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プロローグ ちょうど10年後に テレーズ視点(1)
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「アンタがウチに来てくれてから、今日でちょうど10年になるんだよねえ。いや~、月日が経つのはあっという間だよ」
夏本番のような日差しが降り注ぐ、7月初旬の正午過ぎ。収穫した果物のチェックをしていると、背後からそんな声が聞こえてきました。
少しふくよかな、とても声の大きい女性。まるで太陽みたいなこの人は、ゼナイドお母さん。わたしの恩人の一人です。
「ほい、冷たいお茶だよ! コイツを飲んで一息つきな!」
「ありがとうございます。……そうなんですよね。あの日から――わたしが『テレーズ』になった日から、そんなにも経ったんですよね」
10年前のその日、わたくしは死んで生まれ変わりました。
あれはわたしが12歳の頃、カウティア子爵令嬢ルナだった頃のこと。双子の姉であるイヴェットの行動によって、わたしの人生は一変してしまうのです。
「銀賞と銅賞なんて殆ど変わりませんわ! 調子に乗るな!!」
イヴェットは小さな頃から、とても目立ちたがりでプライドの高い子でした。
そんなイヴェットは自信があった絵のコンクールで、ライバル視していた子爵令嬢レーナ様より下の賞を受賞してしまう。更にはその後のパーティーで周囲に褒められているライバルを目にしてしまったことで、理不尽な怒りが大爆発。なんと大勢の前で、そのご令嬢の頬を叩(はた)いてしまったのでした。
――貴族間での暴力行為は、大問題となる――。
しかもこの件はイヴェットに100パーセント非があるため、相手方の温情により罪には問われなかったものの、『家』の体裁を保つためイヴェットの国外追放が決まりました。
ですが……。
「違う国に追放なんて嫌ですわ! わたくしっ、どこにも行きたくないっ! お父様お母様っ、なんとしてくださいっ!!」
「分かった。なんとかしよう」
「ええ、安心して頂戴。お母さんたちがどうにかしてあげるわ」
産まれた時イヴェットは二人に向けてにっこりと笑い、わたしは二人に向けて少しも笑わなかったそう。そんな理由によって二人は以前からイヴェットを溺愛していて、その結果――。あの人達は、信じられない選択をします。
「…………イヴェットとルナは双子、瓜二つ。顔はもちろん、背の高さや体型、髪の毛や声の質までそっくりだよな?」
「え? ええ、そうね。そっくりよ。とてもよく似ているわ」
「だよな? なら、二人を入れ替えてしまえばいい」
ルナをイヴェットに。イヴェットをルナに。
自分達にとって可愛い方の娘を守るため、わたしはイヴェットとして国外に追放されることが――証拠隠滅のため、追放後に殺害されることが決まってしまったのです。
「いいかいイヴェット。今日からお前はルナとして生きていくんだよ」
「しばらくは慣れないと思うけど、頑張ってね」
「はいお父様お母様っ! ふふふっ。ルナ――ううん、イヴェット。ありがとう。バイバイ」
誰一人として――当の本人でさえも一切悪びれることなく、わたしは人気(ひとけ)のない場所で『処分』されることになりました。
でも、そんな時でした。
「お嬢様、あの者達の暴走を止められず申し訳ございません……。せめてものお詫びといたしまして、新たな居場所を用意させていただきました。……どうか…………隣国ハピネリアにて、幸せな第二の人生をお過ごしください……!」
「ご安心くださいルナお嬢様、我々は貴方様の味方でございます。移動はわたくしめにお任せを」
家令のライアンさんが遠い親戚が営む『スロティアー農園』を紹介してくださって、殺害を命じられた御者のフィリップさんがこっそりそちらに送り届けてくださったのです。
「ライアンさんとフィリップさんのおかげで、わたくしはわたしになれて、大切な人達や大好きな人と出会うことができました。ゼナイドお母さん達のおかげで、わたしは公私共に充実した第二の人生を過ごせています。……わたしは、幸せ者です」
「はははっ! そう言ってもらえて嬉しいし、アタシも――アタシ達もみーんな、アンタと出会えて嬉しいよっ! テレーズっ、アンタは自慢の娘さっ!」
ニッカリと笑いながら抱き締めてくれて、わたしも両手でお母さんを抱き締めます。そうして改めて、『今』という状況に感謝を――していた、時でした。
「テレーズ副園長、こんなタイミングにすみませんっ。すぐに来てもらえますっスかっ?」
申し訳なそうにしつつ、従業員の一人が走ってきました。
わたしに、急ぎの用事……? なんでしょうか……?
