わたし、何度も忠告しましたよね?

柚木ゆず

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第3話 笑みの理由 ジネット視点(1)

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「………………残念。バレちゃったか」

 ブノワの顔を覗き込むと――。それまで閉じられていた瞼がぱちっと開き、ブノワは勢いよく上体を起こしました。

「おはようジネット。僕が気を失ったフリをしているって、よく気付けたね」
「おはようございます、ブノワ。気付かないはずがありませんよ」

 ブノワは――わたし達は、体術の訓練受けています。2階の高さから不意に突き落とされても無傷で着地できるのですから、13段の階段から転げ落ちたくらいで意識を失うはずがありません。

「ま、そうだよね。いくら上手く演技をしても、その前提があったら騙されてくれないよね」

 彼は大げさに肩を竦め、小さく舌を出して微苦笑を浮かべました。

「ですがそういった前提がなければ気付かなかったであろう程に、巧みでしたよ。以前よりも更に上手くなっていますね、ブノワ」
「ありがとう。そういうジネットも、ますますお芝居が上手になってるよ。同じく『理解されている』って前提がなかったら、泣いていると信じてしまっていたもん」

 婚約者が階段から落ちて意識を失っていると聞かされたら、普通の人は動転してしまいますし、無事と知ったら心から安堵します。
 ですからわたしは万が一に怪しまれてしまわないように、連絡を受けてからは思考回路を『ブノワは無事だと思ってはいない令嬢』として行動していました。

「思考までイメージした人に変えられるのは、本当にすごいよ。僕もまだまだ精進しないとだね」

 たくさん泣いて腫れてしまっている瞳へと小さな拍手を送ってくれて、それが終わるとブノワの視線は、彼から見て11時の方向にある椅子を――レオナ先生が使用していた椅子を、一瞥しました。

「先生が戻ってきたら、しばらくはゆっくり喋れなくなる。今のうちに、2人の時にしか話せない話をしておこうか」
「そうですね。……ブノワ、詳細をお願いします」

 気絶したのは『嘘』ですが、階段から突き落とされたというのは『事実』です。わたしの知らないところで何があったのでしょうか?

「始まりはお昼休みで、場所はカフェテリア。ウチの生徒に変装した女が、僕を遠巻きに監視し始めたんだよ」
「なるほど。気配を消し過ぎたのでしょうか?」
「そう、逆に目立つからすぐに気付いたよ。だから相手が動きやすいように独りになってあげて、忘れ物をしたフリをして人気(ひとけ)のない教室へと戻って、教室を出てまもなくあちらさんは決行。階段を降りようとしている僕の背中を、思い切り押したんだ」

 そこでブノワは相手に悟られないようにしつつ怪我をしない形で転げ落ち、踊り場で意識を失ったように見せて、保健室へと運ばれる。
 それが、今に至るまでの経緯だそうです。

「生徒に変装した女、ですか。変装元について目星はついていますか?」
「うん、ついているよ。アレは、アンナ・マルエナザだね。君もよくご存じの人の、侍女を務めている女だよ」

 よくご存じの――。それは、ザユテイワ侯爵令嬢ミシェル様のことですね。

 そう、でしたか。
 ミシェル様が関与しているのですね。


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