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 第二十一話 それぞれの出自。

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 道中、最初の休憩時間も残り少なくなった頃、リューコ、ノア、アマナの会話はまだ続いていた。その話題といえば、アマナの出身地のことと、どの様にして売国組織に誘拐されたかである。

 ストライダーによって奴隷身分から救われるその前に、幼女たちはそれぞれの事情によって、別々の辛い経験をしていた。

 リューコたち三人は、すでにそれらを互いに打ち明け合い、それぞれの辛い経験を乗り越えようとしていた。
 未来に目を向けて生きていくための、幼女三人による一種の儀式セレモニーであると言えた。
 すでにリューコとノアはそのことを打ち明け、最後にアマナが攫われた時の状況を打ち明けるターンになっている。

 「それじゃあ、アマナは水の精霊術の練習中に、あの人攫いたちに捕まったってこと?」

 「…そ…う」

 たどたどしい言葉遣いで、ノアの確認に対して肯定をするアマナ。
 アマナは原因不明の言語障害によって、スラスラと言葉を喋れない。リューコとノアは、そんなアマナの説明を忍耐強く聞き続け、言いたいことを纏めて聞き直し、その内容を理解していった。

 そんな一連の説明内容を纏めると、以下のようになる。

 ①アマナと同年代の子たちは、水の精霊を操る練習をするため、故郷近くの湖の畔に来ていた。

 ②アマナ自身は、言葉をきちんと話せる故郷の仲間たちとは、少し離れて練習していた。

 その理由は、自分は水の精霊と精神集中してコンタクトすることはできるが、それが精一杯だから。呪文詠唱がうまくできない自分は、仲間同士で連携した術に参加できない。一緒にいると他の子たちの練習の邪魔になってしまう。

 ③一人離れた場所で、湖から水の柱を天に伸ばす術(せいぜい自分の膝の高さ程度)を使用していたが、それがいけなかった。

 ④いつの間にか多数の黒ずくめの男たちに周辺を囲まれていた。

 ⑤団体行動を取っていた仲間たちは、水を強かに浴びせる攻撃で男たちを寄せ付けず何とか逃げおおせた。

 ⑥しかし、未熟な自分はそのまま捕らえられ、実質、見捨てられる形で連れ去られた。

 ⑦自分はショウブ一族の旧い家系の出身だが、そのことが返って禍し、未熟な者を救い出すために人を出すことが出来なかったのかもしれない。

 「そう…大変だったね、アマナ」

 話を聞き終えたリューコが、そう言ってアマナをそっと抱きしめた。
 リューコとアマナは、トーリンの収容所に捕らわれて以来、似た境遇同士でえにしを繋いだ仲である。
 こうやって互いを抱きしめ合い、辛い日々を耐えて来たのであった。

 「…」

 そんなリューコとアマナを見詰めるノアは、二人の気が済むまで、その行為を無言で見守ることにした。その邪魔をしない程度には、ノアは空気を読める子であった。

 (あれ?)

 そこでノアは、あることに気付いて、そちらへと双眸を向ける。

 そこには、様子見を兼ねて「もう休憩も終わりだ」と、三人に声を掛けにきたストライダーが居た。
 どうやらストライダーIKUMIは、いま少しの間、リューコとアマナの慰め合いが終わるまで待つ気のようだ。

 ノアは口の前に人差し指を立てて、「もう少し黙っていてね」とウインクした。IKUMIは無言で肯き、そんなノアのお願いにしたがった。


 ◇ ◇ ◇


 「では正午まで進み続けるぞ。出発する!」

 「はいですの! みなさん、日が高くなってきましたから、日陰を作って倒れないようにしてください!」

 ストライダーの声にマリティアが応え、共に進む幼女たちに熱中症に気をつけるように促した。
 そして、自らが乗り込んだ牛車を引く、二頭の装甲牛(背中のロングホーンは切り落としてある)へと、御者台から鞭を揮ったのだった。

 「ンムォー!」

 「モォー!」

 休憩時間に十分道端の草を食んでいた装甲牛は、一声啼くとゆっくりと歩き出した。後方の一台もそれに続く。
 この時間帯は、リューコ、マリティア、アマナ、モモ、ノアの五人は牛車に乗り込んでの移動となった。
 早朝からの三時間は、先導役のストライダーの後ろに付き、徒歩で牛車周辺の監視役をしていた五人であったが、余計な疲労をため込まないように車上の人となっていた。
 そして、後方の車両に居る者たち同様、余り布をターバンのように頭に巻いて、日除けにした。
 これは先日、ストライダーとSANSAIが倒した奴隷商の仲間のガードたちから剥ぎ取った衣服やマントの成れの果てである。
 IKUMIが使い勝手の良いように、タオルサイズに切り分けて、水の精霊術を使用してよく洗った品だった。
 辺境の地にあっては、敵の使っていた品であったとしても、こうして工夫して使うものなのだ。物質で満ち満ちた地球との違いの一つである。