夏本番のような日差しが降り注ぐ、7月初旬の正午過ぎ。収穫した果物のチェックをしていると、背後からそんな声が聞こえてきました。
少しふくよかな、とても声の大きい女性。まるで太陽みたいなこの人は、ゼナイドお母さん。わたしの恩人の一人です。
「ほい、冷たいお茶だよ! コイツを飲んで一息つきな!」
「ありがとうございます。……そうなんですよね。あの日から――わたしが『テレーズ』になった日から、そんなにも経ったんですよね」
10年前のその日、わたくしは死んで生まれ変わりました。
あれはわたしが12歳の頃、カウティア子爵令嬢ルナだった頃のこと。双子の姉であるイヴェットの行動によって、わたしの人生は一変してしまうのです。
「銀賞と銅賞なんて殆ど変わりませんわ! 調子に乗るな!!」
イヴェットは小さな頃から、とても目立ちたがりでプライドの高い子でした。
そんなイヴェットは自信があった絵のコンクールで、ライバル視していた子爵令嬢レーナ様より下の賞を受賞してしまう。更にはその後のパーティーで周囲に褒められているライバルを目にしてしまったことで、理不尽な怒りが大爆発。なんと大勢の前で、そのご令嬢の頬を叩(はた)いてしまったのでした。
――貴族間での暴力行為は、大問題となる――。
しかもこの件はイヴェットに100パーセント非があるため、相手方の温情により罪には問われなかったものの、『家』の体裁を保つためイヴェットの国外追放が決まりました。
ですが……。
「違う国に追放なんて嫌ですわ! わたくしっ、どこにも行きたくないっ! お父様お母様っ、なんとしてくださいっ!!」
「分かった。なんとかしよう」
「ええ、安心して頂戴。お母さんたちがどうにかしてあげるわ」
産まれた時イヴェットは二人に向けてにっこりと笑い、わたしは二人に向けて少しも笑わなかったそう。そんな理由によって二人は以前からイヴェットを溺愛していて、その結果――。あの人達は、信じられない選択をします。
「…………イヴェットとルナは双子、瓜二つ。顔はもちろん、背の高さや体型、髪の毛や声の質までそっくりだよな?」
「え? ええ、そうね。そっくりよ。とてもよく似ているわ」
「だよな? なら、二人を入れ替えてしまえばいい」
ルナをイヴェットに。イヴェットをルナに。
自分達にとって可愛い方の娘を守るため、わたしはイヴェットとして国外に追放されることが――証拠隠滅のため、追放後に殺害されることが決まってしまったのです。
「いいかいイヴェット。今日からお前はルナとして生きていくんだよ」
「しばらくは慣れないと思うけど、頑張ってね」
「はいお父様お母様っ! ふふふっ。ルナ――ううん、イヴェット。ありがとう。バイバイ」
誰一人として――当の本人でさえも一切悪びれることなく、わたしは人気(ひとけ)のない場所で『処分』されることになりました。
でも、そんな時でした。
「お嬢様、あの者達の暴走を止められず申し訳ございません……。せめてものお詫びといたしまして、新たな居場所を用意させていただきました。……どうか…………隣国ハピネリアにて、幸せな第二の人生をお過ごしください……!」
「ご安心くださいルナお嬢様、我々は貴方様の味方でございます。移動はわたくしめにお任せを」
家令のライアンさんが遠い親戚が営む『スロティアー農園』を紹介してくださって、殺害を命じられた御者のフィリップさんがこっそりそちらに送り届けてくださったのです。
「ライアンさんとフィリップさんのおかげで、わたくしはわたしになれて、大切な人達や大好きな人と出会うことができました。ゼナイドお母さん達のおかげで、わたしは公私共に充実した第二の人生を過ごせています。……わたしは、幸せ者です」
「はははっ! そう言ってもらえて嬉しいし、アタシも――アタシ達もみーんな、アンタと出会えて嬉しいよっ! テレーズっ、アンタは自慢の娘さっ!」
ニッカリと笑いながら抱き締めてくれて、わたしも両手でお母さんを抱き締めます。そうして改めて、『今』という状況に感謝を――していた、時でした。
「テレーズ副園長、こんなタイミングにすみませんっ。すぐに来てもらえますっスかっ?」
申し訳なそうにしつつ、従業員の一人が走ってきました。
わたしに、急ぎの用事……? なんでしょうか……?
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