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第一話 帝国の奴隷収容所付近に現れる屋台と、奴隷解放のために戦う客。
しおりを挟む「アオ―ンッ! ギャンッ」
夜明け前の大地の底。つまり、その地面の下から突如として現れた何者かが、母狼の腹を刺し貫いて止めを刺した。
その手品の種は、精霊術の地行の術であった。
日、月、火、水、木、金、土。その属性の中で、地の属性術を操る者の仕業である。
何とも哀れな母狼。だが、大量に殺された群の死体が転がるこの場所に、情に絆されて単身やって来た母狼が愚かなのである。
わざわざ囮として半死半生に生かされた子狼を助けようとせず、逃げ去ってさえいれば、こうもあっさりと殺されはしなかっただろう。
非情な辺境では中途半端な肉親の情は死に直結した。それは人も獣も同じなのである。
「これも森の掟だ。許せとは言わんぞ」
母狼の許から離れ、小狼の捕まっている辺り(地面)の底からズズズズ………と現れたストライダーは、そう言って母狼の体液で濡れた小剣を構えなおす。
「キャンッ!」
最後に残されていた子狼も、何の抵抗も出来ないまま一咆えして命を終える。
こうして、少し離れた場所にあった人里を襲い、大量の家畜、数人の人間の子供を攫った装甲狼の群れは全滅した。
装甲狼の群れの襲撃から生き残り、避難所に逃げ込みはしたが、助けを呼べずに餓死した大半の村人たち同様、この世から消え去ったのだ。
移民の村人の全滅。それは、大したボディガードも連れずに辺境に入植した者たちのよくある末路であった。寧ろ、良くこれまで生き残れたものである。
もしかしたら、知恵を持つ老獪な獣が近場に居て、美味しく村人と家畜が育つまで見守っていたのかもしれない。
そこを装甲狼たちが先を取って襲ったのだろうか?
(まあ、今となってはそんなことはどうでも良いな)
「さて血抜きだ。えのころ飯の食材が手に入った。重畳、重畳」
さて、そんな辺境のルールなど、もう知ったことではないという態度のストライダーは、狼の死体の腹を裂き、内臓を抜き取り、頭を切り落とした後、懐の吸血植物の種へと手を伸ばした。
そして、それを取り出して装甲狼の死体付近に撒き始める。
ストライダーIKUMIは、水、土属性の精霊を使役できる。また、その属性から近しい木の属性術も使用が可能であった。水と地の術法で木を育てる感覚といえば、ご理解頂けるだろうか?
そんなIKUMIの木属性の精霊術が、吸血植物を発育し、使役する術法のトリガーとなる。
(他者の血液を啜り、貪るものよ、出でよ)
ザワッ…ザワザワザワザワザザワザワザワザワザワザザワザワザワザワザワザザワザワザワザワザワザワッ。
早速、IKUMIの力を受けて発芽、成長していく吸血植物。大地の成分と狼の死体から流れ出た血液と内臓を養分として、見る見るうちに成長範囲を拡大し、巨大で禍々しい姿へと成長していった。
シュルッ…シュルルッ。
そして、装甲狼の死体の頭部、胴体の中へと触手を伸ばし、残りの血液を吸い出していく。その様子をIKUMIは注意深く眺め続けた。
「良し。そこまで」
様子見を済ませ、IKUMIは装甲狼の死体から充分に血のみを吸い取った吸血樹にそう命令する。すると、吸血植物はピタリと止まり、今度は出来立ての蕾を開いて、禍々しい紅の大輪を開花させた。
大地に転がる装甲狼の生首と胴体、大輪の花のコントラストが互いを引き立て合い、何とも素晴らしい光景で現れる。人によっては、グロテスクにも見えるだろう。しかし、得てして現実というものは、こんな残酷なものなのだ。
「…」
そんな光景に見惚れることもなく、黒装束姿のストライダーは、無言、無表情のままに装甲狼の腸貫き死体を一ヶ所に集める。そして作業の終了後、再び吸血樹へと向き合った。
「運べ」
ああ! 何ということだろう!!
ズボッ、ズボッ! シュルシュル…シュルシュルシュルッ! ズズッ…ズズズッ………ズボンッ!
ストライダーが命令すると、血塗られた大地に根付いていた吸血樹が、己の身体を引き抜き始めた。同時に装甲狼の死体を蔦に巻き込んでいき、頭部に花を咲かせた巨人の姿へと擬態していくではないか!
