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3、会ってみたい
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「愛里って、お兄ちゃんいるんでしょ?」
どうしてだろう。どうして悪いことって、こう続くんだろう。
無邪気な顔で私に質問してくる菜月の顔を見ているのがつらい。
ねえ、何で? 今日は「風間愛里を追いつめましょうデイ」とか何かなの? どうしてみんなそんな話ばかりするわけ?
――昼休み。
何かして遊ぶでもなく、私や芽依、菜月などの仲良しグループは、廊下の壁によりかかってお喋りをして過ごしていた。
すると突然、菜月が思いもよらないことを言い出したのだ。
「えーと……菜月。お兄ちゃんって……どうして?」
「前にスーパーで愛里と男の子が一緒に歩いてるの見かけたんだよ。ママに急ぐからって言われてその時は声かけられなかったんだけど。愛里、その男の子に『お兄ちゃん』って呼びかけて腕に飛びついてたじゃん」
うわー! 私のせいか! うかつにも外でお兄ちゃんとべたべたしたばっかりに!
よし、近所の知り合いってことにしよう。
しかし菜月は続けた。
「昨日愛里の家の前通りかかったらさ、お兄さん? が窓の近くに立って外を見てたの。近所のおばさんが通りかかってお互い手を振ってたから、話聞いてみたら、愛里ちゃんのお兄ちゃんねって」
お兄ちゃあああああん! 近所のおばさあああああん!
もう私は半泣きである。
お兄ちゃんだって外出はするし、近所の人には隠し通しておけないから、お母さんとお父さんが息子ですって紹介してしまっているのだ。
変な嘘をつけば、後で余計に困るかもしれない。私はとりあえず、簡単に説明しておくことにした。それも、嘘ではあるんだけど。
「いるよ……お兄ちゃん」
「去年家に遊びに行った時はいなかったよね」
と芽依。
「今年から……家にいるから……」
「弟じゃなくて、お兄さんでしょ? 先に生まれたのにどうして後から家にいるのよ。今まで一度も上に兄弟がいるなんて話、聞いてないけど」
みんなにそんなつもりがないのは百も承知だけど、「尋問ですかぁ~? これはぁ~!」と叫びたくなる。ただ興味があるだけなんだよね。わかってる。
怪しまれないように、私もごく普通に話して切り抜けなくては。
「お兄ちゃん、体弱くて、海外で療養しててさ。離ればなれで暮らしてたの。思い出すと寂しいから、お兄ちゃんの話はしないようにしてて……。今は元気になったから、一緒に家で暮らしてるんだ」
「そうだったんだ……」
みんなはしんみりした顔でうなずいていた。家族で考えたこの設定で無事ごまかせたみたいだ。大変だったんだね、よかったね、と言ってくれる。
ふう、と額ににじんだ汗をぬぐっていると、菜月が口を開いた。
「今度、愛里の家に遊びに行ってもいい? お兄さんに会いたいなぁ。愛里のお兄さんってさ……」
菜月は声を低めてみんなに言った。
「とんっでもないくらい、イケメンなんだよ。ヤバいの、マジで」
菜月のもたらしたうちのお兄ちゃんの顔面情報に、みんなが色めき立って「きゃーっ」と声をあげた。
菜月ぃ! 余計なことを言うんじゃないよ!
確かにうちのお兄ちゃんは、世界一の美少年だけど、そんなこと言ったらみんながますます興味持っちゃうじゃないの!
「会いたーい!」
「見たーい!」
いや、ダメだ。お兄ちゃんに会わせるわけにはいかない。たまに外出するのが精一杯で、家にいると気がゆるむのか変身が安定しない時がある。
頭をフル回転させて断る理由を考えていたところ、菜月が意外なことを言った。
「あ……、でも、無理か。体が弱かったんだもんね、お兄さん」
思わぬ助け船が、元凶(と言ったら菜月に悪いけど)から出されて私はそれに飛びついた。
「そう! そうなの! だからお兄ちゃんと会うのは……」
「元気になったんだろ?」
男子の声が割り込んできて、私の言葉は途切れた。
この声は。
嫌な予感に顔をしかめながら振り返ると、今日から我がクラスの新しいお友達になった、飛田翔の姿があった。
まただ! またこの人だ!
「飛田君……な、何?」
「通りかかったら話が聞こえてさ。お前のお兄さん、病気だったけど元気になったから一緒に暮らすことになったって言ってなかった? しかも買い物に行けるくらいだ。友達が遊びに来て、ちらっと顔を見るくらい、何でもないんじゃないか?」
いきなり話に割り込んできた飛田君に、みんなは戸惑って顔を見合わせている。でもちょっと嬉しそうなのは、飛田君がイケメンだからだろう。
私は当然ながら、ちっとも嬉しくない。
「あ、あの……でも! うち、お父さんとお母さんが家にいないから、友達を家に呼ぶのはちょっと難しいかなって!」
「ああ。風間のうちは『古物屋マボロシ』って店を営んでるんだってな。骨董品を売り買いしてるって聞いてる。その仕入れのために、外国にそろって出かけてるんだっけ? でも、お祖母さんが代わりに出入りしてるんじゃなかったか? お祖母さんがいる時に、みんなで遊びに行くのもダメなのか?」
たたみかけるように言われ、私は口をぱくぱくするしかなかった。頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。
今日転校してきたばかりの奴が、どうして私の個人情報をこんなに知ってるんだろう? どこかからもれてるんじゃないでしょうね。
「みんなも風間のお兄さんに会ってみたいよな? よかったら、俺も遊びに行きたいんだけど」
この飛田君の発言に、みんなはまた「えっ」と視線を交わしている。
私は慌てた。いいよーなんて言えるわけがない。どうにか怪しまれずに断らなくちゃ。いい言い訳があるはずだ。
と、頭をふりしぼっている私に、飛田君がとどめの一言を言い放った。
「それとも、何かよその人にお兄さんを会わせられない理由でもあるわけ?」
菜月達の視線が、私にいっせいにそそがれる。うちの両親が不在なのは珍しいことでもなく、私は家に友達を呼んだことが何度もあった。
飛田君の言うように、何か秘密でもあるのかな? そんな疑いがみんなの目に宿り始めている。
私は、息をのんだ。
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