【完結】魔法道具の預かり銀行

六畳のえる

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第3章 いらない道具

2話 少しだけ、さよならを

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「え……?」

 思わず声をあげてしまった私に気付いたラグニさんが、振り向いてほほえむ。

「もう使うつもりがなくてね。だから、さっき最後に鳴らしてみたの」

 確かに、さっき「最後に」って言ってたけど、でも、なんで……?

「ラグニ、一度手放したら、その道具とはもう巡り合えないこともある。別にお金に困ってないなら、ここに預けなくても、家に置いておいてもいいんだ。じゃないと、もう一回使いたくなったときに取り返しがつかない。新しく買っても、なじんでなけりゃ思ったような効果が出ないこともある」

 ジュラーネさんが早口で話すも、ラグニさんはほほえみを崩さないまま、小さくうなずく。

「分かってます。お金はそんなに困ってないし。でも、家に置いておいたらまた使っちゃいそうで、でもいきなり売るのは辛くて……だから預けさせてください。中途半端はよくないんですけどね」

 お金に困ってないのに、カンテラに預ける。私にはその理由が、ちっとも分からなかった。だって、せっかくあんな……動物を笛で集めて話せるなんてステキな魔法が使えるのに!

「それなら預かるけど……お金はどのくらい借りていくんだい?」
「ん……三十グルでいいです。そのくらいは借りられますよね?」
「その三十倍だって貸せるさ」

 お金に困ってないっていうのは間違いないみたい。チャンプスに前に聞いたけど、一ヶ月生活するのに、どんなに切りつめても千二百グルくらいは必要らしい。家賃とか色々あると思うけど、単純に割れば一日四十グル。それにも満たないようなお金を借りても仕方ないし……。

「じゃあほら、三十グルだ。期日までに返しにくれば、ちゃんとこれも返すからね」
「ありがとう、ジュラーネさん。ちょっと離れてみます。その笛とも、動物たちとも」

 じゃあまたね、と私とアッキにも手を振って、ラグニさんは店を去った。
 すぐさま私は、ジュラーネさんに「あの!」と呼びかける。

「なんでお金貸しちゃうんですか! 返さなかったら、ラグニさん笛なくなっちゃうんですよ! せっかく動物と話せるのに……」

 うなだれている私の上で、ジュラーネさんはため息をつく。

「そりゃアタシだって別に貸したいわけじゃないさ。でも本人が貸してほしいって言ってるのに断るわけにはいかないだろ? 別に借りるのが目的じゃないって分かっててもさ」
「まあ言い方的に、ジュラーネのところで借りなかったら、どこかで捨ててたかもしれねーしな。そういう意味じゃ、ここで預けられたのはまだ良かったのかもしんねーぞ」
「それは、そう……かもだけど……でもアッキもなんとかしてあげたいでしょ?」

 仲間が欲しくて、アッキに話を振る。今はケンカなんてしてる場合じゃない。ラグニさんの力にならないと!

「そうだな。止められるなら止めたいし、ラグニさんがあんなこと言ってる理由は知りたいよな。なんで笛を使いたくないかって」
「笛を使いたくない?」
「だって、ラグニさん言ってただろ? 『家に置いておいたらまた使っちゃいそうで』って。あれってつまり、本当は使いたいけど使わないようにしたいってことだろうし」
「そっか! たしかに!」

 絶対に何か理由がある。それを知りたいし、解決できるなら手伝いたい。

「ジュラーネさん、あの——」
「ラグニから話聞きたいんだろ?」

 全部見透かしたように、ジュラーネさんはニヤリと笑った。

「アタシも気になるけど、アンタ達の方が話しやすいだろうからね。聞いてきてもらえるかい。チャンプス、付いていっておくれ」
「またかよ! ったく、仕方ねえなあ」

 短い手を首の後ろに持ってきてポリポリとかくチャンプス。人間でいうと、後頭部をかいてる感じなのかもしれない。

「じゃあリコもアキラも、行くか」
「うん、行こう!」
「おい、リンコ、先に掃除終わらせてからだろ」
「んもう、そんなの後でいいでしょ!」

 こうして私たちは、また小さなことで言い合いになって、チャンプスを呆れさせた。



「おおお、なんか良いな! なっ、リンコ、いいだろ?」
「んんー、私は飛ぶ方が好きだなあ」
「いやいや、この古めかしい感じがいいんだよ。景色も最高だし! 俺、昔は電車好きだったんだけど、こうして珍しいのに乗ると、好きだった頃の気持ちにまた火が付くな!」

 窓からは延々と、畑や果樹園、たまに赤レンガの屋根の家々が見える。ローテンションな私と対象的に、アッキは窓の外を見ながらわーわーと騒いでる。チャンプスはそれを見ながら、「たかが電車じゃねーか、そっちの世界にもあんだろ」と退屈そうに自分の尻尾で遊んでた。

