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第2話 二人の、今日までの出来事 俯瞰視点(3)
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「……え!? ……………………これが、わたくし……!?」
それは、新たな生活が幕を開けて8か月が過ぎた頃のことでした。
偶々倉庫で見つけた姿見をなんとなく覗き込んでいたメレーヌは、鏡に映った自分を見ておもわず目を見開きました。
「わたくしって……。こんな顔になっていたんですの……!?」
かつては白磁のようだった肌はすっかりこんがり日焼けしていて、ツヤツヤだったはずがカサカサに。おまけによく見ると、シミが出来始めていた。
目や鼻や口などパーツこそそのままですが、肌の環境はがらりと変わっていたのでした。
「しかも、なんてことなの……。腕や脚が太くなってますわ……」
これまで肉体労働を行っていなかった者が毎日行うようになったのですから、そうなるのは当たり前。これまで気付かなかった――無意識化で現実から目を背けていたメレーヌは、現実を目の当たりにして愕然となりました。
「知らない間に、こんなことになっていただなんて……。なんてこと……」
労働者――『頭がないから身体をせっせと動かすことしかできない無能たち』と内心いつも見下していた者達と、そっくりになってしまっている。それに気付いた瞬間頭を抱え、おもわず姿見から顔を背けます。
「…………わたくしは、貴族だったのに……。人を使う側だったのに……。こんなことになるだなんて……。…………あの頃は、よかった……」
身体を使うことといえばダンスのレッスンくらいで、それも決まった時間だけでいい。
着替えや用意などはすべて侍女が手伝ってくれて、自分が率先しなくてもいい。
今みたいな作業場のシャツと長ズボンではなくて、キラキラとした美しく綺麗な服を着られた。
シェフが作る美味しい料理を1日3食食べることができて、パーティーの際は更に上等なものを食べることができた。
与えられた私室の3倍以上はある部屋で、そこにあるふかふかのベッドで眠ることができた。
などなど。
かつて自分が『持っていたもの』が独りでに蘇り、自然とメレーヌの顔は歪みます。
「…………あの頃に、戻りたい……」
自分の顔を。身体を。こんな風に変えてしまった、肌のお手入れすらロクにできない環境。『上』のために働くことしかできない、情けない下級民と同じ環境。
メレーヌは第2の人生を始めてから初めて現環境とかつての環境を比較し、口からは大きなため息が零れます。
「あの頃に、戻りたい……。あの頃に、戻りたい……。貴族だった頃に、戻り――いいえっ、何を言ってるんですの! 戻るだなんてあり得ませんわ!」
『メレーヌ、愛してる』
ここでの生活がなければ、最愛の人と歩む人生はない。
ナルシスの存在を思い出したメレーヌはブンブンとかぶりを振って、つまらない考えを頭の中から追い出します。
「……こんなことになってしまったけれど、それでも一番大事なものが守れている。ナルシス様との毎日以上のものなんてない。これでいい。今が正解なんですわ!」
メレーヌは大きく頷きながら断言し、頼まれていたコンテナを持って仕事場に戻ります。
そうしてその日は、浮かんできた迷いを断ち切れたのですが――
それは、新たな生活が幕を開けて8か月が過ぎた頃のことでした。
偶々倉庫で見つけた姿見をなんとなく覗き込んでいたメレーヌは、鏡に映った自分を見ておもわず目を見開きました。
「わたくしって……。こんな顔になっていたんですの……!?」
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目や鼻や口などパーツこそそのままですが、肌の環境はがらりと変わっていたのでした。
「しかも、なんてことなの……。腕や脚が太くなってますわ……」
これまで肉体労働を行っていなかった者が毎日行うようになったのですから、そうなるのは当たり前。これまで気付かなかった――無意識化で現実から目を背けていたメレーヌは、現実を目の当たりにして愕然となりました。
「知らない間に、こんなことになっていただなんて……。なんてこと……」
労働者――『頭がないから身体をせっせと動かすことしかできない無能たち』と内心いつも見下していた者達と、そっくりになってしまっている。それに気付いた瞬間頭を抱え、おもわず姿見から顔を背けます。
「…………わたくしは、貴族だったのに……。人を使う側だったのに……。こんなことになるだなんて……。…………あの頃は、よかった……」
身体を使うことといえばダンスのレッスンくらいで、それも決まった時間だけでいい。
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今みたいな作業場のシャツと長ズボンではなくて、キラキラとした美しく綺麗な服を着られた。
シェフが作る美味しい料理を1日3食食べることができて、パーティーの際は更に上等なものを食べることができた。
与えられた私室の3倍以上はある部屋で、そこにあるふかふかのベッドで眠ることができた。
などなど。
かつて自分が『持っていたもの』が独りでに蘇り、自然とメレーヌの顔は歪みます。
「…………あの頃に、戻りたい……」
自分の顔を。身体を。こんな風に変えてしまった、肌のお手入れすらロクにできない環境。『上』のために働くことしかできない、情けない下級民と同じ環境。
メレーヌは第2の人生を始めてから初めて現環境とかつての環境を比較し、口からは大きなため息が零れます。
「あの頃に、戻りたい……。あの頃に、戻りたい……。貴族だった頃に、戻り――いいえっ、何を言ってるんですの! 戻るだなんてあり得ませんわ!」
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ここでの生活がなければ、最愛の人と歩む人生はない。
ナルシスの存在を思い出したメレーヌはブンブンとかぶりを振って、つまらない考えを頭の中から追い出します。
「……こんなことになってしまったけれど、それでも一番大事なものが守れている。ナルシス様との毎日以上のものなんてない。これでいい。今が正解なんですわ!」
メレーヌは大きく頷きながら断言し、頼まれていたコンテナを持って仕事場に戻ります。
そうしてその日は、浮かんできた迷いを断ち切れたのですが――
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