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7、夢
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あれ?
私は目を覚ますと、見知らぬところにいた。
ううん、と手をのばしてみて、ぎょっとする。視界に入った私の手が、毛むくじゃらだったからだ。
(えっ、えっ? どういうこと? これってなんだか……猫の手みたい)
黒い毛の中に見える、ピンクの肉球。これってやっぱり、猫、だよね?
私は見覚えのないおうちの軒先で、日光浴をしながらお昼寝をしていたみたいだ。猫の姿で。
(ということは……夢だな)
夢としか考えられない。でも、夢なら慌てることもないや。こんなめずらしい体験はなかなかできないし、猫のひとときをまんきつしちゃおーっと。
そのままだらだらしていると、足音とともにだれかが近づいてきた。
「おやおや、また寝てるのか。さすが、寝る子と書いてネコだなぁ」
どこか古めかしい和服を着た、優しげなおじいさんが私の隣に座る。
そう、猫って名前の語原にはいろいろあるけれど、よく寝るから寝子、そこからネコと呼ばれるようになったって説もあるんだよね。
おじいさんは、しわだらけの手で私の背中を優しくなでてくれる。
「さて、腹は空いておらんか。今日も魚をやるからなぁ。お前はあんまり、小さくていかん。そんなことでは、他の野良猫連中に負けてしまうぞ」
(魚か……生のお魚、食べられるかな、私……生臭そうだぞ)
首をかしげる私を見て、おじいさんはふふふと笑う。
「長生きせな、いかんぞ。黒豆」
(黒豆? 黒豆って、それ……)
そのまま意識は遠のいて、気がつくと私は自分のベッドの上で横になっていた。
体を見下ろすと、いつもの私の体だ。もう、猫じゃない。
あれって、私が黒豆君になったってことだったのかな?
なんだかよくわからない夢だ。
* * *
実に順調に、美鈴君の計画は進んでいたんだ。
お悩みアイコンの数は減って、猫の人間に対する信頼度は上がっていく一方。町は猫にとって、かなり住み心地の良いところになってきたと思う。
これなら、集会の日、みんなの意見を聞いた猫神様が、考え直してくれるんじゃないかって、そう思ってた。
――ところが。
話はそう上手くは進んでいかなかったんだ。予想もしない「邪魔者」が動き出して、私達のやることを妨害し始めたの。
「野良猫が追いかけ回された? 人間に? またか……」
ここは猫神様の石碑の前。美鈴君は猫達を前にして、ため息をついていた。
こんぶ、おかか、うめの三匹は、近所を歩き回って情報収集をしている。三匹によると、最近しょっちゅう野良猫達が、妙な男の人に追いかけられてるんだって。
犯人は灰色の服を着た、「瑞子(みずね)」と名乗るおじさんだ。「町から出て行け! 猫ども!」とわーわー騒ぎながら猫に嫌がらせをする。
家の中から窓の外を見る猫に「寝てばかりのぐうたら野郎!」と罵声を浴びせたり、歯をむいて威嚇したりするんだ。
しかも、瑞子さんって一人じゃないの。子供の瑞子さん、若い女の人の瑞子さん、おばあさんの瑞子さん、と何故か大勢瑞子さんは存在する。
瑞子と名乗る人達はとにかく猫が嫌いみたいで、猫にちょっかいけをかけるんだ。
私達もねこねこアドバイザーとしてある人のおうちにあがらせてもらってた時、家の塀の外から、男の子の瑞子君に「わー! わー! 猫に構うな! 困ってる猫なんてほうっておけばいい!」と大声でわめかれた邪魔をされちゃった。
「瑞子さんって、猫嫌い一家なのかな」
「同じ名字だから、そうとしか考えられないが……」
好き、嫌いは人それぞれだから仕方ないけど、迷惑行為は許せない。美鈴君を含めて、何人かが瑞子さんが暴れているところを警察に通報したこともあるんだけど、瑞子さんはいつのまにか消えている。
おかかが美鈴君に語りかけるような目をして、美鈴君もかがんで耳をすます。
やれやれ、と美鈴君はかぶりを振った。
「どうもあの瑞子達は、猫の言葉が少しわかるらしい」
「そういう人、いるの?」
「すごく少ないけど、たまにな。それであいつは、出会う猫に片っ端からこうふきこんでいるそうなんだ。『この町の人間は、みんなお前ら猫が嫌い。出て行けって思っている。俺のようにな』と」
ずいぶんひどいことを言ってくれる。どうして瑞子さんが町の人間代表みたいな顔をするかな。
そして悪いことに、それを真に受ける猫が出始めたんだ。
おかか、こんぶ、うめを解散させて、また情報を集めに行ってもらう。ついでに、瑞子の言うことなんて気にしないようにと話してもらっているんだけど、みんな良いことより悪いことの方が信じやすいんだよね。
まずいことになってきたな、と私も暗い気持ちで美鈴君と一緒に公園に移動する。前にここで瑞子さんが猫を追いかけていたという目撃情報があったから、また同じことをやってないかと見回りにきたんだ。
すると、前にぴー助を散歩させていたおじさんとばったり出会った。
「よお、こんにちは」
おじさんはもうぴー助を引っ張り出してはいないようで、今はルル一匹の散歩だ。
「最近、ぴー助の様子はどうですか?」
「いや実はな、困ったことがあって……」
「ぴー助がどうかしたんですか」
「あいつな、最近、家の柱をかじってけずっちまうんだよ。そりゃもう、びっくりするくらい、あちこちの柱をけずるんだ。それに、一晩中にゃーごにゃーご鳴いて、俺達家族は眠れやしない。ルルと離して生活させているんだが、何かストレスがあるのかねぇ」
私と美鈴君は顔を見合わせた。
柱をかじってけずる? つめをとぐんじゃなくて?
