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 第七話 幼女の失望と、奴隷商人(児童売買ルート)との遭遇。

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 「お前たち、よく身体を拭いて着替えろ。耳の穴の水も、ちゃんと抜き取れよ」

 IKUMIはそう言うと、近くの岩の上に畳んで置いてあった大きめの手拭いと、耳の中に残る水を出すための綿棒を指し示した。
 そのすぐ側にある籠には、幼女たちの着替え用にあらかじめ持って来て置いた、シャツや胴巻き、サラシや帯、余り布で作った下着が入れてある。

 「では俺は他の作業に入るから、お前たちは休め。簡易ベッドで次の食事まで寝て、体力を回復させろ」

 そう素っ気なく言うIKUMI。とりあえず今日の入浴の世話は終わったが、幼女たちの世話を続けるためには、その他の品を用意する必要がある。

 今日も含めて3日もしたら、この野営地を後にする。それまでに用意しなければならない幼女用品は多い。

 身分証明となる髪飾りと、IKUMIの替えの黒シャツを流用した衣服の用意は終えた。

 残る最低限の品は、靴と、荷物を背負わせる背負子である。

 IKUMIは、それらの品の準備の他に、幼女たちの食事の世話をしなければならない。また、夜にやってくる予定のTURUGIに屋台で食べさせる、日本食モドキの準備もしなければならない。

 「いいか、よく寝ておけよ」

 「あのっ、待って!」

 そう支持をして、この場から離れようとするIKUMIに、吃驚したリューコが引き留める。マリティア、アマナも困惑した表情で、立ち去ろうとしていたIKUMIを見詰める。

 「どうした? 何時までも裸でいないで、早く服を着て寝ろ。風邪を引くぞ」

 「えと…あの…夫婦の…は、しないんですか?」

 「夫婦?」

 (うん? ああ。入浴の後に俺に遊んで貰えると思っていたのか。おままごとの設定で俺は夫役なんだな。子供は想像力が逞しい)

 一瞬、何だと戸惑ったIKUMIであったが、すぐに子供の遊びのことかと思い至り、気にもしない。

 「すまんが、それは後だ。今は休んで早く元気になれ。健康になって良い女になるんだぞ」

 そう最後に言い残し、IKUMIは野営地を去っていった。
 野営地から離れた場所に待たせてある連れの吸血植物から、預けておいた装甲狼の毛皮を受け取ってくるのである。
 余談だが、この後、名前がないと不便と思ったIKUMIにより、吸血植物はSANSAIと名付けられる。

 「…しないんだ…」

 「…ちょっと、いえ、かなりガッカリですの…」

 「…(コクッ、コクンッ)」

 一方、野営地へと残されたリューコ、マリティア、アマナの三人娘はガッカリしていた。三人とも、てっきりIKUMIが自分たちに性的な奉仕を望んでくると思い込んでいた。
 それで覚悟を決めていたのだが、見事に空振りしてしまった。

 とくに、スカーフェイスである自分には、異性に求婚されることなど一生無いと思い込んでいたリューコは、この結果に相当ショックを受けていた。
 そして、同じように前のめりになっていたのは、マリティアとアマナにしても同様である。

 IKUMIはロリコンではないため、リューコたち三人は性的な対象として認識していない。守るべき存在ではあるが、リューコ、マリティア、アマナはただの子供。それ以上の存在ではない。
 しかし、早く大人にならなければ生き残れない、こちら側の世界に生きる三人娘にとっては、IKUMIは十分以上に魅力的な異性と映っていた。
 勘違いとはいえ、IKUMIの側から求婚を受けたのだと思い込んでいたこと、それが初めての経験だったことも、その一因だ。

 だが、一番大きな原因はといえば、IKUMIが選ばれし者であったことだろう。
 
 この世界の女性たちにとって、本物の選ばれし者であり、実際に強大な力を持つIKUMIは、結婚相手としては最良の、申し分のない相手と言って良い。
 
その妻になってしまえば、奴隷にされるなどの危険を容易く排除して貰え、安全が約束された生活を送ることが可能だ。
 それは、こちら側の世界において、王族や上級貴族になるのと遜色ないレベルのことだった。

 なぜなら、選ばれし者の伝説は、何処からともなく現れ、腐敗した国家や恐ろしい怪物を倒す存在として、各地に残されていたからである。
 そして、そんな彼等と婚姻し、細君になった物語のヒロインたちは、軒並み幸せな人生を送ったとされているのだから。

