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 第十話 幼女たちは大泣きする。

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 「私は、北方諸国連合の貴族、マリティア・アルメニアですの! みなさんの身柄の安全は保障しますの。ですから私たちと一緒に、このストライダーさまについて来てください! 必ず私たちは故郷に帰れます!」

 そこは国家と国家を隔てる国境沿いにある街道の外れ。この日、その場所で、その様に、奴隷だった幼女たちを前にして演説している幼女がいた。
 
 彼女の名前は、マリティア・アルメリア。自分で名乗った通り、北方諸国連合の貴族の娘である。

 しかし、彼女は数奇な運命に巻き込まれ、このトーリンという異国の地に生きていた。今現在、こんな国境沿いの街道の外れで演説している理由もそのためであった。

 彼女は、自国を売り飛ばそうとする売国組織によって誘拐、奴隷にされていた身であった。しかし、先頃、演説に出たストライダーIKUMIという男性によって、その境遇から救い出されたのであった。

 その縁あって、彼女は今現在「俺が手枷足枷を外している間、とにかく話しかけて安心させてやれ」と依頼され、幼女たちとのコミュニケーション役を務めているところである。

 ストライダーは、件のマリティア含め三人の幼女を救った後、新たに十人の幼女を奴隷の身分から救っていた。
 
 いまだ手枷足枷で拘束されたままである、そんな十人の幼女たちもまた、全員がマリティア同様に北方諸国連合出身だった。
 そこで、北方の貴族出身であるマリティアが、この十人の幼女たちを安心させる役目を、ストライダーから仰せつかったのである。

 マリティアは、そんな依頼をされ、一生懸命に演説していた。

 恩人の頼みを無碍にはできないと、健気に、精一杯頑張っていた。

 一方、演説を聞かされる側の幼女たちと言えば、詰め込まれていた奴隷車内部からIKUMIにより救出されたままの姿である。
 幼女らは、ピッキングによって手枷足枷を外そうするIKUMIの側に集められ、マリティアによる演説に耳を傾ける一方、枷から自由になる時を待っていた。

 しかし、いまだ自由を得ていない幼女たちは、何処か現実感に夢の世界を漂っている表情であった。

 むしろ、拘束されていない側のマリティア自身が、故郷のことを口に出したことで、感極まって泣き出しそうになっていた。何とも皮肉な御愛敬であった。

 「これから私たちは、ストライダーさまが解放した廃村へと向かいます。今、そこには狼に襲われて誰もいません。そこが無事な場所だと知っているのは私たちだけなのです。ですから、私たちを苛める人はやって来ません。来たとしても、ストライダーさまが先程倒した奴隷商のように、やっつけて追い返してくれます…」

 涙目で、そう言葉を続けるマリティア。涙を落とすまいと、リ・コリンの死体が残っていた場所をちらりと見る。
 SANSAIという歩く吸血植物が、先程までリ・コリンという奴隷商人の死体を掃除していた場所だ。見れば、もう流れ出していた血液はほとんど吸血植物に吸い取られ、残りも大地へと吸い込まれていた。

 「…だから安心してください。私たちはそこで装備を整えて、後ほど故郷の北方諸国へと戻る旅に出るのです。ですから、泣いたりしないで、秩序を守って一緒に行動しましょう!」

 死体があった場所から視線を戻したマリティア。意識が逸れたことで涙は引き、もうなく心配はなくなっていた。

 「…」×10

 「そ、それでは、IKUMIさんが枷を外してから、もう一度、話しましょう。では、また!」

 演説はそれで終了。そうしてマリティアは、壇上とにして使用した奴隷車から降り、共に奴隷の身分からストライダーによって救われた、リューコとアマナという幼女の許へと戻っていった。

 「御苦労様、マリティア!」

 「す…く、じょ…ずだ…よ」

 そこで良く演説できたねと、マリティアを迎えるリューコとアマナの二人。

 「ええ…」
 
 労いの言葉に、ちょっと自信なさげに答えるマリティア。演説の手ごたえがあまり…いや、ほとんどなかったのだ。
 戦乱で出陣した父親の真似をして演説してみたのだが、十人の幼女たちにはあまり効果がなかったようなのだ。
 それがマリティアの見立てであり、浮かぬ表情の理由であった。

