなさいエクトルさん。お言葉に甘えすぎてしまいました」
「可愛い小鳥さんの歌を聴いていたから、全然待っていないよ。それじゃあ次は、『アキアリスの森』に行こうか」
そちらは、おばあ様によく連れて行ってもらった場所です。
今はエクトルさんが『ラクティアース』の経営者で、わたしはそんなエクトルさんの右腕として働いています。そのためなかなか遠出ができなくて、せっかく来たのだからと提案してくださりました。
「そこを訪れるのは、8年ぶりだったよね? 楽しみだね」
「はい。とても楽しみです」
揃っておばあ様に手を振り、馬車に乗り込んで次の目的を目指します。
……その時のわたし達は、まだ知りませんでした。
おばあ様との思い出の場所で、あまりにも予想外な人と出会うことを――。
路傍で立ち尽くしていたわたしに声をかけてくれた、どこか猫のような可愛らしさのある中性的な男性。この方はこの街にある『ラクティアース』と呼ばれる、大きな宿屋を経営する方の長男様でした。
『あ、ありがとうございます。でも、わたしには……。お金がなくて……。身分を証明できるものも、ないんです……』
『そう、でしたか。…………………………』
『……? ??』
『…………………………うん、やっぱり貴方は大丈夫な人ですね。身分の提示もお金も要りませんよ。とりあえず今日はウチで泊まってください』
じーっとわたしの瞳を見つめていたその方は、ニッコリと微笑んでくださりました。
『え……!? え……!? よろしいのですか……!? どうして……!?』
『僕は、5歳の頃から――15年間365日接客を行ってきていて、たくさんの人間と接してきました。なので、目を見ればなんとなく分かるのですよ。その人がどんな人なのか――良い人なのか悪い人なのかが』
『そ、そうなの、ですね……』
『今は絶望に染まっている貴方の瞳は、とても澄んでいる。珍しいくらいに良い人で、きっと大変な思いをした結果ここに居るのでしょう。そんな人は放ってはおけませんよ』
その方はそんな風に、仰ってくださって……。頼れる人も場所もなかったわたしは、申し訳なさを覚えつつお世話になることになったのでした。
そうしてその日は、その方の――エクトル・キーセンゼール様のもとで過ごさせていただき、これだけでも充分にありがたかったのに。翌日更に、信じられないお言葉をいただくのでした。
『経緯(いきさつ)を聞いて、ますます放っておけなくなりました。シルヴィさん、よかったらウチで働きませんか?』
かつて隣国で子爵令嬢だったこと――。元婚約者と家族によって汚名を着せられ、追放される羽目になってしまったこと――。などなど。
あの場所に着くまでのことを説明させていただいたら、そんなわたしに居場所を与えてくださったのです。
『……お言葉に甘えても、よろしいのでしょうか……?』
『もちろん。大歓迎ですよ』
『むしろあの話を聞いて、それ以外の選択肢が出てくるはずがない。我々も心から貴方を歓迎するよ』
『そうね、あなた。……ふふ。相手が本心で「いいよ」と言っている時は、遠慮なんていらないのよ。うちにいらっしゃい』
エクトル様だけではなく、エクトル様のお父様とお母様もそう仰ってくれて。わたしはあの日、顔を涙まみれにして感謝の言葉を告げたのでした。
『ありがとうございます……! ありがとうございます……! このご恩は一生忘れませんっ! 精一杯働いてっ、一生涯御恩を返し続けます……!!』
そうしてわたしはラクティアースの一員となり、慌ただしくも充実感溢れる日々を過ごし――
「おばあ様。今日は、おばあ様に紹介したい方がいるんです」
「はじめまして。エクトル・キーセンゼールと申します」
「この方はあの日わたしを救ってくださった、命の恩人。そして、わたしの旦那様なんです」
――今から7か月前、わたし達が出会ってから4年と5か月が過ぎた頃でした。エクトルさんがプロポーズをしてくださり、エクトルさんが好意を抱いてくださっていたように、わたしも4年5か月の間に特別な感情を抱くようになっていました。
ですので嬉し涙を流しながらお受けして、昨日結婚式をあげて――。その際にエクトルさんが『故郷には唯一優しくしてくれた、大好きな方が眠っていらっしゃるんだよね? おめでたいことは、その方の前でちゃんとご報告をしないとね』と仰ってくださり、なんと式の翌日に5年ぶりの帰郷が叶ったのでした。
「わたしは今――あの日からずっと、幸せなんです。エクトルさん、ロイクお義父さん、ヴィルジニーお義母さんに囲まれて、ずっと幸せに包まれています」
「そんな日々は、今後も続く――必ず続かせます。貴方の大事なお孫さんは、僕がいつまでも幸せにします。どうか安心して見守っていてください」
エクトルさんはお墓を真っすぐ見つめながら宣言してくれて、好きなだけお話しをしていいと言ってくれました。ですのでおばあ様に5年の間にあった出来事をお伝えして、つい1時間も喋ってしまいました。
「ごめんなさいエクトルさん。お言葉に甘えすぎてしまいました」
「可愛い小鳥さんの歌を聴いていたから、全然待っていないよ。それじゃあ次は、『アキアリスの森』に行こうか」
そちらは、おばあ様によく連れて行ってもらった場所です。
今はエクトルさんが『ラクティアース』の経営者で、わたしはそんなエクトルさんの右腕として働いています。そのためなかなか遠出ができなくて、せっかく来たのだからと提案してくださりました。
「そこを訪れるのは、8年ぶりだったよね? 楽しみだね」
「はい。とても楽しみです」
揃っておばあ様に手を振り、馬車に乗り込んで次の目的を目指します。
……その時のわたし達は、まだ知りませんでした。
おばあ様との思い出の場所で、あまりにも予想外な人と出会うことを――。
応援ありがとうございます!
17
お気に入りに追加
671
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる