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 第十四話 深夜の強襲、前編。

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 バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!

 !? !? !? !? !? !? !? !? !? !?

 「何だっ!」

 「敵襲か!」

 「武器を取れ!」

 「物陰に入れ!」

 「いや、門の中に入って防御を固めろ!」

 暗闇に爆竹の破裂音が連続で響いた。もちろん敵を驚かして、任意の方向へと意識を向けさせる仕掛けである。

 突然の破裂音は、襲撃など有り得ないだろうと、高を括っていた者たちに効果絶大だった。

 彼等は慌てて立ち上がり、門の脇にある焚火の許から、廃村を囲う塀の中に移動しようと走る。

 しかし、門へと一斉に移動することは、狙撃をする側にすれば良い的である。

 標的が自ら射撃予定のポイントへと飛び込んでくるのだから。

 標的がどう動くか予想できるのなら、経験のない素人でも標的を簡単に射抜ける。ましてや訓練を受けた玄人ならば、高威力の射撃武器の性能を充分に発揮できる。

 そんな訓練済みの女忍者たちは、十丁もの高威力の連装クロスボウを北門へと向けていた。

 (撃て!)

 シュッ!

 女忍者たちの副官スグリが無言で腕を振った。連装クロスボウ発射の合図である。

 カチッ!×10

 引かれる引金。連装クロスボウに番えられた矢弾が、一斉に解き放たれた。 

 シャシャシャシャアッ! 

 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 蔓打ちの鋭い音と共に、豪雨のように矢弾が密集した男たちに降り注ぎでいった。明らかにオーバーキルと言える光景が、門の入口付近に突然出現した。
 
 大気を切り裂いた三十本もの矢が、北門入り口に殺到した五人の男たちの身体を串刺しにしたのだ。
 当然、生き残れた幸運な者など存在しない。
 いや、一瞬で息絶えた彼等こそ幸運だったのかもしれない。
 多数の矢に串刺しにされたまま生きていたら、地獄の責め苦を受けるに等しい。

 防御のために強化していた塀と門が、逆に護衛たちの行動を縛ることとなり、敵である女忍者たちの攻撃をより強力にしてしまったのだ。

 この組織側の者たちにとって悪夢のような光景は、彼ら自らが招いてしまった結果であった。

 「ひっ」

 (やっ、やばい!) 

 塀と一体の足場に据え付けられていたクロスボウの射手役は、足場の上からその光景を見て短く悲鳴を上げた。
 あの矢の数は尋常の数ではない。多数の射者が自分たちを狙っているのだと気付いたのだ。
 慌ててその場から逃げ出そうと、振り返って飛び降りようとする射手役。

 シャシャシャッ!

 ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 「…っ」

 (どう…し…て) 

 ドザッ!

 しかし、それを許すスグリたちではない。案の定、背に矢の三連撃を受けた射手役の男は絶命し、塀の内側へと落下した。

 その焚火に照らされる光景を見て、北門内部のに残存する男たちも息を呑む。

 「もっ、門を閉めろ! 早く!」

 その一人が叫ぶ。

 しかし、その一人を含めた残りの全員が、狙撃の的になるのではと、門を閉める仕掛けの許に行こうとしなかった。


 「…馬鹿」 

 その様子を監視していた女忍者の一人が呟く。

 「残りは少ない。あの馬鹿共を片付けるよ!」

 好機到来と見たリーダー格の女忍者が、隠れていた木陰から姿を現して駆け出す。無言で他の者たちが同様に続いた。

 多数の人員を失い、防備が手薄になった廃村の北門に、前衛、突撃役を兼ねた女忍者たちが殺到していく。

 彼女たちが手に持つ得物は、強化仗や分銅付きの投げ縄といった、近距離集団戦闘に威力を発揮する品だった。

 仗は汎用性に優れ、野外なら長く持って振り回すことが出来て、屋内なら短く持って使える武器だ。刃物のように刃が壁や柱に刺さってしまい、抜けなくなるなんて事態は起き様がない。
 地球の物の本によれば、突けば槍、払えば長刀、持てば太刀と称されるマルチ武器は伊達ではないのだ。

 そして、分銅付き投げ縄もまた別の意味で強力だ。野外で振り回せば牽制として使え、相手に絡み付けて動きを止めることも出来る。また、屋内でも独特の使用方法がある。投げ付けて手足に巻き付け、敵を有利な場所へと引きずり出すなどの戦法だ。
 そうして連携する味方に攻撃して貰うのである。

 シャアアアッ!

 ドッ! ドッ! ドッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 再び連装クロスボウの矢弾が、北門の大地、石と土で作られた塀へと突き刺さる。敵を牽制する援護射撃だ。

 そんな援護を受けて、女忍者の前衛兼突撃班が、北門の内側へと飛び込んでいく。

 「くっ、引け! いや、引くな!」

 混乱した組織側の北門リーダーが混乱した指示を出す。彼は何とか北門を守ろうとしていたが、すでに腰が引けていた。

 「…無様」

 その隙を見逃さず、女忍者たちは残りの護衛役たちに打ち掛かっていく。この時点で北門部分の勝敗は決していた。
 程なく北門の制圧は完了するだろう。


 ワー! ワー!

 ゴウッ!


 北門に攻め込んだ前衛兼突撃班が、狙撃犯と連携して残敵の掃討を済ませていた頃。反対側の南門からも戦闘の雄叫びが聴こえ始め、火炎瓶攻撃による業火の輝きが目撃できた。
 別動隊が多数の敵を引き寄せるために、敢えて使用した火炎攻撃によって、敵の多くはそちらに向かって行った様子だ。

 「まっ、待て! こっ、殺さっ」

 キィン! ボカッ!

