心を失ってしまった令嬢は、心優しい精霊王に愛される

柚木ゆず

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第2話 事情の把握と、違和感 俯瞰視点(3)

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「た、ただ? なっ、なんなんですかっ?」
「あいにくと彼女を蝕んでいる黒魔術は、ただの洗脳じゃない。塗り替える際に『下』を消してしまう――つまるところ、中身を書き換えてしまう効果を持っているんだ」

 ゴーチェへと向けていた視線を動かし、ラシェルを一瞥。そうしたセレスティンは、自身の頭部と胸元を順に右手で触れました。

「今の彼女は、ここを――記憶と心を、『リヴィア・ターザッカル』として上書きされてしまっている。つまり本来あるべき『ラシェル・ターザッカル』としての記憶や心は、すでに消えてしまっているんだ」
「そ、そんな……。じゃ、じゃあ……。セレ様が、黒魔術を解いた場合は……」
「偽りである『リヴィア・ターザッカル』の記憶と心は消え去るが、『ラシェル・ターザッカル』が自動的に戻りはしない。空っぽな、人形のようになってしまう」

 とはいえ――。と。セレスティンは心優しい側近を不安にさせないよう、すぐに新たな言葉を紡ぎました。

「『ラシェル・ターザッカル』を取り戻す方法が、ないわけじゃあない。可能性は未知数、彼女次第ではあるもののな」
「よっ、よかったぁ……! やるしかないよっ、やりましょうセレ様! それってどうやってやるんですかっ?」
「それに関する説明は、あとで行う。……偽りを植え付けられたままというのは、ラシェル嬢にとっては――本物にとっては、何よりの苦痛だろうからな」

 たとえそういった自覚がなくとも、惨たらしいこと。そんな理由でセレスティンは更に一歩前へと近づき、

「失礼する」

 ラシェルの真ん前に立ち、彼女の胸元に右手を当てました。

「精霊王セレスティン様、わたしの心身は貴方様の所有物でございます。どうぞ思うままになさってくださいませ」
「……っっ。そりゃあさあっ、誰だって生贄になるのは嫌だけどさぁっ! 他の人に、家族にっ、ここまでするだなんて……。ひどい…………酷すぎるよ……」
「ああ、そうだな。……そう知ったからには、なんとかしたいと俺も思っている。これはその第一歩だ」

 言下セレスティンの右手が、ずぷりと、ラシェルの身体へと入り込みます。そうしてその手はやがて肉体の中心地点へと到達し、そこにあったどす黒い球体を握り締めました。
 これは、ラシェルの心。黒魔術に侵されてしまっている心。
 それが――

「邪(じゃ)よ、無に散れ」

 そう唱えられた瞬間、真白に発光。球体を覆っていた『黒』は苦しげに蠢いたあと、跡形もなく消滅しました。

「…………これで、彼女の中から黒魔術は消えた。ここからが、本番だな」
「………………………………」

 棒立ち無表情、無言で淡々と前方を眺め続ける少女。右手を引き抜いたセレスティンは空っぽになってしまったラシェルを見つめ、今度は左の手を彼女に胸元に押し当てたのでした。

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