上 下
1 / 23

プロローグ その占いは、分岐点 アドリエンヌ・ナジューラル

しおりを挟む
「アドリエンヌっ、それはどういう意味なんだ!! 俺が浮気をしていると言いたいのかっ!?」

 ポカポカとした優しい日差しが降り注ぐ、4月中旬の午後2時過ぎ。ウチことナジューラル子爵邸のお庭に、穏やかな空気を切り裂く大声が響き渡りました。
 目の前にあるガーデンテーブルに拳を落した、酷く不愉快そうな顔をしている金髪の男性。彼は、コクユイファ子爵令息シブリアン。わたしの幼馴染であり、婚約者でもある人です。

「そうなんだな!? 俺を疑っていてっ、そういう意味で言ったんだな!?」
「落ち着いてください、シブリアン。違いますよ。わたしは貴方に対し、そういう意味であの言葉を口にしてはおりません」

 まずは普段よりもゆっくり喋って冷静さを取り戻してもらい、ガーデンテーブルを――その上に広がっている、タロットカードへと視線を動かしました。

「少しだけ、時間を巻き戻させてくださいね。ふたりでティータイムを楽しんでいる最中にタロットカードのお話しが出て、占ってみてくれ、とシブリアンが言いましたよね?」
「…………そうだな。確かにそういった」

 お父様とシブリアンの父親エタンおじ様は旧友で、今でも定期的に親交を深めていらっしゃいます。そしてその際はわたし達も二人で過ごすようにしていて、今日はお天気が良いので、お庭でお喋りをしながらお茶とお菓子を楽しんでいたのです。

「ですのでわたしはシブリアンを占い、そうして出たものが、先程口にしたことなのですよ」

 シブリアンはわたしに、何かしらの隠し事をしている。
 正直にすぐ伝えるか、出来るだけ早く自らその『何か』にピリオドを打つべき。
 隠し事をしたままでいると――現状を維持したままでいると、やがて取り返しのつかないことになってしまう。

 これがタロットが出した答えで、わたしはそれを正確に伝えたのです。

「それ以上でも、それ以下でもありません。占った結果を口にしただけですよ」
「……………………」
「シブリアンに言われて気付きましたが、浮気を疑っていると取れなくもない内容でしたね。ですがわたしは、占いをするフリをして個人的な探りを入れてなどいませんよ。その証拠にお部屋にあるタロット占いの本を調べてもらったら、実際にそういった内容が載っていますからね」
「……………………そ、そうか。そうか、それもそうだな。調べられたら簡単に嘘がバレるんだから、嘘を吐くはずがなかったなっ。心外なことを思われると感じて、ついカッとなってしまった」

 ようやく理解してもらえたようで、みるみるシブリアンから怒気が消えていきました。
 この人は昔から、血がのぼりやすい一面があります。ですので、こういったことはよくあるのですが――。
 それでも、今のは……。

「悪かった。水に流してくれ――ん? どうしたんだ、アドリアンヌ?」
「いえ、なんでもありませんよ」

 気になる点がありましたが、この場でそこを追及したらどうなるかは明白です。それにそもそも、シブリアンにも子爵家の嫡男としての自覚があるでしょうしね。
 占いは必ず当たるというわけでもありませんし、この感覚は気のせいだと思うようにしておきましょう。

「そうかっ。じゃあタロット占いは終わりにして、もう一杯紅茶をもらっていいか?」
「はい、いいですよ。……シブリアン、今の結果を忘れないでくださいね?」
「分かってる分かってる。でも大丈夫だって。確かに隠し事はしているが、隠し事は誰にだってあるだろ? それになによりソイツは、放っておいても問題になるようなものじゃないからな」
「…………そうですか」

 そう言うのなら、仕方がありませんね。
 わたしはシブリアンのカップにアールグレイを注ぎ、再び他愛もないお喋りを始めたのでした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

処理中です...