心を失ってしまった令嬢は、心優しい精霊王に愛される

柚木ゆず

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第8話 部屋を訪れた理由 俯瞰視点(5)

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「貴方様が仰られていた言葉は、やはり全てが事実でしたね。私が疑問に感じていた問題は、全てが自然と解決されました」

 目を覚ましたラシェルはゆっくりと身体を起こし、セレスティンに向けて活舌よく、しかしながら淡々と口を動かしました。
 まるで機械のように、声にまったく感情を含まず――感情がないのは、声だけではありませんでした。かつては穏やかな雰囲気があった顔は、今は無表情。まるで他人事のように、黙々と言の葉を紡いだのです。

「ですが一点、疑問が生まれました。現在の私には、喜怒哀楽が一切ありません。こちらの原因が分かりますでしょうか?」
「ああ、ちゃんと分かっている。今の貴女に感情がないのは、現在は記憶のみが蘇っている状態だからだ」

 家族の罠により心と記憶を消され、姉リヴィアを演じる人形になってしまっていたこと。その偽りのものを消去して、空っぽになっていたこと。複数の刺激によって『今まで〇〇があった』『〇〇の時は〇〇と感じた』という『情報』のみがソコへと入ってきているため、『ラシェル・ターザッカル』という人の知識を完璧に覚えたような状態になってしまっていること。
 それらを――これまでの出来事を、分かりやすくラシェルに伝えました。

「なるほど。私はラシェル本人ですが、黒魔術によって自我が消え去ってしまった。貴方様のおかげで記憶を取り戻せたものの心は引き続き空(から)なため、喜びも怒りも悲しみも感じないのですね」
「その通りだ。全てが予定通りで、貴女を取り戻す計画は順調に進んでいる」
「予定通りで、順調。ということは、精霊王セレスティン様。私はいずれ、元の感情を取り戻せるのでしょうか?」
「無論、取り戻せる。記憶と同じように、魂に刻まれている『心』を持ってこられたら元通りになる。そしてそれを可能にする策は、すでにこの頭の中にある」

 セレスティンは自身の頭部を人差し指で軽く突き、そうすれば「痛み入ります」と――。相変わらず淡々とした動作で、ラシェルの腰が折り曲げられました。

「感情がないせい、なのでしょうか? 実を言うと全く問題である気がしないのですが、ラシェルらしさは人為的に失ってしまったもの。であるならば、戻しておくべきですよね」
「自らの意思ならともなく、他者の意思で失ったものは取り戻さなければならない。そのためにこれから、とある場所に向かう」

 最後の仕上げを行うために。セレスティンは転移用魔法陣を展開させ、しかしながら――。わざわざ出したはずの魔法陣は、すぐに消えてしまったのでした。

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