上 下
23 / 45

 第二十三話 入植初日、精霊術教導。

しおりを挟む
 
 その日の午後。

 太陽が南中を過ぎて、日の入りへと向かって三時間程の時間帯のこと。

 ストライダーたちが廃村の家屋内部を見回ると、一匹の蝙蝠も巣食ってはいなかった。

 それ自体は、とても喜ばしいことである。

 しかし、その代わりに屋内には大量の蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 その事実を受け、家屋担当の幼女たちの初仕事は、棒や木の枝でそれらを取り払うことと、家屋内部の掃除が主な作業となった。

 「けほっ! けほっ! みなさん、埃に気をつけて下さいましっ!」

 マリティアが家屋内の掃除を率先して開始し、モモやニコ、ニオ、コーラルという幼女が、井戸水を汲んできて、その後に続いた。
 蜘蛛の巣を取り終わったら、埃を落とし、拭き掃除を繰り返さないといけないだろう。

 その頃、野外ではスズ、ケイト、リチアの仲良し三人組が、家畜小屋へと装甲牛四頭を連れて行き、穀物の餌を食べさせ、午前中からの働きを労っていた。
 これから家畜の牛たちは、牛車を引く代わりに、畑を耕したり、収穫した作物を運ぶことが主な仕事になることだろう。
 仲良し三人組は、その世話役を言い渡されたのだ。

 そして残りの幼女、スノ、カナという二人組は、牛車にあった食料で夕食の準備を始めた。
 そのため、建物脇のかまどへと屋台と調理道具を待っていき、慣れない調理を開始した。

 料理のレシピはストライダーがこちら側の世界の言葉で記したノートがあり、二人はそれを読みながら、たどたどしく調理を続けた。
 
 人間含む動物は、働いたらそれなりの食事を取って休息しなければならない。そのため、料理番の二人もまた、重要な役割に振り分けられたのだった。

 一方、リューコとノアを従えたストライダーIKUMIはというと、なぜかアマナを伴い、四人で畑の外周部へとやって来ていた。

 「アマナ、水の精霊の気配を感じるか?」

 「は…い」

 そう言って、アマナは足元の地面を刺した。

 すると、ストライダーはうむと肯き、そんなアマナの頭に軽く手を置いて撫で始めた。
 その行為を受けて、アマナが恥ずかしそうに俯く。
 なぜか、その二人の様子を眺めていたリューコ、ノアも頬を染めた。

 そして、アマナの頭を撫で終えたストライダーが説明を始める。

 「良く理解できたな。この下には、国境沿いの山脈から流れ出た水の通り道がある。岩盤の底の流れが、近くの川へと合流する支流の一つだ。俺はこの流れを壊さないように、土塁を気付いて堀も整備しないとならない。これからお前たち三人には、その協力をして貰う」

 「!? あの、アマナだけでなく、私とノアちゃんもなんですか!」

 「ふうん…ストライダーさま、どういう訳か教えてくださいますか?」

 予想外のIKUMIの言葉に、驚いたリューコとノアが説明を求める。残ったアマナも二人の意見に肯き、説明を求め、未来の夫と慕うストライダーを見上げた。

 そんな渦中のストライダーといえば、幼女三人からの疑問を予想していたのか、動揺する素振りもない。こうなることが解っていたようだ。
 そして、これから何をして、何を説明しなければならないのかも、すでに考えていた模様である。

 「どうやらリューコとノアは気付いていないようだが、二人はアマナ同様に精霊術師の素質が高い。根拠は今教えてやる」

 では説明してやろうと、ストライダーがリューコの薄桃色の髪、続いてノアの紅の隻眼を指差した。

 「その髪色と瞳の色が根拠だ」

 「髪…?」

 「僕の隻眼の色?」

 「そうだ。お前たちは知らないことかもしれないが、精霊の力の薄い地域の住民や動物は、この辺りの生き物とまったく違う姿をしている」

 そう語ったことを始めとして、この世の理の説明をするストライダーだった。

 曰く、この世の精霊力の薄い地域には、お前たちのように精霊の加護を受けずに、カラフルな髪や瞳を持たず、修業したとしても、まったく精霊術が使用できない人間もいる。また、人以外の生物でも、精霊の加護がなく、身体に装甲を持たない牛や猪、狼、角を持たない兎や鳥なども存在する。

 曰く、精霊の力を一切使用しない文明社会も世界には存在している。その住人たちは、太陽光や地熱。水の流れや石油の火力を大規模に扱い、主に電気という力を操って文明を維持している。

 等々、ストライダーは三人の幼女に言って聞かせたのである。

 その上で、IKUMIは本題を三人に伝えた。

 つまり、これまで説明した事例とは真逆に、リューコ、ノア、そしてアマナは、精霊の加護を強く受けている。それは、精霊術を巧みに利用し、精霊文明とも言うべき様々な御業を、この世に顕現させる資質を持っているということだと。 

 「リューコは木…いや、厳密に言うと花の精霊の加護を受けているな。それにノアは火の精霊の加護だ。その加護を基に精霊とコンタクトが取れたなら、アマナが水の精霊とコンタクトできるように、二人も、それぞれの精霊と仲良くなることが可能なはずだ」