あまり聞いたことのない話だ。
私と美鈴君は、おじさんに頼んでぴー助と会わせてもらった。お昼寝中のぴー助は座布団の上で、突然の訪問客に迷惑そうにあくびをする。
難しい顔でぴー助と目線を合わせていた美鈴君は、おじさんの家を出てからこう言った。
「鳴いていたのはぴー助じゃない。本人がそう言ってるんだ。もちろん柱も。だって考えてみろよ、猫が歯で柱をけずれると思うか?」
肉食動物の猫の歯は、何かをけずるようにはできていない。鋭い牙は肉を裂くためのものだし、食べる時は基本丸飲みだからね。
でも、おじさんが撮っていた動画を見せてもらうと、確かに暗闇の中から猫の大きな鳴き声が聞こえてきていた。
「鳴き声の正体もそうだけど、問題なのは飼い主一家がぴー助のことを疑ってることだ。ぴー助は、いい加減にしなさい、と何度も怒られてる。反論したって人間には伝わらないだろ? だから不満がたまっていく一方なんだ」
私達が鳴き声の犯人はぴー助じゃないって言ったって、おじさんもそう簡単に信じられないよね。
そして、こんな騒ぎは一件で済まなかった。
一番最初に私達が訪ねたお姉さんのおうちでも、似たような問題が起こっていたんだ。猫の鳴き声、夜中に走り回る音、家のあちこちをかじられる。
やってもいないイタズラで、猫達は飼い主からしかられてしまっていた。
「これは、深刻だな」
美鈴君はスマホを確認している。
猫の人間への信頼度を示すバロメーターは、前は七十パーセントに達していたのに、今では四十パーセントを下回っていた。
悩みを訴えるアイコンも、減りつつあったのに激増だ。
「怒っているよ」
「悲しいよ」
「私じゃないよ」
「嫌いだよ」
私達二人じゃ、もう手が回らなくなってきている。
せっかく仲良く暮らしていた町の猫と飼い主達。猫と人との絆が、危機にさらされていた。
これじゃ、町を出て行きたいと思う猫も増えてしまったに決まっている。
「どうしたらいいんだろう?」
「とりあえず、こうなったのには何か原因があるはずだ。あんまり急激に事態は悪化したからな。瑞子とかいうやつが現れてからだ。俺は瑞子をさがしてみる。あいつが絡んでいるような気がするから」
美鈴君はそう言って、どこかに行ってしまった。
残された私も、ある場所を目指して歩き出す。美鈴君が見せてくれたアプリのアイコンを見て、はっとしたからだ。
「こんにちは」
「真梨佳。今日はもう一回来たじゃない」
「うん、またシロちゃんの顔が見たくなっちゃって。すぐに帰るよ」
保護猫シェルターHOKAHOKA。私はおばさんにあいさつをして、子猫のシロがいるケージに近づいた。
シロは隅っこで、壁の方を見つめてじっとしている。ご飯は少しずつ食べるようになったけど、まだ元気そうには見えなかった。
「叔母さん、シロちゃんはトライアル上手くいかなかったの?」
「そうね、いい人だったんだけど、あんまりにも元気がないから、うちで飼ってもいいのか心配になっちゃったって相談されて」
シロは飼い主候補になってくれる人がいて、一度はその人のうちに連れて行かれたんだけど、合わなかったみたいだ。
「シロちゃん……」
私はケージの中のシロに声をかける。シロはおずおずと近づいてきて、私の方を見上げた。
「その子は今のところ、真梨佳に一番なついてるよね」
と叔母さん。
私はシロをそうっと抱っこした。シロは私の脇の辺りにぐいぐい顔をつっこんで、そのまま落ち着いてしまう。
「でも、うちは猫を飼えないからな……」
アプリのアイコンに表示されていた言葉。白い猫のアイコン。名前は出ないけど、五ヶ月という月齢は表示されていたから、シロのものに違いない。
吹き出しにはこうあった。――「さみしいよ」。
「なかなか、上手くいかないものだよねぇ」
私はシロの背中をなでながら、ためいきまじりにつぶやいた。
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