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 第五話 身嗜みを整える。

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 奴隷の三人娘たちは、その日の午前中は休息を取ることを強要され、それ以外の行動はしてはいけないと念を押された。
 もちろん、現在三人娘の事実上の保護者、ストライダーIKUMIにである。

 IKUMIは、三人娘が指示通りに休息に入ると、早速、野営地の整備に取り掛かった。まず取り掛かったのは、三人娘の排泄用の簡易トイレである。

 手刀で切り落とした手頃な長い枝の枝葉末節を取り除き、それを複数用意する。続いて野営地外れに突き刺し、掘っ立て小屋の骨組み、枠組みを組み立てた。
 その後、地面に穴を掘って、野営地の外へと排泄物を流す溝を整備。足場に手頃な石を敷き詰め、溝の前に小水が跳ねないように板も取り付ける。簡易和式トイレである。

 (うむ、これで良い。後はすぐ終わる)

 そこまで終わったら後は簡単だ。長い布を四方に垂らして簡易トイレの中を覗けないようにし、容器に水洗用の水を汲み起きにする。最後に下腹部、お尻拭き用の紙を置く。

 (良し。これで完了)

 ここまで、ストライダーの行動は手慣れていて、すごく素早かった。

 こうした作業は慣れているのか、IKUMIは30分も掛けず、それらを無駄のない動きでやり切ってしまった。今から何をするのかと声を掛けようとした三人娘に、その隙を与えないほどである。
 実際、IKUMIに声を掛けたなら、三人娘はそれらの作業の邪魔になったことだろう。

 そんなIKUMIの手並みと隙のなさからか、最初は簡易ベッドからポカーンとした表情をして、作業を眺めていた三人娘であった。
 しかし、それも飽きたのか、手の指でキツネやらオオカミやらヘビの形を作り、バウバウ、アオ―ン、シャーッと睨み合いをさせる遊びを始めた。遊び道具がなければ、ないなりに遊びの方法を見つけるのが子供なのである。

 それを含めた幼女たちの色々な遊びは、IKUMIが三人娘の着替えを準備をしている間も続き、先の朝食から約3時間後の、二度目の食事まで終わらなかった。
 彼女らは、自由な時間を使った遊びにも飢えていたのだろう。奴隷身分から離れて、幼女らしい遊びを満喫していた。

 IKUMIにも、それは理解できた。

 そのため、IKUMIは三人娘に大人しく休息を取ってもらいたい所であったが、敢えて遊びを止めはしなかった。
 なお、IKUMIが食事を複数回に分けて三人娘に与えるのは、彼女たちの弱った胃に無理なく栄養を補給させ、回復を早めるためだ。


 ◇ ◇ ◇


 そして、ストライダーが三人娘に二度目の食事を与え終え、次の食事はお昼だと伝えた後、その異変は起こった。

 (何だ? 今までとは違う視線を感じるぞ?)

 ストライダーが次の作業、三人娘の髪飾りを作り始めてすぐのことだ。気になったIKUMIが、三人娘のいる簡易ベッド側へと振り向くと、手元の髪飾りの材料がガン見されていた。

 (ああ、そういうことか。まあ、当然だな)

 「今、太陽、三日月、星を模したデザインの髪飾りを用意している。出来上がったら一人一人髪に付けてやる」

 振り向いたIKUMIがそう伝えると、三人とも頬を上気させてコクコクと肯く。

 本当に嬉しそうな様子で、元々声の不自由なアマナだけでなく、リューコ、マリティアも嬉しくて声が出せない状態であった。

 「誰がどれを髪に付けるかは、自分たちで話し合え」

 そう言ってストライダーは作業に戻った。もう三人娘の視線やテンションアップを気にする様子もない。

 (今更ながら、この世界のルールは難儀だな)

 そう思うIKUMI。コツッ、コツッと、髪飾りの素材となる装甲狼を叩き、成形を続ける。そんなIKUMIの側の簡易ベッドで、嬉し涙を流しそうな勢いでIKUMIの手元を見守る、テンションの高い三人娘であった。

 
 この現象は、別に三人娘が変だからではない。


 所変われば、土地のルールも変わる。まして世界が違えば当然なのだ。三人娘が暮らす世界は、地球の少し前までの中華圏、日本などに似ているところがある。

 まだ近代化以前、見た目の恰好は、敵味方の証明、属するコミュニティでの身分の証明で、重要な役割を果たしていた。

 例えば日本の公家や侍の烏帽子親制度などは、パッと見の身分分けが重要であったことから尊重されていた。
 まず、それの有る無しで、敵か味方か、どのコミュニティに属しているか判断する。その次に、礼儀作法が出来ているかどうかで、目の前の人物が味方の重要人物かを判断するという調子である。
 

 それは、やはり異世界でもまかり通る理屈、ルールである。いや、こちら側の世界こそ、昔の地球のどの地域より、その理屈、ルールがまかり通っていた。


 この世界は、異種族の知的生命体が跋扈し、それらが入り乱れて殺し合ってきた世界である。

 だからこそ、見た目でパッと敵味方、種族、所属、身分を示す服装、装飾品が、地球のそれ以上に重要な意味を持っていた。

 たとえば、たまたま茂みを通ってきて、大路に出たところで味方と出会ったらどうなるか?

