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第四十五話 妖精事変 其のニ

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 多数の幼女たちの世話と、新たな客人たちへの対応に疲れ、一人、木陰に佇む男の姿があった。やっと一人になれる時間を見付けてこの場にやって来ていたIKUMIである。
 ストレス解消に草笛でも吹いて疲れた神経を癒そうと、片手に持った葉っぱを口元に当て、両瞼を瞑る。

 (くふふ。今がチャンスよ!)

 そんな彼の許へと、空飛ぶ脅威が迫っていた。妖精の少女の一人である。名前はルーナルーナ。七人の妖精少女たちの中で、とくに悪戯好きな個体だった。
 物音を立てず、大気の変化も最小限に抑えるべく、ルーナルーナは上空からふわりと舞い降りてくる。無音滑空と言うべき挙動だ。そんな妖精少女の指の間には、悪戯道具となる手ごろな大きさのミノムシがあった。

 (今よ!)

 「甘い!コラッ!よりによって俺の鼻の穴にミノムシを突っ込もうとするな!」

 「やばっ!バレた!みんな撤退よ!」

 悪戯が成功するかと思われたその時、IKUMIがクワッと両の瞼を見開く。疲れていても、ストライダーの索敵能力は健在であった。
 そんなIKUMIの目の前でミノムシを手にした妖精が逃げろと叫ぶ。すると、、ルーナルーナ後方の草むらでガサゴソと物音が響き、複数の気配が離れていく。
 そして、IKUMIの目の前にいた妖精の一人ルーナルーナもミノムシを放り出し、ぴゅうっと風に乗って逃げ出していった。
 その逃げ足のまさに一流のもので、IKUMIも流石は悪戯好き妖精と、妙に感心してしまう。

 「いやーん、何でバレたの?」

 「はっ!そうか!音の反射!草笛を拭いてその反射で私たちの位置を特定したの!そんな僅かな変化に気付くなんて…見事な業前ね!」

 「さすがは私たちが見込んだ人間だわ!」

 「戦略的撤退よー!」

 「今回は私たちの負けよ!潔く認めるわ!」

 「ただし、安心しないほうが身のためよ!」

 「第二第三の悪戯をするべく、私たちは何度でも現れるわ!」

 さらに、そんな妖精たちの捨て台詞が、風に乗ってやってきた。IKUMIは彼女たちの悪戯に対する態度に妙に感心してしまう。

 「ふっ…まったく、安心して立ったまま仮眠もできん」

 (あの子たちが来てここも一層騒がしくなったな。まあ、元々幼女だらけで姦しかったが、な)

 内心、困ったものだと思う。しかし、IKUMIの目許は笑っていた。笑ったことで、IKUMIの精神は僅かながら穏やかなものになっていた。

 「さて、戻るか」

 IKUMIは寄り掛かっていた大木の幹から身体を退かし、ルーナルーナが放り出したミノムシを拾う。ミノの中の幼虫が生きているのなら、そのまま捨て置いては些か可哀そうだ。

 「何だ、カラか」

 不幸な幼虫はいなかった。奇妙な安心感を覚え、苦笑するIKUMI。

 この惑星の北方近くに位置するこの土地は、もう春を過ぎて夏に向かっていく時期である。ミノムシの中身も、もういるはずもなかった。
 そうミノムシ不在の確認を取ったIKUMIは、ルーナルーナ同様にミノムシのカラを放り捨て、その場を離れていく。

