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第36話

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「・・・さま、・・・・じょう様、お嬢様!」

「え?え?な、なに?どうしたの?ヘンリー?」

「・・・帰ってきてからずっと上の空ですが・・・何かあったのですか?夕食も結構残しておられましたし・・・。」

ヘンリーに心配そうにのぞき込まれた。顔が近すぎて、一瞬ビクッとしたもののヘンリーがすぐにどいてくれた。
それでも、心配なのは変わらないようで、私の様子をじっと見てくる。

『アラン様と帰ってきてからどうもおかしい。朝は気合い入れて行ったと思ったら二人してぎこちない様子で帰ってきたし・・・。エスコートの形とはいえ、手を繋いで帰ってきていた。いつもの二人にはない空気感があった。・・・・学校でなにかあった、というよりも・・・アラン様と何かあったのか?』

(なんでこんなに鋭いのよっ!有能執事めっ!どっかの名探偵か!うー・・・ほとんど間違ってないし!なに?どこかで見てたわけ!?ヘンリーが私の事分かりすぎてて逆に怖いんだけどっ!!?)

ここまでバレてるなら隠しても仕方ない、と思い直してヘンリーに相談してみる。

「・・・ねぇ、一つ聞きたいんだけど・・・。」

「はい、なんでも。」

柔らかな口調で、私から話すのを待ってくれている。ユーリは、今は明日の準備で急がしいので今、この部屋には私とヘンリーの二人だけしかいない。

「ヘンリーは、浮気って・・・・どこからだと思う?」

「・・・・浮気、ですか。」

『まさか、アラン様と性交渉したのか?』

表情は変わらないものの、目敏くアラン絡みと見抜かれた。いや、想像が行きすぎてるけど。
私は、居た堪れなくって自分でも目が泳いでいるのが分かるし、変な汗が出てくる。
その様子を見て、ヘンリーも察したのか、とてもさっきの冷静な思考とは真逆にとても騒がしくなった。もちろん、表情はあまり変わらない。少しだけ、眉がぴくっと動いたくらいだ。

「いいからっ!答えて!ヘンリーだったら、どこから浮気になる!?」

もったいぶったように何も言わないヘンリーにしびれが切れて、答えを急かした。

「・・・・そうですねぇ。」

『俺だったら・・・。お嬢様とお付き合いして、お嬢様が浮気したら・・・。どこから・・・。話をしたら?いや、目が合ったら・・・?いや、それも嫌だな。同じ空間で息をしたら、か?うーん。いや、それだと流石に心狭いと言われそうだな・・・それなら妥協して3秒以上目があったら、と言おうか・・・?うーん、困った。』

「ごほ、ごほっ」

(うん、全然参考にならなぁ~い。ヘンリーに聞いたのがだめだった・・・?)

ヘンリーの“声”を聞いて、あまりに心がせま・・・いや、頭がおかし・・・・いや、えっと、闇が深すぎて入れてもらった紅茶を噴き出しそうになって変なところに紅茶が入って咽せてしまった。

「大丈夫ですか?」

ヘンリーがすぐに駆け寄ってくれて、ハンカチを差し出し、背中を撫でてくれる。・・・・ヘンリーのせいだけどな。

「じゃ、じゃあ、ヘンリーの彼女が、他の人から不意打ちの・・・不可抗力の!キスされたら・・・どうする?」

片膝をついて、私が少し濡らしてしまった服を拭いてくれているヘンリーに、埒が明かないのでストレートに聞いてみる。

「え・・・・。」

少し驚いたように顔を上げたヘンリーと、思ったよりも近い位置で目が合い、少しの間だけ沈黙が流れる。

「・・・・・・・殺しますね。相手の男を。」

はっきり、目を見て静かに低く冷たい声でヘンリーが言う。
私は、その気迫に少し唾を飲んだ。

「なんて、そこまではしませんけど。まぁ、事情によりますが、二度とその男には近づけない様にあらゆる手を使う努力はすると思います。」

先ほどの気迫は一瞬で消えて、いつも通りのヘンリーがそこにいた。

『・・・怖がらせてしまったか?まぁ、今の俺がとやかく言える立場にない事はわかってる。・・・でも、もしもアラン様の行為がお嬢様を傷つけたり悲しむ原因になるのなら、その時は絶対に許さない。』

「・・・そ、そっか。」

「それで?アラン様にされたんですか?不意打ちのキス。」

「え・・・う、うん。」

思ったよりも、私の事を真剣に心配して考えてくれているヘンリーに嘘はつけなかった。どうせバレそうだし。でも、思い出すとなんだか恥ずかしくなってしまう。

『やっぱ殺すか?アラン様。』

「え!?」

「・・・お嬢様は、そのキスが、嫌だったのですか?」

少し眉を寄せて不快そうなヘンリーにそう聞かれて、戸惑った。

「い、や・・・じゃなかった・・・?」

私は、嫌じゃなかった。それは、確かにそう思う。でも、今、私にはフィンセントって言う婚約者がいるわけで・・・。
こんなの、おかしい。こんなこと思っちゃいけない。自分勝手すぎる。・・・自分、最低すぎないか?さっきのフィンセントの事なんか責める資格ないじゃんか。

「・・・お嬢様が、後悔なさらない選択なら、私にはいう事はありません。」

「・・・・うん。ちゃんと考えてみる。」

ヘンリーが、ゆっくりと静かに部屋を出て行った。





その日の夜、夢を見た。
とても優しくキスされる夢。

頬に、首に、耳に、額に、唇に・・・・

(気持ちぃ・・・だれ?)

