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第1話 言い分と 俯瞰視点
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「ラヴィラット卿、クリスチアーヌ嬢。昨年発生した、くだんの解消……強引な形での、婚約解消……。あれはブノアの意思ではなく、『魅了』によるものだったと発覚したのですよ……」
どうしても伝えたいことがある――。どうか理由を説明させて欲しい――。ブノアと父ステファンによる懇願を受け、邸内にある応接室に場所を移した直後のことでした。
クリスチアーヌとパトリスの対面に腰を下ろすや、ステファンは重々しく口を動かし始めました。
「ラヴィラット卿、クリスチアーヌ嬢。我々も最近把握できた情報ゆえに、貴方がたはご存じないと思いますが……。北に4つ離れた地点に位置する国、『ミレヴォラード』。そこには『魅了』――相手に激しい好意を抱かせ意のままに操れる魔法が、存在していたのですよ」
「ええ、存じ上げております」「ええ。よく、存じ上げておりますわ」
「……え!? ぁ、そ、そうでしたかっ。ならば話が早い! 当時突然ブノアが執心し始めた、ザテラー伯爵家のナタリー。あの者は醜き欲望を満たすべく『魅了』を知得し、ブノアにかけていたのですよ」
表向きは清廉潔白、実態は野心に満ち溢れていたナタリー。そんな彼女は『格上』を掌握できる方法を常日頃より求めていて、それにより魅了を施せる指輪を手に入れていた――。そのためナタリーは、夜会の席でブノアに――公爵家以上もの財を所有する家の嫡男に使用し、その結果ブノアはナタリーを異様に愛する男となっていた――。
激しく驚いていたステファンは早口でそう告げ、彼の口はまだ動き続けます。
「……情けないことに、わたしは親バカでしてな……。ブノアの希望を叶えるため、昨年は嬉々としてブノアの後押しをしました……」
「「………………」」
「しかしながら以降のブノアは何もかもがナタリー第一となり、さすがに訝しむようになりましてな……。あらゆる可能性で調査を行っていた際に、その情報を知ったのですよ……」
隣で肩を窄め、口を真一文字に結んでいるブノア。神妙な面持ちの息子を一瞥し、大きく大きくため息を吐きました。
「その際に『何かしらの大きなショックを与えれば解ける』とも知り、あれこれと試しましてな。そうすればやがてナタリーへの興味を失くし、入れ替わる形でみるみるクリスチアーヌ嬢への好意が蘇った。故にわたしはナタリーを捕らえ、治安機関に引き渡し、その足で貴方がたの元を訪ねているのですよ」
「…………クリスチアーヌ。自分自身の意思ではなかったとはいえ、俺は君を酷く傷つけてしまった。申し訳ない……。申し訳ございませんでした……」
ソファーから立ち上がり、左手を胸に添えながら床に左ひざをつく。ブノアはこの国で最大級の謝罪を表す姿勢を取り、ブルーの瞳でクリスチアーヌを見上げました。
「それで、ね……。俺は、関係を戻したいと思っていてね……。君さえよければ、また婚約をしてもらいたいんだよ。……駄目、かな……? もう、あの頃には戻れない、のかな……」
今にも泣きだしそうな顔と、声。それらを向けられたクリスチアーヌは、
「お父様」
「……うむ」
一度隣に顔を動かしたあと正面へと戻し、ブノアを真っすぐ見つめながら――
「ええ、もうあの頃には戻れませんわ。だって貴方様は、あまりにも悪質な嘘を吐かれているんですもの」
――淡々と、拒否をしたのでした。
どうしても伝えたいことがある――。どうか理由を説明させて欲しい――。ブノアと父ステファンによる懇願を受け、邸内にある応接室に場所を移した直後のことでした。
クリスチアーヌとパトリスの対面に腰を下ろすや、ステファンは重々しく口を動かし始めました。
「ラヴィラット卿、クリスチアーヌ嬢。我々も最近把握できた情報ゆえに、貴方がたはご存じないと思いますが……。北に4つ離れた地点に位置する国、『ミレヴォラード』。そこには『魅了』――相手に激しい好意を抱かせ意のままに操れる魔法が、存在していたのですよ」
「ええ、存じ上げております」「ええ。よく、存じ上げておりますわ」
「……え!? ぁ、そ、そうでしたかっ。ならば話が早い! 当時突然ブノアが執心し始めた、ザテラー伯爵家のナタリー。あの者は醜き欲望を満たすべく『魅了』を知得し、ブノアにかけていたのですよ」
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激しく驚いていたステファンは早口でそう告げ、彼の口はまだ動き続けます。
「……情けないことに、わたしは親バカでしてな……。ブノアの希望を叶えるため、昨年は嬉々としてブノアの後押しをしました……」
「「………………」」
「しかしながら以降のブノアは何もかもがナタリー第一となり、さすがに訝しむようになりましてな……。あらゆる可能性で調査を行っていた際に、その情報を知ったのですよ……」
隣で肩を窄め、口を真一文字に結んでいるブノア。神妙な面持ちの息子を一瞥し、大きく大きくため息を吐きました。
「その際に『何かしらの大きなショックを与えれば解ける』とも知り、あれこれと試しましてな。そうすればやがてナタリーへの興味を失くし、入れ替わる形でみるみるクリスチアーヌ嬢への好意が蘇った。故にわたしはナタリーを捕らえ、治安機関に引き渡し、その足で貴方がたの元を訪ねているのですよ」
「…………クリスチアーヌ。自分自身の意思ではなかったとはいえ、俺は君を酷く傷つけてしまった。申し訳ない……。申し訳ございませんでした……」
ソファーから立ち上がり、左手を胸に添えながら床に左ひざをつく。ブノアはこの国で最大級の謝罪を表す姿勢を取り、ブルーの瞳でクリスチアーヌを見上げました。
「それで、ね……。俺は、関係を戻したいと思っていてね……。君さえよければ、また婚約をしてもらいたいんだよ。……駄目、かな……? もう、あの頃には戻れない、のかな……」
今にも泣きだしそうな顔と、声。それらを向けられたクリスチアーヌは、
「お父様」
「……うむ」
一度隣に顔を動かしたあと正面へと戻し、ブノアを真っすぐ見つめながら――
「ええ、もうあの頃には戻れませんわ。だって貴方様は、あまりにも悪質な嘘を吐かれているんですもの」
――淡々と、拒否をしたのでした。
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