 そんなIKUMIたちが現在居住しているこの元廃村に、ルーナルーナたち七曜の妖精たちがやって来たのは、つい先日のことだった。
 IKUMIとリューコの精霊を操る力が一つとなり、召喚獣の宿る花が咲き、実をつけたことが原因だ。妖精たちは、その精霊力の波動を辿り、この地までやって来たのである。
 まだ、召喚獣の子育てで右も左も解らないリューコに、ちゃんとした育て方を教えてやるのだそうだ。
 内心、子育てのやり方がよく解らず不安であったリューコは、力強い味方の出現に大変喜んでいた。しかし、それはよいとして、問題だったのは妖精たちの生体であった。彼女たちは妖精の名に恥じず、みんながみんなあ悪戯好きだった。まるで命を賭けているのかのようであった。
 それは、IKUMIが悪戯の標的にされる少し前。リューコやアマナと共に、初めて妖精たちと顔を合わせた時のことだ。

 「育て方を教えるかわりに、楽しませて貰うわ!」

 「え?」

 「たあっ!」

 「きゃああ!」

 「ふふふ。私たち悪戯大好きな妖精に隙を見せるとそうなるわよ!じゃあね!」

 そう言ってルーナルーナたち妖精は、リューコたちの前から姿を消していく。突然、不意打ちでスカート捲りされたリューコといえば、両手でスカートを抑えながら顔を真っ赤にしていた。リューコの位置的にIKUMIにまだ青いお尻を確実に見られてしまった。そうわかるからだった。
 アマナも突然の悪戯に仰天し、双眸を見開き、その形を丸くしていた。

 「…」

 とりあえずIKUMIは、何事もなかったように普段通りの様子を取り、真っ赤になったリューコには触れないでやるのだった。武士の…いや、ストライダーの情けだった。

 「ううう………もう!あの子たち、何なのよ!」


 「まったく、悪戯に対するあの子たちの情熱は大したものだ」

 その時のことを思い出し、IKUMIが呟く。その通り、幼女の姿をした妖精たちは大変な悪戯好きで、少なくない被害を村に与え、住民たちに驚きを提供したのだった。

 その情熱の入れようは本当に尋常ではなく、妖精たちよりちょっとだけ早いタイミングで村へとやってきたアルスたち三人はもちろんのこと、IKUMIや連れの幼女たちにも多くの悪戯を仕掛けていた。

 さすがに幼女たちには手心を加えていたが、村の男性陣であるIKUMI、アルス、アカバナム、リュウに対する悪戯は熾烈を極めた。
 IKUMIに対する悪戯も、これで何度目のことになるか数えきれないほどだった。

 とはいえ、これだけ執拗にIKUMIに対してのみ何度も何度も悪戯を仕掛けてくることには、それ相応の理由があった。

 それは、大抵の悪戯ならIKUMIは簡単に躱してしまうからである。それは、妖精幼女たちのプライドを甚く刺激した。悪戯マスターの面目を躍如すべく、彼女たちは燃えた。今回のように悪戯が失敗する度、次こそは成功させるわ!とさらに燃え上がるのだ。

 そのため、IKUMIは他の者たちに妖精たちの悪戯の被害が及ばないように、こうして村の外れに一人佇んで妖精たちの相手をしてやっているのだった。
 可愛い妖精たちの御相手も、結構大変なのである。


 そんなIKUMIと妖精たちのやり取りを見詰める幼女たちの複数の瞳があった。ある者は瞳を潤ませ、ある者は困り顔、ある者は微笑みながら、そのやり取りを眺めていた。

 「ふええ………あの子たち、私に召喚獣の育て方を教えてくれるって言っていたのに………忘れてるよぅ」

 「困…た。私も…精霊術…手解き…受けた…かった」

 「うう………ちょっと妬けますわ、旦那さま、あの子たちの相手ばっかり!私も赤ちゃん(召喚獣のこと)が欲しいのに!」

 「でも、旦那様がああして妖精たちの相手をしているから、私たちは被害にあっていないのは事実ですから」

 「そうね。スノみたいに、いきなりすっぽんぽんにされるのは勘弁だわ」

 「あれは………さすがに可哀そうだったわ」

 「アルスさんやリュウさんに全部見られちゃったものね」

 「後で何か………そうね、お花でも詰んで持って行ってあげましょう」

 「甘い木の実もね」
 
 「うん。さすがにあの悪戯はぼくも勘弁して欲しいなあ」

 「下手にあの妖精たちに目を付けられると厄介よ。今はストライダー様に任せましょう」

 「賛成」

 IKUMIによって奴隷身分から解放され、この村へとやってきた幼女たちは、それぞれ割り振られた村の仕事を済ませつつ、お喋りに興じていた。
 何もかもが足りていない、この元廃村では、それが唯一といってよい娯楽だったからだ。