 「仕方ないよ。さっきまでみんな、哀しい目にあっていたんだもの」

 「し…た…い…マリ…ア、わる…ない」

 「ありがとう…」

 リューコ、アマナの慰めに、表情を曇らせ、そう言葉少なに答えるマリティアだった。

 残念だが、マリティアたちが心配する通りに、まだ開放された実感がない十人は、マリティアの演説には無感動であり、無言だった。

 そう。状況の変化が激動すぎて、十人の幼女たちにマリティアの言葉に耳を傾ける余裕は皆無だったのだ。まだ思考が追い付かずに、そんな先のことを考えられる精神状況ではなかった。

 それには、ここまでの話の都合が良すぎたことが影響していた。

 (私たち、奴隷から解放して貰えるみたいだけど、どこか夢を見ているみたい) 

 (まるでご都合主義の極致よね。何で私たちはここに居るの?)

 (思えば、ここまで酷い話だった) 

 (戦乱に巻き込まれる故郷)

 (どさくさに紛れて現れた人攫い。誘拐される私や、他の子たち)

 (奴隷の身分に堕とされる私。攫われた他の子たちも一緒)

 (酷い人たちによって、私たちは勝手に商品にされるて、故郷から他国に連れ出される)

 (連れていかれたのはホーリーズ・クラン。トーリンの収容所にへと強制的に出荷される)

 (トーリンの収容所到着直前、奴隷商たちが装甲猪に襲われて、乗せられていた奴隷車がルートから外れる)

 (その後に差し伸べられる力強い腕。ストライダーを名乗る男が、怪物と共に現れる)

 (何もできない私たちを救うため、戦ってくれるストライダー。奴隷商人たちを次々に倒して、難なく私たちを救い出してくれた)

 (そうして、奴隷車から降ろされ、枷を外すために集められる)

 (その後に現れた三人の幼女。彼女たちもストライダーを名乗る男に助けられたという)

 (そして、貴族の娘を名乗る子が、いずれは故郷に帰れるとの演説を開始する)

 (何よこれ?) 

 (まるで奴隷にされた悲劇のヒロインたちが救われる、そんな都合の良い英雄譚的みたい)

 そのように十人の幼女たちは、まだ自分が夢の世界を漂っている感覚であった。これが現実なのか、はたまた都合の良い夢であるのか、まだ判断ができない状況なのであった。

 ピンッ、カチャッ!

 「良し、開いた」

 そんな時、IKUMIのピッキングが成功し、一人の幼女の歩行を妨げていた足枷が外れた。その時、わあっと、幼女たちから歓声が上がった。

 自分と同じような立場に置かれていた幼女の一人が、奴隷の証である足枷の鍵を開けられ、開放された。
 
 このことで、不幸な幼女たち十人は、やっと自分たちが置かれている状況が夢ではなく、本当の現実なのだと実感した。

 「次だ。来い」

 しかし、ストイックなストライダーIKUMIである。十人の幼女たちが歓声を上げて喜んでいるにも関わらず、どこ吹く風だ。
 我関せずと、ただただ幼女たちを拘束する足枷のピッキングに集中し、次の順番の幼女のピッキングを開始する

 「…」

 「…」

 「…」
 
 その様子を見て、さすがにそれはないのではと、三人娘は眉を顰める。

 だが、早く仲間たち全員を自由にして貰いたい十人の幼女たちは、そのIKUMIのストイックな態度がお気に召したらしい。

 この人は、私たちが自由になることを優先してくれるんだと、みんな喜びの表情となり、次の足枷が開けられるのを待つのだった。

 三人娘的には、それは意外なことであった。

 「…あれ?」

 「…みんな怒りませんわね?」

 「…」

 ひそひそと小声で話す三人娘たち。

 「…どうしてかな? マリティア、アマナ、解る?」

 「…私には解りませんの」

 「…そ…は、たぶ…れ…あい……じょ…が…い…ら…」

 「…恋愛…感情…そうなの?」

 「…そういうものですの?」

 「う…(コクンッ)」」

 そんな結論を得て、何となく納得する三人娘。

 これは、本当にアマナの説が大当たりなのであった。三人娘は、IKUMIに対して恋愛感情を持っているから、本能的に一つ一つの事柄に深い愛情表現を求めてしまう。

 一方、IKUMIに尊敬の念は抱いたが、恋愛感情を持つまでに至っていない十人の幼女たちは、自分がして貰いたいことに集中してくれるIKUMIの行動に、充分好感を抱けるのである。