 当然、三人の幼女はそれぞれ、夢まぼろしのおとぎ話として、選ばれし者たちの伝説を知っていた。

 だが、そんな選ばれ存在が突然、自分たちの前に現れ、求婚してきた。

 三人娘の心は昂揚し、舞上がった。

 婚姻が成立すれば、まだ幼女であっても一人前以上になれる。伝説のヒロインと同等になれる。

 また、選ばれし者であるIKUMIの側から求婚された認識であった三人娘は、それはもう確定の事実だと思い込んでしまった。

 だが、実際に蓋を開けてみれば、リューコ、マリティア、アマナの三人は、IKUMIに子供扱いされただけであった。

 「…やっぱり…夢だったのかな…?」

 「…まだそう判断するには早いですの。IKUMIは私たちに良い女になれと言っていましたの。私たちはまだ身体が育っていないだけですわ」

 「…(コクンッコクンッ)」

 「マリティアちゃん…だったら私たち、大きくなったらIKUMIのお嫁さんになれるかな?」

 「もちろんですの! 私も諦めませんの! 年の差とか、まだ子供だとか、私は気にしませんの!」

 「い…ま…寝る…良い………育…つの」

 思い通りにならない現実に、弱音を吐いてしまうリューコ。そんなリューコを、マリティア、アマナがオーバーアクションで励ました。

 そしてマリティアは、今はIKUMIにお嫁さんと認められなくとも、これから魅力的になって振り向かせれば良いという理屈を、必至に展開、説明する。

 子供らしい自分たち中心の、強引なだけ理論展開であったが、自分たちの未来に対する希望とやる気は、確かに溢れていた。

 アマナも必死に喋ろうとして、リューコを元気付けようと頑張る。

 稚拙だが、二人が必死に説得しようとするそんな姿に、リューコは確かに元気を貰った。

 「うん…アマナちゃんの言う通りかも。あの人は、顏に傷がある私なんかに求婚してくれた…諦めたくないよ」

 「ええ、その意気ですわ、リューコ!」

 「わた…う…まく………なくても、す…き…して……た。う…しか…た。わた…も、あ…きら…な…い」

 「そうね! 一緒にあの人のお嫁さんになりましょう!」

 「う…ん!」

 「その意気ですわ、二人共! でもその前に…」

 「その前に?」

 「?」

 「私たちすっぽんぽんのままですわ! 早く服を着ましょう! 風を引いてしまいますわ!」

 そんなマリティアの指摘にリューコとアマナは従い、三人娘は一緒にIKUMIの用意した衣服に着替えたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 「…」

 (この気配は………複数人…装甲牛二頭立ての奴隷車が二台…それに奴隷商人が一人、護衛が三人…か。この辺りの抜け道は、トーリンではほとんど使われていないはず………なぜここに?)

 水と土、そして木の精霊術を操るIKUMIは、森の木々や草花から伝わってくる情報を、こうして整理することが可能だ。
 その結果、これだけの情報だと不十分。さらに詳しく気配を探る必要があると解った。

 (この辺りに不慣れな輩だな………奴隷車の檻の中身は子供………併せて10人。KAGAMIの奴が、北方連合の児童誘拐ルートを叩き潰したからか………)

 「ああ、なるほど」
 
 (…繋がったな、リューコ、マリティア、アマナは白い肌の北方人だ。子供の販売ルートがこちらに移ったために、あの子たちはトーリンに送られてきたのか。貴族の娘が下層の娘と一緒だった訳も解る。奴等、KAGAMIにボコられて相当混乱していたな)

 思わぬところで、思わぬ三人娘の事情を理解し、IKUMIは奇妙に納得し………怒った。

 「…あれ、俺が全員面倒を見ることになるよな………恨むぞKAGAMI」

 恨むべきは奴隷商人と理解しているIKUMIである。しかし、彼女たちを救い出す手間、そして、これから世話しなければならない人数の多さに、IKUMIは辟易していた。

 これは明日にでも野営地を出発して、装甲狼襲撃によって崩壊した廃村にでも旅立たなくてはならない。こうなってしまっては、早急に大人数の子供を世話ができるコミュニティが必要だ。三人娘だけ甘やかしていられる時間は強制終了してしまった。

 今は別行動を取っている仲間に文句の一つも言いたい所であった。しかし、その一方、並行して奴隷商人たちをどう始末するか、冷静に考えるIKUMIであった。

 (さて、土と水のアシッドレインで生きながら溶かして苦しめるか………いや、下手をすると幼い奴隷たちにも被害が及ぶ。牛舎も移動の手段にしたいので、できれば無傷で手に入れたい………ならば)

 「速攻で仕留める」

 IKUMIは森の木々の木の葉を数十枚集め、その間に吸血植物のSANSAIを呼び、先行させた。

 そして自分は、木の葉を折り紙の要領で苦無のように鋭く折り畳み、内錬気法と外錬気法によって練り上げた力を注いだ。

 「まあ、手裏剣の練習台にはなる」 

 そう呟くIKUMIの掌に、血の詰まった肉袋に投げ付ける即席の手裏剣が完成した。

  
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