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第10話 第3の目的地 俯瞰視点(2)
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「…………いえ、そんなはずはありません。私は心を失っていて、感情がないのです。喜怒哀楽が存在しないのですから、嬉しいと感じるはずがありません」
自分に対して強い違和感を覚えていたラシェルは、冷静に自身を分析。淡々と事実を並べて、否定を行います。
「それは、私が精霊の力を使えないと同じ。持ち合わせていないものを、使用することなど不可能なのです。決して出来はしないのです。…………ですが……」
不思議そうに自分の胸元に触れていた、両手。左右の手を少し離し、再び胸元に添えました。
「ですが……。これは……」
「これは? なんなのだ、ラシェル嬢?」
「この胸の中からゆっくりと広がってゆく、温かみ……。記憶を鑑みると、こちらは…………。喜怒哀楽の一つ、『喜び』に該当する感情です……」
胸を中心として、全身へと拡大していく温かいもの。ラシェルは脳内の知識によって、その正体を正しく認識しました。
「信じられませんが、認めざるを得ません。私は今、喜びを抱いています。こうしてライフェークス孤児院の前に立てている状況を、嬉しく感じております」
「……………………」
「あぁ、これが感情というものなのですね。記憶で理解はしておりましたが、実際に体験すると想像を凌駕しています。言うなればこれは、干からびてしまった土が水を含んだよう。得も言われぬ心地よさがあります」
「……………………」
「感情、心。なるほど。人生を謳歌する上では、確かに必要不可欠な存在ですね。世界が色付き、より輝きを放って――いましたが、困りましたね。せっかく抱いていた温もりが、消え始めました」
まるで、水が蒸発しているかのよう。全身に浸透していた温もりがドンドンと、薄くなり始めてしまったのです。
「セレスティン様。こちらの異変の原因を、把握されていますでしょうか?」
「ああ、把握している。開いた魂の扉が、また閉じようとしているんだ」
刺激を受けたことでソレは大きく開きましたが、完全に開き切ってはいませんでした――開いた状態で固定するまでには、至りませんでした。心と感情の復活は『常時開いている』が条件なため、魂の扉は固定がされないと徐々に閉まるという性質があるため、徐々に再び感情を失い始めているのです。
「セレスティン様、私はあの温もりが気に入っております。何かしら打つ手はないのでしょうか?」
「無論、存在している。……僅かでも開いてしまえば、こちらのものだ」
その声音に、声だけではなく表情も、動揺は一切ありません。そんな彼は、小さく口元を緩め――
自分に対して強い違和感を覚えていたラシェルは、冷静に自身を分析。淡々と事実を並べて、否定を行います。
「それは、私が精霊の力を使えないと同じ。持ち合わせていないものを、使用することなど不可能なのです。決して出来はしないのです。…………ですが……」
不思議そうに自分の胸元に触れていた、両手。左右の手を少し離し、再び胸元に添えました。
「ですが……。これは……」
「これは? なんなのだ、ラシェル嬢?」
「この胸の中からゆっくりと広がってゆく、温かみ……。記憶を鑑みると、こちらは…………。喜怒哀楽の一つ、『喜び』に該当する感情です……」
胸を中心として、全身へと拡大していく温かいもの。ラシェルは脳内の知識によって、その正体を正しく認識しました。
「信じられませんが、認めざるを得ません。私は今、喜びを抱いています。こうしてライフェークス孤児院の前に立てている状況を、嬉しく感じております」
「……………………」
「あぁ、これが感情というものなのですね。記憶で理解はしておりましたが、実際に体験すると想像を凌駕しています。言うなればこれは、干からびてしまった土が水を含んだよう。得も言われぬ心地よさがあります」
「……………………」
「感情、心。なるほど。人生を謳歌する上では、確かに必要不可欠な存在ですね。世界が色付き、より輝きを放って――いましたが、困りましたね。せっかく抱いていた温もりが、消え始めました」
まるで、水が蒸発しているかのよう。全身に浸透していた温もりがドンドンと、薄くなり始めてしまったのです。
「セレスティン様。こちらの異変の原因を、把握されていますでしょうか?」
「ああ、把握している。開いた魂の扉が、また閉じようとしているんだ」
刺激を受けたことでソレは大きく開きましたが、完全に開き切ってはいませんでした――開いた状態で固定するまでには、至りませんでした。心と感情の復活は『常時開いている』が条件なため、魂の扉は固定がされないと徐々に閉まるという性質があるため、徐々に再び感情を失い始めているのです。
「セレスティン様、私はあの温もりが気に入っております。何かしら打つ手はないのでしょうか?」
「無論、存在している。……僅かでも開いてしまえば、こちらのものだ」
その声音に、声だけではなく表情も、動揺は一切ありません。そんな彼は、小さく口元を緩め――
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