 どうやら、IKUMIの仲間であるTAMAKIの荷物が大型ドローンで届くまで、妖精たちの興味はストライダーへの悪戯一択だろう。

 その時まで、自分たちは目立たないでいようと決心する幼女たちだった。


 そして、もう一組、身体を半日休めてこの事態に付き合わされている者たちがいた。北方諸国連合から攫われた幼女たちを救い出すため、ここまでやって来たアルス一行である。今は切った丸太をそれぞれ椅子代わりにし、焚火を囲み、話し合いをしていた。

 「叔父上、我々はこれからどうすべき?でしょう?この共同体の中で、どう立ち回るべきか御助言願います」

 「そうさのう………村を一回りしたところ、中々の防備であるな。これならば、ちょっとやそっとの攻撃では落ちんだろう。我らが担うならば、それ以外の役割であろうな」

 「たしかにな。アカバナムのじいさん、とりあえず俺は村の外で妹たちのために猟師の本領を発揮しつつ、斥候なんぞの真似事をしようと思っているんだが、どう思う?」

 「じいさんてか。ううむ…ただ、この村の領主はストライダー殿だ。我等もこの地に留まるなら、何事も、彼の意見に沿うようにしなければならんだろうな。これが物事の筋道じゃろう。若もリュウ殿もそれはお分かりじゃろう」

 「そうですね。あの方と今後の擦り合わせをしませんとね」

 先程、一人の幼女の艶姿を目撃してしまったアルスが、頬に僅かに朱を刺したまま返答する。妖精たちの悪戯は、いささか彼には刺激的過ぎた。

 「ああ、違えねえ。何しろあのストライダーは伝説の選ばれし者ってことじゃねえか。指示に従った方が長生きできそうだ。俺としても妹に格好悪いところは見せられん。そこは自重する。他の場所に攫われた娘たちも、多くは救えたらしいし、もう、憎しみに駆られて下手を打つ理由もない」

 「その通り。しかしな………」

 「まあ、あれは中々、眼福でした。でも、あの妖精たちが大人しくなってくれなければ、どうしようもない気がします」

 「はははは!まさか妖精たちまでこの村に集まってくるとはな!あれはストライダーも予想外だったようだな!」

 リュウが笑う。すっぽんぽんにされたのが、妹でなくて良かったと思いつつ。

 「ふふ………まさか、敵陣近くのこのような場所で、あのような微笑ましい光景に出会えようとはな。人生、中々捨てたものではない」

 先の北方諸国での負け戦後、久々に憂いなく笑うアカバナムである。あのすっぽんぽんにされたスノと言う娘は災難であったが、久々にホッとすることのできる事件に遭遇できた。老サムライも微笑もう。
 アカバナムは密かに、そんな何気ない幸せを守るために戦い抜くことを決意する。長い戦いと苦難の末に、やっと手にした平穏の時だ。今、それを守り戦わなくて、どうするのだと。

 「さあ、若、リュウ殿、我々もできることをやる準備をするとしましょう」

 「そうですね」

 「ああ!」

 北方諸国連合からやって来た三人は、そう意思表明を終え、力強く立ち上がる。この地は、いわば敵陣近くにある飛び地の要塞だ。この先、必ず大きな戦の舞台となる。そんな予感を覚えながら、三人はそれぞれが運命に立ち向かうと決意した。
 何者がやってこようが、逃げずに立ち向かって見せると。
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