そして、吸血植物は、命令通りに巨人型となった自身の内側に、装甲狼の死体を大量に巻き込んだまま立ち上がった。
まるで人間の動作のように器用に振り返り、IKUMIに向き合って次の命令を待つ。一見、血塗られていて不気味であったが、何とも便利な精霊術だった。
「行くぞ。こちらだ」
そう巨人植物に精霊を通じて言って聞かせ、全滅した辺境の農村地帯から出発するストライダーIKUMI。その後に、のっそりと僅かに残った装甲狼の血液を滴らせながら、巨人型の吸血植物が続いた。
野辺に咲く花々が、その二つの姿を静かに見送る。
◇ ◇ ◇
かなりの距離を歩き、ストライダーと巨人に擬態した吸血植物が、丘陵地帯を下っていく。すると茂みの側に、ポツンと人力で引ける屋台が置いてあった。調理器具も立派な物が揃っている。子物入れの中の調味料なども、手付かずに残っていた。
しかしこれは、別に奇跡ではない。無事な理由があった。これはIKUMIの屋台なのである。北海の人間の死体を食べる巨大ガニの脳や中身、南の海の魚人の魚肉、大陸中央部の小型ドラゴンの血肉や髄液など、小動物が気付いたら一目散に逃げ出す、諸々の液体が染みついた屋台であった。放置していても、獣の方が避ける代物なのである。
「後ろを支えろ」
巨人に擬態した吸血植物はIKUMIに言われた通りに、血液が付着していない触手で屋台を支えた。上手なものである。吸血植物は自分に付着した血液を綺麗に吸収し、装甲狼の死体を触手の間に絡め獲って保管していた。その血液や他の体液がにじみ出て、無駄に屋台を汚すこともなかった。
ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ…カラッ、カランッ。
IKUMIに引かれ、吸血植物の擬態巨人に後ろ側を支えられた屋台が南東方向へと進んでいく。準備中の意味のマークが描かれた吊るし看板が、前後に揺れて音を出した。
カランッ、カラッ、ガタッ、ガタガタッ、ガタッ、ガタッ………
「ふっ」
この時、IKUMIが短く声を出して微笑んだ。うまく食材が手に入り、営業が再開できるための微笑みだった。それに、装甲狼の肉の他に、人が死に絶えた村付近で、臭い消しの天然ハーブも十分手に入れていた。えのころ飯の鍋に使用する分量には十分過ぎるほどだった。
(TURUGI。お前と奴隷たちに、充分なえのころ飯を売り付けられるぜ!)
そう無言で思うIKUMIは、TURUGIの待つホーリーズ・クランの奴隷宿舎付近へと急ぐ。迷うことも、臆することもなく。
そこ、奴隷運営施設は、ホーリーズ・クランという組織が仕切っている。
ホーリーズ・クランは、社会を維持する男性が優位であると標榜する宗教国家である。ここでは女性の多くが社会進出を阻まれて、男性の下に置かれていた。
そこでは、女性は男の所有物で、不倫やその他の犯罪が発覚すると、奴隷送りにされる社会構造になっていた。
また、多数派ではない黒人層の女性の弾圧が一番厳しく、その多くが奴隷として酷使されていた。絶滅政策と言って良い。
その多くの黒人女性や、他の奴隷たちが一時的に収容され振り分けられる施設が、トーリン鉱山付近に建設された奴隷宿舎だ。
この奴隷宿舎所からホーリーズ・クランが支配、運営する各種鉱山や荘園に、奴隷は日々移動させられ、強制労働をさせられるのだ。
IKUMIの屋台の客TURUGIがいるのは、その奴隷宿舎所の一つだ。
TURUGIは敢えて収容所に残り、他の奴隷たちを逃がす仕事をしている男で、自分自身は簡単に宿舎から逃げ出せる実力の持ち主である。
IKUMIはTURUGIに、ホーリーズ・クランを滅ぼせるだけの力はあるのだから、「さっさと滅ぼせ」と彼に会うたびに提案するのだが、それをやらないのがTURUGIという男である。
「なぜって、ホーリーズ・クランを滅ぼしたら、俺が救う奴隷がいなくなる。そうしたら俺が奴隷を助けられなくなるだろうか!」
「あ、はい。ソウデスネ」
そんな会話が、奴隷宿舎のはずれで屋台を出すIKUMIと、奴隷解放の勇士TURUGIがする会話の定番になっていた。
前回の営業も、そんな会話を繰り返した後、終了した。IKUMIは、それから一旦南へと向かって後、大陸を反時計回りに旅して戻ってきたのである。今も向かっている奴隷宿舎所付近に到着し、一時の営業を終えた後は、また旅の空だ。
その世の中の情報収集兼修業の旅で、料理の腕も上昇しているはず。今回再開する営業は、その上達した腕前をTURUGIに披露するチャンス。そうIKUMIは考えていた。
これまでの食材の仕入れは上々。先程仕入れた装甲狼は、食べて良し、各種素材を防具、装飾品にして良しの食材、資材である。また、南方で買い求めた匠の料理器具、各種調味料、地物のハーブも手に入れた。
(この食材なら、良い料理をあいつに振る舞えそうだ)
そう考え、IKUMIは再び微笑む。よく見れば愛嬌のある表情だ。だが、もし一般人が微笑むIKUMIの素顔を見たのなら、失禁して逃げ出していただろう。
なぜなら、異形の巨人を連れて歩くIKUMIの笑顔は、悪魔のダークロードか、堕天使の成れの果てというアークデーモンを思わせるからだ。
人間はその気になると、悪魔の如き表情を作れる。IKUMIは、素でそれをやってしまう男だった。
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