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第三十四話 北方より訪れた者たちの邂逅。其の一

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 アルスたち一行は、土塁に囲まれた村周辺を見渡せる森の木陰で、三人三様、途方に暮れていた。

 せっかく、北方諸国連合から国境山脈を越えやって来たというのに、まさか、攫われた者たちを救うその道中で、マンイーター(?)の縄張りに出くわしてしまうとは。

 マンイーターと呼称される知恵持つ獣の動向は、この世界の人類にとっては生きて動き回る災害である。

 それも、自らの存在を隠さずに、自分の住処を要塞化するような厄介な相手となれば尚更だ。

 そんな厄介事との邂逅は、疲れ果てていたアルス一行に、更なる徒労感を齎すに十分であった。

 それ故に三人とも、あまりの事態に隠れた木陰で肩を落とす。

 「…」

 「…」

 「…」

 その上、無言。

 ここで下手に行動し、本来の相手意外と無意味な殺し合いとなれば目も当てられない。

 最悪、なんの成果も得られないまま死ぬ。

 そんなこともなるかもしれないのだ。

 それは、我が身より誇りを第一にする侍、アルスとアカバナムにとって到底受け入れられぬことであったし、狩人のリュウにしてみても、妹救出に関係ない争い事には、なるべく関わり合いにないたいとは思わない。

 しかし、そうしていられる余裕などないのが、孤立している彼等の実態であった。

 そもそも、彼等一行がここにいる理由は、山脈越えで疲弊した身体を癒すため、無人の廃村であったを、一夜の逗留場所にするためであった。

 すでに身体共に疲弊しており、休息が必要なのだった。

 「………悔しいが仕方がない。若、この場から離れて、他に休息できる場所を探すとしましょう。リュウ殿も、異論はありますまい?」

 「悔しいが爺の言う通りと思う。リュウ殿、ここは一旦この場を離れましょう。マンイーターは危険極まりないが、それを倒すのは我等の役目ではない」

 「ああ。妹の顔も見ぬまま死ぬのは、俺の本意じゃねえ。ここは静かに離れよう」

 「うむ。それが我等の取れる最善策じゃろう………行こう」

 小声でそう語り合い、この場を離れようとするアルス一行だった。

 その時。

 ガサガサガサガサ………ヌッ!

 「「「!?」」」

 三人の直近に、藪を抜けて人間を超える大きさの吸血植物…自立で動ごき回る…が現れた。

 すなわち、歩哨として土塁の外側で警備任務に就いていたSANSAIの根分けされた一体である。

 (気配がまるで感じられなかった!?)

 (こんな怪物までいるのか!?)

 (獣の気配と違って、他の植物に気配を潜り込ませることができるのか! ここまで近付かれるまで存在を把握できなかったか! 厄介な………)

 「逃げるぞ!」

 「若!」

 「(コクリッ)」

 この場から一目散に逃げだす選択をし、「逃げるぞ!」と叫んで走り出したリュウ。アルスも、爺のアカバナムに促され、無言で肯き二人の後を追って駆け出した。
 もちろん、土塁から離れる方向に、である。


 その様子を、SANSAIはその場から動かずに見送った。

 動かない代わりに、精霊力を利用した報告を優先したのである。

 すなわち、主人であるIKUMIとの、木の精霊力を利用した通信である。


 ◇ ◇ ◇


 「…む!」

 (侍二人、老人と若者…それに、先導役の猟師というところか………)

 「…国境山脈を越え、奴隷にされた娘子を救いにきる勇気を持ち併せる勇士がいたか」

 そう一人呟き、村の裏側の小山で穴掘り作業をしていたIKUMIが、土の精霊術を一時中断した。何をしていたかというと、陶芸用の窯を造成しようと、小山の左側を掘り起こしていたところだった。
 丁度、小山の断面が見えるように、左側が上から垂直に掘り起こされ、横合いに掘り起こされた土砂がこんもりと重ねられていた。

 食器が木製の物や革製品だけでは味気ない。

 折角、土と火の精霊術の才能を持つ者が揃っているのだからと、練習がてら陶器を作らせてみようと言う趣向であった。
 流石、山脈に程近い御土地柄のためこの周辺は、粘土層など土の品質も良いものが揃っているのであった。

 そんな作業をIKUMIが開始したところ、SANSAIの歩哨役から、件の情報が舞い込んできたという訳だった。

 「これは………放っておかず接触しなければな………しかし」

 (ホーリーズ・クランの間者もこの近くに来ている)

 「さて、どう対応するべきか………」

 ホーリーズ・クランの間者が近場に居ることも把握していたIKUMIは、どうやってアルス、アカバナム、リュウといった面々と、邪魔されずに接触するか。

 その方法に苦慮するのであった。

 「…この際だ。土と火の精霊力を合成して埴輪姿にでもなってみるか。土も昨日の夜半、SANSAIに採取させたものがある。ノアと…あと一人、火属性の子がいたな」

 (彼女たちに協力を仰ぐとするか)