 「…私が、精霊術師になる…資質がある!」

 「………もっと小さい時、いろんな精霊術を使えるようになりたいって考えてた…でも、本当になれるかもしれないって、今始めて知った!」

 説明を聞き終えたリューコとノアは、今まで思いも寄らなかった未来を示され、頬を上気させた。
 
 すぐ側でストライダー、リューコ、ノアの会話を聞いていたアマナも、二人が自分と同じ未来の可能性を持っていると知り、嬉しく思うのだった。 

 「あれ? その事と、IKUMIさんが土塁を築いたりする事と、私たちにどんな関係があるの?」

 と、そこでリューコがあることに気付いた。

 自分はIKUMIにどんな協力をすれば良いのか? その協力と、自分に精霊術の資質があることに何の関係があるのかと?

 「そういえばそうだね。精霊術の資質を持つ者が集まると、力が強くなる?」

 「そこに気付くとはリューコとノアは頭が良いな」

 そう言って、IKUMIはその頭を撫でる。その掌の下、リューコは嬉しそうに頬を染めた。そして、リューコを撫で終えると、今度はノアの頭を撫で始めるIKUMIである。

 (え!? 僕も!)

 最初は吃驚したが、その行為を受け入れるノア。

 (………リューコちゃんたちには悪いけど、いずれ僕も、誰かのお嫁さんになって、あっ、赤ちゃんを産まなくちゃいけないんだよね………それはストライダーさま………IKUMIさんでもいいかも………うふふっ、あまり悪い気はしないな!♪)

 この世界において、異性の頭を撫でることは求婚を意味する行為である。困ったことに、IKUMIにその自覚があまりなく、ちょっとしたスキンシップとしか思っていない。

 しかし、ノア始めリューコ、アマナも、これはそういう事だとガッツリ認識していた。

 IKUMIがノアの頭を撫で出したことに、最初はノア本人も、リューコ、アマナも驚いたが、ある意味納得した。

 なぜならストライダーIKUMIは、この村に居る幼女たち全員を奴隷身分から救った、彼女たちにとっての恩人である。
 彼が自分を妻へと望むのなら、拒否する理由は私たちにはないのではないか。みんなでお嫁さんになっても良いのかもしれない。

 IKUMIがノアの頭を撫で出した当初、リューコとアマナは「自分たちとマリティアがいるのに、もう四人目なの」とちょっと嫉妬した。
 しかし、ノアのかなり嬉しそうな表情を見て「…まあ、仕方ないかもね。私がもしノアの立場だったら拒否しないもの」と思ったのだった。


 まあ、幼女たちの勘違いなんですけどね。


 さて、そんなこんなでノアの頭を撫で終えたストライダーが、三人へと向き直る。

 「それでは、三人とも、並んで手を繋いでくれ。順番はノア、リューコ、アマナ、俺だ。それで大地を操る術を使う」

 「…あの、この順番に意味はありますか?」

 「術を使う時、属性には相生と相克という概念がある。ノアの火属性と木属性は相性は良いが、俺とアマナの水属性との愛称は良くない。ただ、俺は水の他に地属性でもある。そちらは火と相性が良いのだが、今回使用するのは水と関係する地、水の術なので、こういった順番になる」

 「つまり、水の術を使う時に火属性は邪魔になっちゃう?」

 「いや、一概にそうとは言えない。わざと属性を反発させて、術を荒々しくしたり、逆に弱々しくもできる。また、複数の属性を同時に使って、力場を安定させることに利用もできるな」

 「じゃあ、どうしてです?」

 精霊術式には素人であるリューコが、そう素直な意見を述べた。

 「素直な意見だ。今回は、そんな素直さのある属性術法を、お前たちに体験させる目的がある。最初から色々と詰め込むのには無理がある。まずはこれからだ。アマナもそれが適切だと思うだろう?」

 「!…はっ、…い…」

 精霊術に関しては、リュ-コ、ノアより一日の長のあるアマナにそう言って、IKUMIは同意を求めた。実際、アマナもその通りだと思ったので、素直に同意するのだった。

 「そっか!」

 「なるほど。じゃあ、手を繋ごう!」

 「うん!」

 アマナの同意を聞き納得する二人。早速、互いの手を差し出し、四人は横一列になって手を繋いだ。
 
 「では始める。まずは外部から水と地の精霊の力を、身体の中に導くイメージをしてくれ。これが精霊術の基礎、その初歩の初歩だ。リューコ、ノア、初心者はどうしても自分と関係のある精霊に気が行ってしまうが、意識して水と地の精霊と結びつくことを、第一に念じてくれ」

 「はい」

 「はい」

 「次に、握手する隣の者と、力を分け与えるイメージだ。目を瞑って集中しろ」

 「…」

 「…」

 「…」

 無言でIKUMIの言う通りにするリューコとノア。それに続くアマナ。

 (さて、そろそろか) 

 最後に、IKUMIも事前準備の瞑想に集中し、術発動のタイミングを探るのだった。
 
 
しおりを挟む

処理中です...