 たまたま普段は身に付けている衣服と違ったため、敵と間違われて殺されてしまった。そんなことになったら目も当てられない。

 そうならないためにも、パブリックで共通認識が出来ている衣服や装飾品、特に目立つ頭部の品が重要だった。

 そして、奴隷身分にされた不幸な者たちに、貴人の烏帽子や貴婦人の十二単に相当するものなど与えられる訳もない。

 みすぼらしい恰好、装飾品を与えられてないシンプル過ぎる姿が、奴隷の証明になっているのである。

 つまり、三人娘がIKUMIに髪飾りを与えられるということは、奴隷からその上の身分にランクアップされることを意味していた。

 だからこそ、三人娘は髪飾りがIKUMIによって製造されていることを認識し、その意味に気付いて尋常ならざる反応を示したのである。


 ◇ ◇ ◇

 
 そして、お昼前の時間帯となり―――

 「良し…これで完成だ」

 ―――そんなストライダーの声が発せられた。

 !

 !

 !

 髪飾りの完成を告げるIKUMIの声にき気付くと、三人娘はバッと跳ね起き、寝ていた簡易ベッドから飛びだしてきた。
 早速、完成品を間近で見ようとする三人娘。

 「だから来るなと言った。髪飾りはそちらに持って行ってやる。寝ていろ」

 しかし、その気配を感じていたIKUMIは、そう言って三人娘の行動を制してみせた。

 「…はい」

 「…ですの」

 「…う…ん」

 言葉少なに、渋々とIKUMIの言葉に従う三人娘。逸る意識と、うずうずとする身体を素直に押さえ込む。今のIKUMIの言葉は、三人の幼女たちにとって絶対だった。
 もう、その素直さは、親や飼い主に従う従順な飼い犬レベルである。
 たった二回の食事、それに衣服と髪飾りの用意、野営地の整備であったが、それで十分以上に、三人娘はIKUMIに対して従順になっていた。
 ただ、彼女たちは親に必要以上に甘えて噛み付く、幼い駄犬とは違う。
 課されたルールは言われた通りに守るのであった。

 「気持ちは解るが、俺はお前たちに早く健康になって欲しい。だから、今は寝ていろ。排泄以外は俺が面倒を見てやる」

 そう聞いて、リューコはじめマリティアとアマナも、コクコクと肯く。

 昨夜から一緒だっただけではあるが、三人はIKUMIの人の良さを感じていた。
 そのため、三人の娘は本当に従順に言うことを聞くようになっていた。

 もちろん、そうした方が念願の髪飾りの完成品を早く手に入れられるという計算もあったが、それは愛嬌というものである。

 その程度のことはIKUMIでも理解できたし、受け入れる度量もあった。


 だから変に咎めだてもせず、IKUMIは三人娘のいる簡易ベットの上にある長方形テーブルへと、出来上がった髪飾り三つを静かに置いた。
 コトンと、僅かな音が響く。

 三人娘は目に見えて、幸福そうな表情となる。自然とIKUMIの表情も柔和なものになった。

 そんな合間も、IKUMIは一人考える。

 (良い感じに好感を得たな。これは駄目押しに、他の手段でも好感を稼ぐとするか)

 ここは押す場面だと、IKUMIは新たな三人娘従順化の手段に訴えることにした。 

 「どれを身に付けるかは、三人で決めろ。それと俺の言うことを聞けば、これとは別に髪飾りも衣服も製造してやる」

 ビクンッ!

 ビクッ!

 クラリ…

 本当に幸せそうに、出来上がった髪飾り三つを見詰めていた三人娘。同時に、本当にこれを身に付けて良いの?と半信半疑となり、自分から手に取ることができないでいた。そんな三人娘に、IKUMIが予想外の言葉を投げ掛けた。不意打ちというやつである。
 これに仰天したリューコとマリティアが、嬉しさで身体をビクつかせ、アマナが嬉し過ぎて失神しそうになった。その身体をリューコとマリティアが慌てて支えた。

 (おう、奴隷身分だった幼女に過分な希望を与えてしまったか………だが、倍プッシュだ)

 なでなで。

 なでなで。

 なでなで。

 おもむろに、IKUMIは三人娘の頭の髪を優しく撫でていった。予想外のことに三人娘はまた仰天し、目を白黒させる。そして、それぞれ自分の仲間がなでなでと撫でられていく光景を見守った。

 最初は言葉もなく、されるがままだった三人娘は、IKUMIが最後にアマナの髪を撫で終わると、頬を上気させ、上目遣いにストライダーの顔を見詰めるようになっていた。

 だが、IKUMIはそんな三人娘の態度を気にもせずに、無言のまま簡易ベッドの側から離れて、次の作業である昼食の準備に移った。
 もうすぐ、そんな時間なのである。

 (その後は、身体を洗ってやらんとな。午後になれば気温もより暖かくなる。水の精霊術の出番だな)

 そう思いながら、IKUMIは焚火用の石組みの前で作業を開始した。三人娘を驚かせないために、吸血植物の蔦の中から取り出して、この場で保存していた装甲狼の肉を、小さく切り刻むのである。
 ちなみに昼食分の病人食はすでに用意してあり、これは午後以降用の肉である。夜の屋台用の肉は、三人娘を寝かしつけてから、吸血植物がいる場所に取りに行くことになる。

 (ん?…)

 そこでストライダーはあることを思い出した。

 (…そういえば、異性の頭を優しく撫でることは、こっちの世界では求婚の意味があったような………まあ良いか、相手は幼女だ)

 ストライダーIKUMIにロリコンの趣味はない。あくまでも頭を撫でたことは、三人娘を従順にする以外の意味は持たない。だからIKUMIは気にも留めなかった。

 「…」

 「…」
 
 「…」

 しかし、何故か三人娘のストライダーIKUMIを見詰める視線は、劇的に違うものになっていたのだった。もし、感の鋭い者がこの場にいたならば、幼女たちの瞳の中に、ハートマークの幻想を見ただろう。 

  
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