 ラグニさんの住んでるテンデス地方は、カンテラからかなり遠いみたい。いつもみたいに箒で行こうと思ってたけど、ジュラーネさんが「たまには旅行気分で電車で行ってみるかい?」と言われたから、電車を使ってみることに。

 こっちの世界の電車は、元の世界とそんなに変わらない。もちろん車体はすごく古いデザインだし、車内に放送も動画も流れてないけど、魔法とか関係なく、線路を走って駅に着くっていうのは一緒。車はまったく走ってないから、この世界に住んでる普通の人の移動手段は、電車か自転車なんだろうな。

 別に電車も嫌いじゃない。旅行で乗ったりするのはむしろ好きな方。でも、でもせっかく魔女のいる世界にいるんだから、魔法で空を移動した方がステキじゃない?


 停まった駅に書かれた看板を見て、チャンプスが慌てて私たちを呼ぶ。

「おわっ、ここだ。二人とも、降りるぞ!」
「えっ、えっ、急すぎ!」

 急いで降りると同時に、プシューッとドアが閉まった。

「もう、チャンプス、ちゃんと前もって教えてよ!」
「んだとお! お前らも降りる駅知ってるんだから、注意しておけよ!」
「いやいや、チャンプスが『ゆっくり外の景色見てろよ。乗り降りはオレに任せろ』って言ったんだろ」

 私とアッキが連続で怒ると、「いや……まあそうだけどよ……」とつぶやき、ごまかすように「こっちが出口だぞ!」とすたすた歩き始めた。まったく、世話の焼ける猫だなあ!

「ねえねえ、そう言えばさ、チャンプスは他の動物と話せるの?」
「あ? ああ、猫同士なら話せるぜ。他の動物はちょっと無理だな。だからラグニの魔法はすげーなと思うよ」

 歩いていると、通りすがりの子どもが「あ、あの猫、魔女の猫だ! 喋ってる!」と指差し、チャンプスはカッコつけるように尻尾をピンと立てた。猫が喋るのは、この世界では割と見慣れた光景みたい。


「確かジュラーネに聞いたのは、ここを歩いて……こんなところに家なんかあんのか?」

 ラグニさん本人には行くことを知らせてないから、ジュラーネが住所を調べてくれた。曲がりくねった道をどんどん登っていくと、見えてきたのは小高い丘のような場所。これまで歩いてきた場所と違って草がほとんど生えてない、子どもがサッカーをできそうなくらい広い平地のはじっこに、ポツンとした家が建ってる。周りの家からも離れているその一軒家は、良く言えば「おもむきがある」、悪く言えば「ボロい」という感じの家。ここが、今回の目的地だ。

「おーい、ラグニ、いるか! ジュラーネのところのチャンプスだ!」

 木製のドアの下の方をゴンゴンとノックすると、やがてギイィときしむような音がして、ラグニさんが出てきた。晴れた空の下で会うと、青い髪が余計に青く見える。

「あら、チャンプス。それにリコちゃんにアキラくんも、どうしたの?」
「あ、あの、実は……」

 説明しようとするけど、いざというと何て言っていいか分からなくてしどろもどろになっちゃう。そんな私の前で「落ち着け」と言うように右手を動かしてから、アッキがフォローしてくれた。

「俺たち、動物を呼ぶ笛をなんで預けようと思ったか、どうしても気になってここに来たんです。手放す必要がなさそうなのに、何か理由があるのかなって」
「わりぃな、こいつら二人とも、なかなかお節介でよ」

 チャンプスが言葉を重ねると、ラグニさんは少しだけ柔らかい表情を見せてから、「あがって」とリビングに案内してくれた。

「古い家でごめんなさいね。安かったから買っちゃったのよ。ここなら動物と思いっきり話せるしね」
「確かに、鳴き声で周りに迷惑もかかりませんね!」

 他の家から離れたところを買ったのには、そういう理由もあったんだ。

「座ってて。大したもの出せないけど」

 言いながら、ラグニさんは黄色い飲み物と、美味しそうな匂いのする丸いクッキーを出してくれた。

「おすそ分けしてもらった果物で作ったジュースよ。クッキーは焼いたものをもらったの。ふふっ、結構ちゃんと近所づきあいしてるでしょ?」
「おいしそう! いただきます!」

 すぐに飲み始めたアッキは、ほぼ一口で飲み干し、「うめー!」と叫んだ。私も少し口に入れてみると、甘夏みたいなさわやかな酸っぱさが口の中を駆け巡る。クッキーもかじってみると、ほろっと崩れる優しい口当たりと、ほんのりも甘みが絶妙だった。

「うん、本当においしい!」

 アッキと一緒に夢中になって食べてると、ラグニさんは窓の外を見る。茶色い野ウサギが数匹、草原を駆け回っていた。


「昔から、動物が好きだったの」

 ラグニさんは、ゆっくりと話し始めた。
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