【完結】田舎者の愛し方

ふぇい

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オルガートという男

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「お、おはようございますだ……」
「?ああ、よく眠れたか?」
「んだ……」

 昨日の猿へと退化した自分があってまともに顔を合わせられない。かなり気まずい。今も体調を気にしてくれている態度にますます申し訳なさが積もり、積もり……。

「あっ!オルガート様、おはようございます!」

 自虐の底へ、沼へとどんどん沈み込みそうになったが、可愛らしい第三者の声で現実に引き戻される。そしてその間、オルガートは一言も喋らず百面相をしていたノルドをさもおかしげに眺めていた。自分に声をかけられたことでようやく面を上げたくらいだ。

 客人が来て、新人時代に礼儀を叩き込まれたノルドの身体は勝手に、一歩下がって頭を下げる。

「ああ、ここの屋敷……手配した部屋はどうだ?」
「居心地が良くて、昨日はもうすぐ寝ちゃいました!僕なんかのためにあんな素晴らしい部屋……ありがとうございます!」
「いや、当然のことだ。感謝される義理はない」

 ちらっと下からユートを盗み見る。

 にこにこと、まさに花が咲くように笑顔ってこういうことなんだろうなぁとモヤモヤする心。女々しすぎる。嫉妬なんて、18過ぎた大人がするもんじゃないし。

 ……でも、オラにはできない素敵な笑顔だ。

「僕ってここにいる間なにをすればいいんですか?」
「ふむ……特にすべきことはない。自由に過ごしてくれ。好きに出かけてもいいが申告を忘れないように。護衛をつけなければならない」
「はい!ありがとうございます!」

 くるっと踵を返してどこかへ行くユート。

 ようやく顔を上げたノルドは気遣わしげにオルガートを見た。

「……自由奔放ですだ。いいんだか……?ユート様になにかあった場合その主人さ旦那様に責任が……」
「この屋敷の護衛は王都一の実力者揃いだぞ。心配することは何も起こらない」
「んだば……んー……ですだね。オラが心配するようなことでもなかったですだ」

 でも、不測の事態が起こった時、と言い募ろうとしたが、その余裕を持った笑みが、完全にこの屋敷の人達を信頼しきっている笑みが、無粋だったなとノルドを安心させた。

「ここにいた」
「ひょっ!……サっ、サリドさん!」

 いつの間にか背後にいたサリドに大きく肩が揺れた。まるでいたずらがバレてしまった猫のような反応のノルドを見て、小さく吹き出すオルガート。

「旦那様、ノルドを貸してもらっても?」
「くくっ……ああ、持っていってくれ」
「そんな物みたいな扱い!?あ、ちょっ、か、かよわいオラの腕、そんな強く握っていいんだか!?いだぁっ!」
「かよわい者にこんな扱いしません」

 強制的に仕事に連れていかれてべそべそと顔を悲しいです!と全面的に押し出すが、誰もそんないつもの光景に口を挟む事はなかった。



 ◇◆◇



 前触れもなくいきなり招待される。

 渋々向かう王宮はなにやら慌ただしかった。なにかあったのだろうか?

 オルガートは気品を感じる憮然とした態度で王の前に跪く。

「面を上げよ」
「は。……伺っても?」

 いきなり呼び出してなんの用だと礼もそこそこに無礼を承知で王に問いかける。

「ホールイド公爵よ、そなたには王命が下った」

 だが答えたのは王でなく傍に控えていた宰相であった。見下すように一歩踏み出し、もう決まったことなのだと鼻で笑っている。明らかに面倒事を押し付けようとしているその態度に、眉ひとつ動かすことなく静かに言葉を紡いだ。

「王命……とは」
「異邦人がこの世界に迷い込んだというのだ。その正体を知るためにホールイド公爵の邸で預かり、世話をして欲しい」

 宰相が目配せをするとすす、と命令の旨が書かれているであろう丸められている紙を、近くにいた使用人に差し出される。
 少しの逡巡ののち、ふうと小さな息をついて受け取り、立った。

「異邦人……はい、承知致しました。王命、承りましょう。して、異邦人はどちらに?」

 少しの間、ざっと目を通し不審な部分など無いか判断する。目線を上げ、紙を巻き直す。

「おい、連れてこい」

 腕を組みなおし、顎で扉の前に立っていた護衛に指示を出す。その様子を見ているオルガートは何を言う訳でもなくただ立っているが、その腹の底は誰にも知れない。

 すると、後ろの扉が重い音を出しながらゆっくりと開かれた。振り返り、異邦人の容姿を確認すると。

「……は、はじめまして……!」
「ああ、お初にお目にかかる。オルガート・ホールイドだ」
「オルガート、様?僕は悠斗、榛沢悠斗です!悠斗って呼んでください!」

 格上のオルガートを名前で呼ぶ様子にピクリと王の指先が動いた。当の本人であるオルガートは、まだこの世界の常識もなにも知らないのだとそこのところは寛容だった。外向けの笑顔を浮かべ歓迎してると笑いかけた。

