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第1章 魔女の世界へようこそ

4話 預かり銀行と、魔女の薬②

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 一時間ほど西に向かって着いたのは、レンガ造りの家が並ぶ静かな町だった。民家の合間合間にパン屋や薬屋みたいなお店があって、砂利の道で子どもたちが遊んでた。近くに見える山には、オレンジ色の実をつけた木が生えてる。のどかで、おばあちゃんの家を思い出した。

 坂道を先頭で歩くチャンプスは、一軒の家の前で止まった。造りは変わらないはずなのに、どこか古ぼけて見えるのは、長らくここに住んでいるからかな、それとも手入れしていないからかな。

「おい、リズル! オレだ、チャンプスだ!」

 爪をひっこめた手でドアの下の方をノックする。すぐに出てきたのは細身の魔女だった。

 黒い服に黒いとんがり帽子、帽子の横に花をかたどった真っ青なブローチを付けてるのがオシャレ。ジュラーネより明らかに顔立ちは若々しいのに、痩せているせいか、ずいぶん老けて見える。友達のお父さんが、太っててちょっと若く見えるのと一緒かな? 

「なんだ、チャンプスじゃない。後ろの君たちは……向こうの世界の子ね、こんにちは」

 さすが魔女、感覚的に分かるみたい。私とアッキは並んで会釈した。

「それでチャンプス、今日は何の用? 利息は払ったと思うけど」
「ああ、さっき届いたよ。お前、薬研やげん使わないのかよ。商売道具だろ」

 チャンプスの言葉に、リズルさんは静かに溜息をついた。

「仕方ないのよ、箒とか手放すわけにいかないもの。それに見たでしょ、この辺りじゃちゃんとした薬屋もできたしね。怪しくって、誰も魔女の薬なんか飲まなくなったよ。最近作ってないから、良い材料見つける腕も落ちてるかもしれないし、今のところはいらないよ。空飛んで荷物運んだりして稼ぐから心配しないで」

 リズルの言葉に、なんだか悲しい気持ちになった。自分が得意だったこと、昔は喜んでもらってたはずのことが、今はそうではなくなってる。それはきっと、とても寂しいはず。

 その想いはアッキも同じだったらしい。慰めるように、言葉を投げかける。

「でも、リズルさんの薬を待ってる人もいるんでしょ?」
「ごく数名ね。最近作ってあげてないから、あの人たちももう諦めてるかもしれないけど」

 私は、やや退屈そうに話を聞いていたチャンプスに視線を落とす。

「ねえ、チャンプス。なんとかしてあげようよ」
「あ? いや、なんとかって言われてもよ。別にオレは魔法使いでもねえし」
「もう、肝心なときに困るなあ」

 毛を逆立てて「何だとお!」と叫ぶチャンプス。

「とにかく、俺たちにできることをする! リンコ、行くぞ」

 そう言って、元来た坂道を急いで降りていくアッキは、振り返りながら「考えがあるんだ」と親指を立てた。


 ***


「リズルさんの薬、いかがですか! 魔女の薬はよく効きます! 病気を治すだけじゃなく、同じ病気にかかりにくくなる効果もありますよ!」

 砂利道を歩きながら、家々に向かってアッキが叫ぶ。その後ろで、私も声を張り上げた。

「怪しい薬じゃありません! 大昔からある、伝統的なものです! リズルさんの薬、いかがでしょうか!」

 通りすがりの人たちが、不審な人を見るような目で私たち二人を見つめる。最後尾に付いてきてるチャンプスは、「うまくいくのかよ……」とうなだれていた。


 薬を大声で宣伝するっていうシンプルなアッキの作戦は、今の二人にできる一番良い策だと思う。印刷機もあるらしいけど、高くて手が出せなくて、チラシを作るのはムリだから、自分自身の声に頼るしかなかった。リズルさんも連れてこようか迷ったけど、チャンプスが「魔女の服装を見たら余計に怪しむ人がいるかもしれねえぞ」と言ったのを聞き、それもそうだなと思って、いったん私たちだけで歩くことにした。


「アッキ、いつまでやる?」
「陽が暮れるまでやるぞ! だってかわいそうだろ、リズルさん。絶対、薬作らせてあげたいからさ」

 グッと強い目で決意を口にした後、伸びた黒髪をパッパッと触る。ちょうどそこへ、細い体を揺らしてリズルさんがやってきた。宣伝してる声が聞こえたのかもしれない。

「ちょっと、二人とも。そこまでしないでも大丈夫だから」
「いや、でも、薬を……」

 私の言葉を、彼女は少し悲しそうに笑って遮った。

「薬作らなくても、生活はできるし」
「それは、そうかもしれないですけど……」

 言葉に詰まる。どうしよう、なんて言ったら、元通りになりたいって思ってもらえるんだろう。
 必死に悩んでいた、その時だった。

「あの、すみません。薬って用意できますか?」

 私とアッキじゃなくて、リズルさんを呼び止める声。振り返ってみると、幼稚園児くらいの男の子を抱えた、綺麗な金髪のお母さんが立っていた。子どもはゴホゴホと咳込んで、ぐったりしてる。

「お昼からずっとこの調子なんです。でも、今日はかかりつけのお医者さんが隣町に診療に行ってて……」
「大変! ちょっといいですか」

 リズルさんがスッと彰の前に出て、男の子に手をかざす。病気を診る魔法かもしれない。

「肺炎、かな……ちょっと重くなってきてますね」
「もともと別の持病も持ってて……さっきその子たちが、魔女の薬がよく効くって言ってたので、もし作ってもらえるならと思って……」

 母親は心配そうに子どもを見た。はあはあと、息が荒くなっている。

「えっと、材料はあります。ただ……」

 潰す道具がないんです。
 リズルさんの言葉の続きは、聞かなくても分かってる。

 なんとかしてあげたい。このお母さんも、この子も、リズルさんも。
 気が付くと、私はチャンプスに「ねえ」と呼びかけていた。

「ジュラーネさんと話がしたいんだけど」
「あん? なら箒に乗れば帰れるぜ。スピードは調整できるから、行きより飛ばせば早く着くだろうな」
「リンコ、どうしたんだ? 何か用があるのか?」

 首を傾げるアッキに向かって、私は黙ってうなずく。
 頭の中には、良い作戦が浮かんでいた。

「リズルさん、ちょっとだけ待っててください。薬、作れるようにしますから」
「え? どういうこと?」
「君も、待っててね。アッキ、行くよ!」
「お、おう」

 苦しそうにしている男の子にも一言声をかけたあと、アッキとチャンプスと一緒に箒に跨《またが》る。帰り道は相当なスピードが出てたけど、ちっとも怖くなかった。
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