 三人娘が、その様に愛しい人の行動をあーだこーだと小声で話し合っている間にも、ピックングのコツを掴んだストライダーである。
 ピッキング開始時とは比べものにならない速度で、次々と足枷を外していった。

 カチャッ!

 「これで最後」

 十人目の幼女の足枷が外れると、再び十人の幼女たちから、わああっと歓声が上がった。私たちは、これで本当に自由になったのだと、涙を流して互いを抱き合う者もいた。

 「…良かった…あれ、涙が」

 「…私もですの」

 「…よ……た」

 その光景に貰い泣きしてしまう三人娘。リューコ、マリティア、アマナ共に、仲良く目尻に涙を浮かべた。
 そこに、十人の幼女の中、もっとも聡明そうな者が近付いて来て、話をしたそうにマリティアを見詰めた。
 そして勇気を持って、自ら話し掛けてくる。

 「…あの、マリティアさま?…それに…」

 「あ、私はリューコよ。こっちはアマナ」

 「…(コクンッ)」

 「ありがとう。リューコ、アマナ。私はモモって言います。あの、マリティアさま、先程の演説ですが…」

 「はじめまして、モモ。それで何ですの?」

 ここで感極まったモモは、冷静そうな自分の仮面を剥ぎ取り、涙を流して聞きたいことを聞いてきた。
 代々官僚を輩出する良家出身であるモモ。その優秀な頭脳には、先のマリティアの演説が、完璧に記憶されていた。
 自由を得て余裕ができたことで、モモは始めてマリティアと会話をする必要を感じたのである。

 「ぐすっ、あの…私たち、故郷へ…北方諸国領に戻れ…るんですよね? お父さんや、お母さんの所へ帰れるんですよね?」

 「ええ! 当然です! かならず帰れます! 帰れますとも!…ぐすっ」

 「うん、帰れる。きっと帰れるよ…うっ、ひっく!」

 「か…えれ…かえ…れ…る…よ(コクンッ、コクンッ)」

 モモの泣き顔をみたことで、貰い泣きが悪化する三人娘である。


 う…うう…うわあああああああんっ!!!!!

 
 見れば、貰い泣きしていたのは、三人娘だけではなかった。残り九人の幼女たちも、三人娘とモモのやり取りを見聞きしていて、示し合わせたように一斉に泣き出してしまった。
 みんなここまで辛い思いの連続で、このように泣き出すことも出来なかったのだろう。自分の感情をコントロールできずに、赤子のように泣き出してしまったのだ。
 どうやらしばらくの間は、この大泣きは止みそうにはなかった。

 その大きな泣き声を聞き、奴隷車を引く装甲牛たちが驚き、引っ切り無しに耳をそばたたせる。

 (…こう幼女ばかりでは、自然に泣き止むのは待つ以外ないな。とにかく俺しか大人はいないんだ。俺がしっかりしないとな)

 無言で幼女たちを見守るストライダーIKUMIは、冷静に取り外した足枷を、奴隷車へと積み込む作業を続ける。こんな物でも、何かの資材にはなるだろう。

 (幼女たちの世話は大変だな、まったく。俺がロリコンだったら最高だったんだろうが)

 ふうっ。

 足枷を積み終えたタフな男が、前途を思い深い溜息を吐く。

 このように、まだストライダーIKUMIに過労を強いる旅は続くのであった。

 いや。

 まだだ。まだ旅は始まってもいなかった。

 ストライダーIKUMIは、まだスタート地点の野営地を、引き払ってもいなかったのだから。
 
 
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