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プロローグ ロズリーヌ・サンドローブ

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「あなた、ロズリーヌ、お疲れ様。お菓子とお茶の用意ができているわよ」

 あちこちで秋を感じる景色が見えるようになってきた、10月6日の午後4時過ぎ。お父様と共に訪問診療から帰ってくると、お母様が紅茶とフィナンシェを準備してくださっていました。

「お風呂の用意もできているわ」
「ありがとう。ロズリーヌ、今日は特に頑張ってくれたしな。疲れているだろうし先に入っておくれ」
「分かりました。お先にいただきます」

 お父様は医者で、わたしは新米の医者。本日はなにかとわたしの出番が多く、最後に回った孤児院ではお父様のサポートのもと全診察を行いました。
 いつも以上に働いて疲労が溜まっていたので、お言葉に甘えて湯浴みを行いました。

「ふぅ、いいお湯でした。……お父様、お先にいただきました」
「リフレッシュできたようだな。私もすぐ入る。気にせず始めておいてくれ」
「はい。ごゆっくり」

 浴室のある部屋の前にいらっしゃったお父様と言葉を交わし、お母様が待つ食堂に向かって椅子に座り、ふたりでお父様を待ちます。
 あのように仰っていましたが、家族3人で食べた方が美味しいですからね。お風呂を上がるまで、お母様とお喋りをしていましょう。

「聞いたわよ、孤児院では大活躍だったそうね。手際が良くて、なにより患者さんに親身になれていたって、お父さんも褒めていたわよ」
「そうだったのですね。嬉しいです、とても」

 お父様は子爵家当主の次男として生まれ、将来は現当主である伯父様の右腕となって家を支えてゆくつもりでした。ですがお父様が16歳の頃、当時の当主夫人――わたしのおばあ様が大病を患い、とあるお医者様の熱心な治療によって九死に一生を得たことで考えが変わります。

 政治だけでは救えない命が沢山ある。
 そんな人を救える人間に、自分もなりたい。

 そのような思いが生まれてその先生に弟子入りし、補佐の勉強をしながら医学を学び続け、23歳の頃に医師免許を取得。以降は開業医として領民の皆さんの治療などを行いつつ、要請があれば伯父様の補佐を行うという人生を歩むようになりました。
 その姿に感銘を受けてわたしも医師を志すようになって、お父様は世界で一番尊敬する師匠。そんな人に褒めてもらえたので、おもわず頬が緩んでしまいました。

「一日も早くお父様のような医者になれるよう、今後も両方の道・・・・を邁進してゆきます。お茶とお菓子をいただいたら、お部屋に戻って勉強を――っ!?」
「? ロズリーヌ? どうしたの?」
「……あれ? いえ、なんでもありません」

 耳ではっきりと聞こえるほどの大きさで『ドクン』と心臓が脈を打ったのですが、すぐに正常に戻りました。

「そう? 本当に、平気?」
「はい。平気です。本当に、平気です」

 年のため少し様子を見ていましたが、脈拍にもその他の部分にも違和感はみられませんでした。ですので、安心してもらうために笑みを返し――

((っ!? これ、は……!?))

 ――笑みを返していたら、突如目の前が真っ暗になりました。

((視界が……!? 声も、出ない……!? 何が起きてい――ぁ…………)

 ……それからは、あっという間でした……。
 未経験の異常に戸惑っていると、意識が遠のいていき――

((!? よ、よかった、意識が回復しましたね。とりあえず、一旦横になって――……………………。え……?))

 気が付き体勢を変えようとしてたわたしは、おもわず言葉を失っていました。
 ど、どういう、こと……? なぜ――

「なんで遅れたのか、だって? ……タチアナ、お前に時間をとやかく言う資格はない。処刑台へ連行する」

 ――わたしは知らない場所で知らない男性に拘束され、知らない名前で呼ばれているのですか……!?
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