心を失ってしまった令嬢は、心優しい精霊王に愛される

柚木ゆず

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第8話 部屋を訪れた理由 俯瞰視点(4)

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「そのためだったら、どんな努力だってします!! 私は変えたいんです!! こんなおかしな状況を――…………。わたし、は……………………」

 まるで別人のように大きな声を上げていた、ラシェル。彼女の動きが突然ピタリと止まり、ペタペタと自分の顔を触り始めました。

「…………わたし……? 私は、誰……? 私は、なにを言っているの……? 私が居るここは、どこ……? どうして、あんなにも叫んでいたの……? …………自分のこと、なのに……。なんで、何も分からないの……?」
「それは、もう一歩前進したことによる――記憶が蘇り始めたことによる、反動。魂からこれまでの記憶が流れ込んでいる影響で、より激しい混乱をもたらしてしまっているんだ」

 目の前のセレスティンに気付けないほどの、困惑。時間に比例して増殖してゆく戸惑いと不安を消し去るべく、彼はラシェルの手を取りました。

「と言っても、今の貴女には理解できないだろう。だが安心してもらって構わない。一時間もすれば記憶の全てが脳に焼き付き、少なくとも・・・・・、現在疑問に感じていることが自然と解消されるようになるからな」
「……ほん、とう……? どうして貴方は、それが分かるの……?」
「貴女は現在ちょっとした・・・・・・問題を抱えていて、ここにいる男はその専門家だ。貴女を救うべく行動しており、それはいわば治療の過程で必ず生じるもの。であるが故に、断言できるんだ」
「そ、そう、なのね……。言っていることはよく分からないけど、貴方が嘘をついていないのは、なんとなく分かるわ」

 セレスティンの瞳を見つめたラシェルはコクリと頷き、小さく安堵の息を吐き出します。そうしてラシェルの動揺は姿を消し、入れ替わりに「ふぁぁ」とあくびが出ました。

「ぁ、れ……? きゅうに、眠くなって、きた……。これも、さっき言ってた……。治療の過程に、出るもの……?」
「そうではないが、似たようなものだ。これまで明確な自我がなかったものの、短い間に様々な出来事が発生している。初めて安心したことによって、その疲れがまとめて出たらしい」

 セレスティンは原因を正確に見抜き、そのため椅子に座っていたラシェルをふわりと横抱きにします。そしてそのまま左方向へと進み、彼女をベッドへと寝かせました。

「1時間経つまでは、どの道何もできない。だからそれまで少し、休めばいい――という声は、すでに聞こえないようだな」
「…………すぅ、すぅ、すぅ…………」

 黒魔術を施されたこと。その状態で精霊界に転移させられたこと。再び人間界へと戻り、あちこち移動していたこと。それらによる負荷は大きく、ラシェルはあっという間に眠りの世界へと落ちていました。

「……久しぶりの、安眠だろう。ゆっくり癒すといい」

 ベッドの縁に腰を下ろしたセレスティンに見守られながら、スヤスヤと眠って一時間が経過。するとぴったり60分が経過したタイミングでラシェルは目を覚まし、上体を起こして傍に居るセレスティンを見つめました。
 そして――

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