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静朽 伊御

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- 無題 -
 大人になって思うことは、何一つ子供の頃と変わり映えないことで、昔見えていた大人特有の、繁華街のようなキラキラとしたものがいつからか私の目の前でごみくずになって捨てられていくのだった。高校を卒業した時、友人達が東京へ出ていったのを今でも懸命に覚えている自分がどこか情けない。希望を持って旅出た彼らは今頃クズのようにのたうちまわってればいいな。そんな幻想を抱きながら、今日も薄暗いマンションの一室で2本目の缶チューハイをこじ開ける。業務用の大きな氷の中にチューハイを注ぎ、レッドブルと混ぜる。連日の呑み過ぎで頭が溶ける。しかし、それだけで私の明日への活力が充電されるべきだ。
それでも充電しきれないのはきっと、あの日持っていた私の希望を未だ捨てきれていない、きっとそうなんだろう。インターネットラジオからは午前1時の時報が聴こえる。子供の頃聞こえた鈴虫の声は聞こえない。昨日にとっての明日がきてしまった。
 小説を書き始めて早15年。そしてここ2、3年は毎日どうやって死のうか、それだけで頭ん中いっぱいだった。なんて書くと、如何様にも主人公風を吹かす感じで腹立たしいのだけれども、実際に日常の6割程は考えた。
そういえばあいつはどうしているのだろう。8年前に付き合った、最後の彼。小説家の物珍しさに惹かれただけの野郎が。私なんかよりもずっと醜い女に寝取られ、何もなかったかのように、当然のように消えていったあいつが憎い。何もかも全てを 返して欲しい。
  高校の時のクラス委員長は頭が良かったから東京の偏差値が高い私立大学に行った。人当たりがよく家も裕福で清楚な感じの人だった。しかし大学に入った途端、金が尽きたようで、今じゃ月うん十万の借金返済のため体を売って日々を過ごしている。タバコや酒を病気のようにやり続け、死にかけで今日も生きている。
 そんな話を聞くことが多くなった。これが私の目指した大人だったのだろうか。くだらないことばっかやっていることが彼らの目指した社会なのだろうか。希望を持って出て行ったあいつらは、今でも夢を追っているのか。問えば問うほど問いただす事の出来ない事実が増えていく。4割程度はそんなことを考えてた。けれど、昔の事のように思えないのはきっと私の生きていた人生が思った以上に価値のないものになってしまったからだろう。
 四畳半の自宅の窓からは、向かいにある居酒屋の飲兵衛達が見える。小さな店なのによくもまあ生き延びているもんだ。明々と夜中つけられる無数の白熱電球らは今日も白々しいほどまともに働いている。まるで私への当てつけのように。
 それでも、今日もやっぱり現実は動いている。たとえ私たちがどこで止まろうとも、留まろうとも、絶対に置いていってくれない。

 目が醒めると午後1時を指す時計の針が目に飛び込んできた。汚らしいこの部屋で覚醒するまでおよそ一時間は掛かるここ最近だが、今日は意識がハッキリとしていて、私が私であることを無意識中に確認した。身体がいつもより、数千倍軽い。羽虫のように動ける。
 そして気づく。私の後ろには何かが佇んでいる。冷たく柔らかい視線が私を見つめる。決して激しくなく、荒々しいこともなく、ただただ穏やかな、夜の海のような眼差しを背中越しに感じる。
「あぁ、後ろを向いたままでいい。」
優しげのある紳士的な声だ。
「取り敢えず、最初だから説明させてもらおうか」

「解ったならこちらを向いてくれ。説明は以上だから。」
いつもより稼働域の広い自分の体に驚きを隠すことぐらいわけないが、それを確認するように、機械的に振り返る。彼女の後ろには一匹の犬が居た。犬種に関しては疎いため、それが何か分からないが、決してチワワやポメラニアンなどの小動物的なあれではなく、シベリアンハスキーやドーベルマンに近い大型犬。訓練されている犬と言った印象を強く受けるタイプの犬だった。真っ黒い、いやドス黒い、紳士的な声とは裏腹なその汚れきった体と、犬が被ってる小さめのハットは頭とほとんど同化して区別がつかない。
「これから君には手続きをしてもらう。いやまあ簡単なものだから硬くならんでもいい。分からなかったら、気兼ねなく聞いてくれてもいい。」
「あのー、何の手続きですか?話が全く見えないのですけれど。」
「僕の言う通りに記入すれば問題ない。まず生年月日と住所を上の欄に書いてくれ。送り仮名はカタカナで。間違えぬように。」
赤いボールペンを渡され、思わず受け取る。状況理解も出来ず言われるがままに文字を書く。オートマティックに。
「宗教は?宗派も詳しくね。」
「はいっていません...。」
なぜかだんだんと声が出しにくくなっていったが、振り絞って喘ぐように答える。
 
 
 全部書き終わったので、彼の方へ目を向けると、さっきの汚らしい犬はいなく、黒いコートを着た一人の好青年が立っている。頭に薄汚れた帽子をかぶっていて、服も少しくすんでいたが、その風貌はいたって清潔感に溢れていた。しかし、対極的にその顔は野生的で、尖った八重歯が今にも私の醜い首筋を噛みそうで、なんだか興奮を呼んだ。眼光は鋭く私の奥のフローリングに突き刺さる。
「ここから君には選んでもらわなければいけない運命が存在する。しかしそれは簡単なことだから。きっと難しいのは選ぶことだけさ。」
私の理解速度はとうに限界の亜光速を超えており、頭の中ブラックホール、支離滅裂罵詈雑言心頭滅却。脳のスペック不足が問題視されていた。
「3つ。君には3つの中から選んでもらおう。」
「何が..。」
声の出し方を忘れかける。元からほとんど使っていないから、この際断捨離されても文句は言えない。そんな私を尻目に彼は続ける。

「1つ目はこれからあなたの交流の深い人たちに秘密で会いにいくこと。2つ目は死んでしまった人に一度だけ会うこと。3つ目は何もしないこと。どれを選ぼうが君の勝手だ。何をしてもいいし、出来る限りのことなら僕もサポートするから。」

 何故私がそんなことしなければいけないのか、全く意味なんてわからなかった。でも、わかっちゃいけないような気もしていた。選択すること自体は全く難しくないから、さっさと決めよう。心が落ち着いてきているのがわかるから。
 
   
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みんなの感想(2件)

櫻井広大
2019.05.30 櫻井広大

高村薫さんという作家さんをご存知ですか?なんとなく似ている気がします。(というのも僕がその作家さんを意識していて、僕の文章にまたしても何となく似ているからです)
もしご存知なら、何の作品が好きですか?

静朽 伊御
2019.06.01 静朽 伊御

髙村薫さんの本は、確か1度だけ読んだことがありましたが、申し訳なくなんの本だったか思い出せません。今度是非読ませてもらおうと思います!

解除
櫻井広大
2019.05.27 櫻井広大
ネタバレ含む
静朽 伊御
2019.05.27 静朽 伊御

ありがとうございます!

解除

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