 「…がっ…」 

 ドサッ…ドオッ。

 「!…南門も始まったわね。よく敵を引き付けてくれた。私たちはこのまま、村の中央部にある収容所に向かうわよ!」

 最後に残った北門防衛のリーダーを撲殺した女忍者、前衛兼突撃班のリーダーのミキが支持を出す。そして、狙撃班に当初の予定通り、小数を狙撃ポイントに残して、南門の増援に向かえと合図を送る。

 南門を敵味方が集まる主戦場として、自分たちは目的の者たち…すなわち誘拐された幼女たちの捕らわれた、廃村中央の収容所に救出に赴くのである。


 ◇ ◇ ◇


 「ウオオオオッ!」

 ブンッ、ガッ!

 サッとKAGAMIが後方に跳び、南門の外へと釣り出した男の一撃を躱す。

 ヒュッ、ガシャンッ! ゴオッ!

 そして、男が振った大剣の切先が大地へと打ち付けられた瞬間、がら空きとなった上半身に、闇夜から火炎瓶が飛来し、当たって砕けた。
 当然、飛び散った燃焼促進剤へと炎が引火する!

 ゴウォッ!

 「うっ? ああああああっ!!!」

 ガランッ。

 ガチャッ!

 バッ! バッ! バッ! バッ! 

 引火した髪が燃え上がり、頭部から炎を上げる男。たまらず大剣を投げ捨てて大地に寝転がり、必至に土を被って消化しようと努める。

 ス…カンッ! 

 KAGAMIといえば、冷静に燃える男を醒めた双眸で見詰めていた。投げ捨てられた大剣へと近付いて蹴飛ばすと、四本貫手強化のために、内錬気法で指先を強化する。

 シュッ、ズンッ!

 次の瞬間、KAGAMIの鋭い踏み込みと共に放たれた貫手が、燃え上がる男の首を貫いていた。首を刎ね飛ばすクリティカルヒット染みた一撃である。
 
 ドサッ。

 絶命した男の死体が動かなくなって、完全に大地に崩れ落ちた。だが残り火は、男の生死にかかわらずその肉体を焼いていく。
 人間の肉を焼く匂いが周辺に充満し、その匂いを大気の流れが南門へと運んでいく。

 ゴクリッ。

 多数の火炎瓶を投げつけられ、燃焼促進剤が燃え盛る南門。その付近で戦う準備をしていた男たちが一斉に息を呑む。
 なぜなら、KAGAMIによって先程倒された男こそが、南門の最大戦力だったからだ。

 それ故に、南門付近に残った男たちは気付いてしまった。

 自分たちは圧倒的不利な状況に置かれているのだと。

 手練れ中の手練れが相手側に居た。拙い。このままでは、そんな化け物と戦うことになってしまうのだと。

 これは何とか交渉して逃げ出す以外、生き残る手段は残されていない。

 そんな状況に追い込まれていたのだと。 

 「こっ…」

 手練れ揃いであった南門警備の男たちは、ここで降伏するべきと直感的に判断し、男のリーダー格が交渉に乗り出そうと、言葉を発した。

 「おい! 無事か!!!」

 だが、ここでもっと悪い状況にする者たちが来てしまった。廃村の奥から援軍が来てしまったのだ。 

 「どうした、何があった!」

 「敵の手勢の規模は?」

 「狙撃だ! 発射台に行け!」

 「おおっ、何者だが知らんが、俺たちの所に来たことを後悔させてやる!」

 「ヒヒヒッ!」

 廃村の奥から、南門へとやって来た増援は、降伏の交渉をしたい手練れたちにとっては、悪夢であった。

 何も知らない増援たちは、戦う気満々だったのである。

 増援にやって来た男たちは、元々、血の気が多い粗野な者が多いグループだった。そのため、相手との実力差も理解しようともせず、最後まで戦う心算なのだろう。
 自分たちが勝てない相手に出会う可能性や、戦って負けるなどとは、まったく想像もしていない様子だった。

 ヤバイ!

 極めてヤバイ!

 手練れたちは焦った。

 これでは「せめて自分たちだけは逃がしてくれ」と、女忍者たちに降伏の提案も出来やしない!

 南門に当初からいた手練れの男たちにとって、素手の貫手の一撃で、燃える男に止めを刺したKAGAMIの存在は衝撃だった。
 当然、そんなことが可能な化け物と、一戦交えるなど毛頭考えられない。

 その戦力差は、増援が数人やって来た程度では覆らない。

 そう理解できた。

 冗談じゃない!

 そんな、勝率0パーセントの相手などと戦えるか! 

 手練れの男の一人が決心した。

 「チクショウ! 俺たちは逃げるぞ! 頼む! 見逃してくれ!」

 カランッ! ダッ!

 「俺もだ! 攻撃しないでくれ!」
 
 「武器を捨てる!」

 カランッ! カランッ!

 ダッ! ダッ!

 元々、南門を守っていた一人が剣を捨てて東へと走り出した。仲間たちもそれに続く。

 「何?! 裏切るのか!?」

 「見逃してくれ!」

 「もうここには戻らん! だから!」

 「持っている金目の物は置いて行く!」

 「貴様等~」

 「待てっ!」

 「戻れ!」

 「戦え! 戻って戦えよ!」

 南門から去っていく者たちの悲鳴、残った者たちの怒号が入り乱れ、一気に騒然となる戦場。

 「…」

 無言のKAGAMIといえば、敢えて逃げる男たちを追い掛けずに見逃した。そして、南門に残った者たちへと向き合う。
 その男たちを見詰める双眸は、先程と変わらずに冷酷無比であった。
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