 さて、この頃になると、昨日まで奴隷の身分であった幼女たちも余裕が出てきたのか、それぞれの出自や、自分の好きなことや普段やっていたことなど、親し気に話し合うようになっていた。
 新たに周辺の監視役になって、徒歩で牛車の周辺を歩いている者たちも、互いに近付いてお喋りを始めていた。

 有名無実化した周辺の監視役。

 そのことに気付いたマリティアが苦情を入れようとしたが、ストライダーがそれを止めた。「好きにさせてやれ。監視役は自分が勤める」と、幼女たちに好きに話し合う時間を与えたのだ。

 そう言われては、空気を読んでマリティアも言葉を飲み込む。

 それからの正午まで、一行の旅は何事もなく過ぎ去り、お昼の食事時となった。
 
 ただ、マリティア含め十三人の幼女たちは、その間の時間を無駄にはしなかった。ストライダーが作ってくれた時間を利用し、十分お互いのことを話し合ったのだった。

 実際、ストライダーの思惑通り、女の子らしく姦しい話題で盛り上がろうとすればできた。それは幸せな時間となったことだろう。

 しかし、マリティアたちの置かれた状況は苛酷だ。これから自分たちは、どうやって生きていくべきかを話し合うべきだと思ったのだ。
 何もかもストライダーに頼っている訳にはいかないのだ。
 
 そのため、敢えて地球の子たちで例えるなら「大会に向かう選抜レギュラーたち」のような、ちょっとピリピリ張り詰めた雰囲気での会話をしていたと言える。

 それはお昼の携帯食を取る間、そして目的地付近に到着するまでの、小一時間もの間続いた。

 (仕方のない幼女たちだ。もう少し子供らしい方が可愛げもあると言うのに)

 その間のストライダーは、もう少し「幼女らしくしていても良いのに」と考えたのだが、空気を読んで黙り込み、幼女たちが真剣な会話をするのに任せた。

 そして、幼女たちが話し合っている間に時は過ぎ、踏破すべき距離は縮んでいった。

 「あっ、見て!」

 牛車の座席から、リューコが前を指差して叫ぶ。

 並木道を抜けると前方の景色が開け、そこには耕された畑とその先に建物が見て取れた。 

 「畑が見えた…よ? 何でかな? ずいぶんと周りの畑が整備されているみたいだけど………?」

 「そうだねリューコちゃん、僕の片方だけの目でも、ずいぶんと畑が耕されているように見えるけど?」

 「そうですの。私にもそう見えますの…? 廃村って聞いていましたが???」

 「はい。私の記憶でもそうだったと思います。ストライダーさまに聞いてみます?」

 廃村周辺の光景が想像していたものとは違い、ちょっと訝しむ幼女たちである。

 「…いいえ、前に歩くあの方は、ぜんぜん驚いているようには見えませんの。何か異変があれば、私たちに気をつけろと警告してくれるはずです」

 周辺の光景を訝しむマリティアであったが、全面的にストライダーを信頼しているため、余計な真似はしないのであった。
 正直、IKUMIに「先行した仲間が農地を耕している」とは聞いていたが、半径二キロ四方は畑として耕されているとは思わなかった。これは流石に広すぎると思う。 

 「…わ…た…し…だ…じょ…ぶ…おも…う」

 しかし、そこでアマナが自分の意見を述べてきた。水の精霊と僅かながらアクセスできる彼女は、邪悪なものに敏感だ。これと言って邪悪な気配を感じないアマナは、マリティアの意見に同意し、ストライダーの任せておけば大丈夫だと判断したのだ。
 その様子を見て、リューコも腹を決め、相好を崩す。

 「そうだねアマナちゃん、IKUMIさんを信じよう!」

 「うん。リューコちゃんたちがそう言うのなら、僕に異存はないよ」

 「わっ、私もです」

 そう、ノアとモモも、場の空気を読んで同意した。

 彼女たちはそのように語り合った結果、このまま状況を静観することとした。みんな「ストライダーIKUMIは自分たちに不利になる真似はしないと」信じたのだった。 

 その後、運が良かったのか、ストライダーと幼女一行を襲う不届き者も現れず、約八時間、その日の三分の一に及ぶ、彼と彼女たちの旅は終わりを告げた。


 「到着だ。みんな荷物を家屋に運び込む準備をしておいてくれ。俺は、こちらに先行して貰った友人に会って礼を言ってくる」

 「友人、さん?」

 「ああ。マリティアやモモに伝えた男だ。リューコ、君をマリティアとアマナと一緒に、俺の許に連れてきた男と言えば、心当たりがあるだろう?」

 「もしかして…TURUGIさん?」

 「そうだ。周辺の畑を耕したのもあいつだ。では、俺は行く。少し、SANSAIと一緒にここで待て」

 ストライダーはそう言い残すと、引いていた屋台を残して廃村の中へと入っていった。

 リューコたち幼女一行は、しばらくの間SANSAIを護衛として、廃村の入口で待つこととなった。

 
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