優しく大きな手が頭を撫でてくれて、啄むような優しいキスが少しづつ深くなっていく。

「ん・・・ふ、はぁ。んぅ・・・」

頬に手を当てられて、唇の端っこから優しく指が入ってくる。
少しだけ口を開くと、ぬるりと自分のではない舌が入ってきた。

くちゅ・・ぴちゃ・・

丁寧に、とても丁寧に甘い刺激を与えてくる。
大切な宝物に触れる様に頬を撫でられ、耳をくすぐられ、頭を撫でられる。

「ん・・ぁ、気持ちぃ・・・」

「じゃあ、もっとしよう。」

耳元で低く甘く聞いたことあるはずの声が聞こえた。知っているはずなのに、誰かわからない。

(・・・誰?)

私が目を開けようとすると、優しい大きな手が目元を覆った。
真っ暗な視界の中で、甘いキスだけが送られる。
水音がぴちゃぴちゃと響いて、だんだんと息が上がってきた。
お腹の奥がキュンっと切なくなっていくのがわかる。

「んぅ、はぁ・・・ん・・・。」





「ヒロミ、愛してる・・・」





ハッと目を開けると、いつも通り自分のベッドで寝ていた。
少し、寝汗をかいていたけれどそれ以外はいつも通りだ。
服の乱れもなく、掛布団の乱れもそんなになかった。

「え・・・・欲求不満?」

あんな生々しい夢を見て、恥ずかしくなってしまって、また布団に潜った。
不意に、下着が濡れているような気がして、恐る恐る自分で下着の上から自分の割れ目をなぞる。

くちゅ・・・

それは、下着の上からでもわかるほどに濡れていた。

「えぇぇぇぇ?どんだけたまってんの、あたし・・・。たった一週間してないだけで・・・?嘘でしょ・・・??はぁ。」

確かに、初めてエッチした時から一週間も空くことは初めてだ。

(エロゲーの世界だから性欲強いんだなってフィンセントに思ってたけど・・・え、私も?私も、性欲強いって事??っていうか・・・・もしかして私、変態になっちゃった・・・?)

自分で思って、自分で凹んだ。


コンコン


「お嬢様、おはようございます。ユーリです。入っても宜しいですか?」

「あ、うん!おはよう!大丈夫よ。」

ユーリがゆっくりと扉を開けて一礼して部屋に入って来た。

「いよいよ今日は学園祭ですね!今年は規模も大きいようなので楽しんでくださいねっ!外部から、出店も出るみたいですよ!それに、なにより、やっとあの衣装がお披露目できるのがとっても楽しみですねぇ!!」

明るい声で、布団の乱れをさっと治しながら話しかけてきた。

「そうね、楽しみっ!あ、やっぱりユーリたちは来れないの?」

「私どもは裏方がありますので・・・残念ながらいけないんですよ~。あ、でも、後夜祭が終わった後の打ち上げがありますよ!仕事が終わった従者同士であるんですけど、今日は食事やいいお酒が出るみたいなので、私たちもちゃんと楽しめますよっ!」

「そうなんだ、良かった。」

・・・・あれ?なんか、違和感がある。

「お嬢様、朝食の用意が出来ました。」

「ありがとう、ヘンリー。今行くわ。」

やっぱり、おかしい。

「お嬢様、今日は学園祭が終わる15時くらいには一度寮へ戻ってきてくださいね、後夜祭は18時からなので少しでも早めに準備したいんです。」

「わかった。15時ね。多分、今日は一日学園内をフラフラしてるだけだと思うから遅れないように戻ってくるね。」

「はい!ありがとうございます!ふふ。」

ユーリは、本当に楽しそうに私の脱いだ寝巻を大事そうに持って部屋を出て行った。

「・・・・。」

カチャカチャとカラトリーが当たる音だけが部屋に響く。

「・・・・お嬢様?本日の食事は口に合いませんでしたか?」

食べるのが遅かったからか、心配そうにヘンリーが話しかけてくる。

「え?ううん、とっても美味しいよ!ただ・・・」

「ただ?」

「え、いや、静かだなって思っただけ!あ、ねぇ、ヘンリーはもう朝ごはん食べ終わったの?」

そう、静かだ。全然頭の中に“声”が響かない。
ヘンリーに普通に話しかけながら、原因が分からず少し困惑する。
だって、こんなこと一度もなかったから。

(急に・・・どうして?だって、昨日までは・・・・)

「あ。」

「はい?どうしました?」

「え、いや、なんでもない・・・」

「お嬢様?」

「あ、もうこんな時間!私、行くねっ!」

「あ、校門まで一緒に・・・!」

「今日は大丈夫!ありがとう、行ってきます!・・・あ、ヘンリー!」

「はい?何でしょうか。」

「昨日の夜、私の部屋に・・・誰か来た?」

「?いえ、昨日はお嬢様が就寝してからは誰も部屋には通してませんが。」

「・・・そ、そっか!ありがとう!行って来ます!」

ばたばたとブレザーを着て足早に部屋を後にした。

(もしかして・・・いや、でもそれしか・・・)

(あのキスの夢は・・・・夢じゃなかったって事?)

(でもさ、でもさ、朝自分に異変なんかなかったし・・・そうなると、誰かに寝込みを襲われたようなものになるし・・・でも、あの声・・・・聞いたことないくらい優しくて甘い大人な低い声・・・)

「ヘンリーの声に似てたような気も・・・いや、でもあの様子じゃ無いかな?」

確かに、ヘンリーなら私が寝てる時に部屋に入ることは容易いし、リリアーナの事は大好きなのわかってるし・・・

「いや、でも、今更?いままで特にこんなことなかったよね?そんな訳ないよね・・・うん、気のせいだよね、気のせい!」

「なにが気のせいなんだ?」

「うひゃあっ!」

急に後ろから声をかけられて変な声が出た。
夢中で昨夜のことを考えていたから全然気が付かなった。
私が振り向くとそこには・・・


「お、おはよう・・・」

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