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第三十三話 土塁の外。北方諸国連合からの来訪者。

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 「若君、ここを通り過ぎればトーリンに入ります。もう少しですぞ!」

 「爺、ここまで苦労を掛けたな。だが、まだ何も始まってはいない。これから攫われた娘子等を救い出すのだ。すまんが、もう少しこのアルスの我儘に付き合ってくれ」

 「何の! このアカバナム・シヨケギクのかみ、若のために命は捨てる覚悟。どうぞ使い潰す気でお使いくだされ!」

 「すまん、爺。このアルス・トロメリアに、本国で賊を打ち果たす器量があれば………こんな辺境の地にまで付き合わさせることもなかった」

 「いえ、多くの家臣の娘子等を攫われ、腹を切ろうとしていたこの爺めを、共に賊を追うのだと諫めてくれたのが若で御座います。たとえ辺境で果てようとも…」

 「もう言うな。生きて、娘子等を共に連れて、本国に戻ろうぞ」

 「はっ、その通りで御座いますな。急ぎましょう、若」

 「うむ。行こう! リュウ殿、道案内を頼みます!」

 「任せてくれ。この獣道を抜ければ、平野に出られる。その先には隠れ家に最適な廃村もある。まずは、そこに向かおう」

 「この辺りの地理に一番明るいのはリュウ殿だ。頼みましたぞ!」

 「解った。妹を取り戻すまで死ぬ気はない。ここからが正念場だ。慎重に行こう」

 振り向いたリュウに、無言で肯くアルスとアカバナム。

 彼等は、慎重な足取りで獣道を抜けていく。

 ホーリーズ・クランの間者、クワズ・イーモが本国にトーリンの異変を知らせようと躍起になっていた頃。この様にトーリンの地は、新たな来訪者を迎えていた。

 北方諸国連合から攫われた娘子等を取り戻すため、戦場を避けて、遠回りに国境まで遥々やってきた二人の侍と、彼等の水先案内人となった狩人である。

 一人は、ホーリーズ・クランとの戦いの矢面に立たされた領地、トロメリア地方の総領の息子アルス、御年13の元服前の若侍である。

 今一人は、トロメリア領に程近いシヨケギク領の前領主アカバナム。初陣となるアルスの、烏帽子親となった身であった。

 両家の領地は、売国勢力による後方攪乱作戦によって多数の領民を攫われ、前線の指揮を維持できずに半壊。領土の半分近くをホーリーズ・クランの占領下に置かれていた。

 後方の指揮を任されていたアルスとアカバナムは、他の侍たちと共に誘拐者たちと死力を尽くして戦ったが、奮戦叶わず、多くの領民の身の安全を守ることができなかった。

 その責任を一身に背負い、腹を切って全責任を負い、アルスたち若侍の命を守ろうとしたアカバナムであったが、それを諫めたのがアルスであった。

 「爺どん! ここで腹を切っても攫われた娘子は戻りませぬ! 捨てる命ならば、このアルスが拾いましょう! 共に賊の後を追い、命を賭して取り戻すのです! そのために、一時の辱めは甘受しとうせ!」

 「!? 確かに! ここで爺が腹を切っても、何も解決はしませぬ! 良か! この老いぼれめの命、若君にお預けしんぜよう!」

 そうして旅立った、若侍と老侍。

 その道筋は慣れぬ道行。厳しいものであった。

 「しかし、何とかこうして国境付近に来たものの………山師でもない我等が、道案内もなく国境の山脈を通るのは危険。爺、何か良い方法はないものか?………」

 「…そうじゃのう」

 考え込むアカバナム。

 だが、都合よく妙案が浮かぶ訳もない。

 だが。

 「いるさ! ここに一人な!」

 「誰!?」

 「何者じゃ!」

 「俺の名はリュウ・ノウギク! ホーリーズ・クランの連中と組んだ奴隷商人に、妹を攫われた狩人だ! お前たち二人の噂は聞いていた! 攫われた者たちを救うために動いている侍がいるってな!」」

 「「! では!」」

 二重奏的にそう叫ぶ、アルスとアカバナム。

 「ああ! 国境山脈の道案内は任せろ! 俺も味方になる人間を探していた! 俺一人でも奴隷商の後は追える。しかしだ、人数がいなければ、奴等から妹は救い出せん!」

 この様にして、侍二人の仲間になった狩人、リュウ・ノウギク…彼もまた、攫われた妹の身を取り戻すためにトーリンに赴こうとしていた…を加えた三人は、厳しい旅路の末、トーリンへとやって来たのだった。

 「よし、獣道はここまでだ。もう少し行けば、廃村が見えてくる。その先に、奴等の目的地である収容所がある」

 「まずは、そこに一泊して、情報収集ですね。どう攻めるか。或いは、どう忍び込むか考えるのは、その後ですね」

 「そうじゃな。急いては事を仕損じる。攫われた娘子等には悪いが、まずは、急速じゃ」

 「ふう、正直、山越えは俺も堪えた。その案に賛成だ」

 先頭のリュウの言葉に、若侍と老侍は肯き合い、共に廃村へと三人は向かって行った。




 「しっ、止まれ! 隠れろ!」

 森を行く三人の先頭を歩く、狩人のリュウが鋭く低い声で叫ぶ。

 その声に従い、三人は繁みの中へと飛び込んだ。

 「土塁………あんな大規模なものは見ていない。何か変だ………これは、人外の気配を感じるぞ」

 眼前に広がる光景に、リュウが呻くように言った。アルスも、アカバナムも聞いていた話の内容との差に、目を瞬かせていた。
 こんな大規模な土塁が村を囲っているなんて、一切聞いてはいなかった。

 「爺、リュウ殿。あの土塁、人力ならば、どれくらいの日数で完成するものなのですか?」

 「ううむ。我が国なら半年は時間が必要ですな」

 「俺がここを訪れたのは四カ月前だ。その時は誰も住んではいなかった。ここは、自由民でも住み着くのは避ける場所だ。入植した移住民は、何度も逃げ出している」

 「つまり………」

 「…ああ。ホーリーズ・クランの連中が新たな拠点にするなら、ここ一帯に見回りの兵が巡回しているはずだ」

 「そんな人影、気配もまったくなかった」

 「…乗っ取られたか。これはアレ以外考えられませんの」

 そう言ったアカバナムにつられ、アルスとリュウが額に脂汗を滲ませた。

 三人、渋い表情で顔を突き合わせる。

 「「「マンイーター」」」

 そう言った互いの声に、戦慄する三人であった。
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