 IKUMIは、再び独り言を言い、そろそろ朝の食事時になっている家屋敷の方向に歩き出した。
 

 ◇ ◇ ◇

 その頃、一同のリーダー格であるマリティアの指示の下、IKUMIによって村に庇護された幼女たちは朝食の準備を終えていた。
 食事の準備も二日目となると、それなりにコツを掴んだのか、段取りが格段に改善されていた。
 もちろん、幼女各自の頑張りの賜物である。
 奴隷の日々に比べれば、自分たちのためになる、とても充実したやり取りだ。

 「ノア、朝食の準備が終わったから、ストライダー様やリューコを呼んできてくれる?」

 「お安い御用だよ、モモ」

 マリティアの補佐役となっていたモモが、かまどに薪をくべていたノアにメッセンジャーを頼む。頼みごとを聞いたノアは、薪を持った手を止めて立ち上がった。

 仲間に頼られるのは悪い気はしない。むしろ自分から率先してみんなのために行動したい心持ちのノアである。

 「頼むわね」

 「うん!」

 手を振って見送るモモには、隻眼で「任せて」とウインクし、ノアは足取り軽くその場を走り去るのだった。
 
 (ストライダーさまは、確か裏の小山に居るって言っていた。その後にリューコだね)

 そう考え、まだ幼い女の子らしくスキップしながら進むノアだった。

 そこに。
 
 (あれ?)

 見れば、小山に行くまでもなく、ストライダーIKUMIから家屋敷へと戻って来ていた。

 (お腹が空いて、早く戻って来たのかな?)

 そう思い、そのままスキップでIKUMIへと近付くノア。

 「ノアか。火の属性であるお前が来るのは調度良い。ちょっとリューコを連れて、先に小山の所に行っていてくれ」

 「? はい、ストライダーさまは?」

 IKUMIがそう言うのには何か理由があるのだろうと、大人しく小山に向かう事を了承するノア。しかし、好奇心には勝てず、そうする理由を聞く隻眼の幼女だった。

 「一旦、家屋敷に戻って、ノアと同じ火属性の子と、他の属性の子を連れてくる。みんなで子供を作るんだ」

 「こっ! 子供!?!?!?」

 IKUMIの言葉に、吃驚仰天して顔ばかりか全身を火照らせ、真っ赤になるノア。下腹の奥の辺りがキュンキュンと妙に熱くなる。予想外のの言葉に、全身から発汗した。

 IKUMIとしては、精霊術で埴輪をハニハワワと製造しようとして言っただけなのだが、ノアは全身で「ついにその時が来たのね」と思いっきり誤解していた。

 IKUMIは幼女の心を惑わす言動をナチュラルにする紛らわしい男であった。

 「ああ。精霊術の練習も兼ねて、みんなで埴輪人形を造り出すんだ」

 「…ああ!」

 (なんだ、そういう事か………ところでハニワって何? それに、ストライダーさまがリューコちゃんと生み出した召喚獣みたいなのを、みんなで生み出すって事?)

 と、誤解を解くIKUMIの言葉に、それなりに納得するノアであった。

 「あの…」

 「話は後だ………いや、ノアには話しておくか。じつは、御国から攫われたお前たちを助けるために侍が来ている」

 「ええっ!?」

 詳しく話を聞こうとしていたノアを制して、IKUMIが必要事項を話し始める。ノアといえば、予想外の話を聞いて、そう驚愕の叫び声を上げるのみ。

 ここは大人しくIKUMIの言葉を聞くべきだと、黙って次の言葉を待つのだった。

 「彼等を助けるために、みんなで精霊術を使うんだ。解るな?」

 「はい!」

 「ただ、昨日土塁が築かれたことに気付いたホーリーズ・クランの間者が外に居るようだ。幸い、そちらも侍も俺たちの正体に気付いていない。どうやら俺たちをマンイーターの勢力だと勘違いしているようだ」

 「じゃあ………どうするんです?」

 「だから、新しい召喚獣を生み出して使者とし、侍たちのみを村に招くつもりだ」

 IKUMIの説明を聞き、納得した表情となるノアだった。

 「そういうことなら、先にリューコちゃんを連れて小山に行っています!」

 「良い返事だ。では、俺は家屋敷にいるみんなを呼んでくる」

 「はい! 待っています!」

 そう言って、リューコの待つ方角へと駆け出すノアであった。

 (中々、忙しそうになりそうだ。しかし、ノア含め、聡い子が多くて助かる)

 ノアが走り去るその姿を見送り、IKUMIも家屋敷へと一人向かうのだった。

 
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