「……オルガート、この後少し来れるか?」
「王?はい、畏まりました」

 少し眉をひそめた王は立ち上がる。

「これにて本日の招集の件は終いだ」

 王のその一言でオルガートは再度跪き、頭を垂れる。王が退出するとようやく頭を上げ、立ったままでいる悠斗に視線を遣った。

 まずはこの世界の常識、か。

 面倒に巻き込まれたなと内心悪態をつく。

「ユート、こちらに」

 そうオルガートが案内した先にサラが立っていた。

「異邦人、ユートだ。今日から僕の邸で過ごすことになった。先に馬車に案内してやれ」
「えっ。……お、オルガート様はどこに……?」

 要件は言ったと踵を返すと狼狽えたような態度の悠斗は服の袖を小さく摘んだ。普通ならば不敬と捕らわれてもおかしくなかった行為だとサラの驚きように内心同意するが、今ここで捕らえても何一つ合理的な方向には向かない。
 そっと手を解き、柔らかな態度で諭す。

「僕は王に呼ばれたんだ。命令だからな、すぐにでも行かなければならない。わかってくれるか?」
「わ、わかりました……」

 微笑みかけるとわかりやすくぽっと赤くなる表情に扱いやすいものだと認識した。



 ◇◆◇



 王の私室前。豪奢なシャンデリアに照らされ、赤く、金の刺繍が施されたカーペットを踏みしめる。数回ノックした扉は重厚な造りで見る者に威圧感を与えるそれであった。

 だがそんな威圧感も軽い声と共に開け放たれた扉によって散った。

「オルガート!ほら、入って!」
「はあ……さっさと要件を言え」

 ラファエル。とオルガートはそう言うと至極当然のように、ずかずかと部屋に進んでいく。
 金の瞳を嬉しそうに弧の形にした人物。それは先程まで王の威圧感を周囲にこれでもかも感じさせていた王ラファエルだった。

「要件?そんなのないけど。……待て待て待て!ちょぉっとくらい親友の話を聞いてくれてもいいんじゃないかな!」

 あっけらかんとした態度に一筋の青筋を立てたオルガートはピタリと動きを止め、すぐさま踵を返す。慌てて止め、落ち着くように言った。

「はぁああ……この僕がいつ君と親しい関係になったのかを問い詰めたいところだが、生憎、僕は暇ではない。その話とやらをさっさと話すんだな」

 オルガートは腕を組み、だらぁっとソファに身体を預けるだらしないラファエルを見下ろす。にへら~と頬を緩めるラファエルは、先の招集の際にいた王とはとても同一人物とは思えない変わりようだった。

 だがオルガートもまた普段とはかけ離れた気安さを親友に見せていた。オルガートが不必要だと思った瞬間どれだけ相手にとって大事な話をしていたとしてもすぐさま切り捨て、その場を離れるのが彼の常。無駄話を垂れ流すような性格ではなかったのだ。

「そんなかっかしないでよ~。“こーりの魔術師”サマぁ?」
「……その俗に塗れた呼び名をやめろ」

 からかうように流し目のラファエルが言った言葉にわかりやすく、ぐうと顔をしかめる。

 “氷の魔術師”。この世界に魔法や魔術はない。物語や空想上の産物に過ぎないこの名称。ではなぜオルガートは世間からそう呼ばれているのか。

 多才過ぎるが故だった。

 オルガートは才に溢れていた。一を理解すれば十どころか百までも理解する。全ての分野において一つを除いて。彼にかかれば常人の努力を嘲笑うかのようにすぐに理解し利用する。
 そんな彼の唯一とも言える弱点はもう弱点とは言えないだろう。笑顔を滅多に見せない、というのが彼の欠点だった。だがオルガートは外交、社交の際はよそ行き用の笑顔をつくれるのだ。ただ日常で笑わないだけで。
 全ての方面、全てオルガートの手のひらの上と、これは昔から居た主要貴族全員の周知の事実であった。多才なオルガート、色んな魔術を使える魔術師。このふたつを掛けて、笑わない、氷の魔術師と呼ばれるに至った。

「えぇ~?カッコいいと思うな俺ぁ」
「だから、話は」
「そんな急かすなよ。んーまぁ、ユート……って異邦人がちょっと引っかかるところあってな。もし彼が本当に別の世界からやって来たのなら、その別の世界は人間を別の世界に飛ばせる程の技術を持っているわけだ」
「それはないな。本当にそんな技術があるなら大勢を連れて侵略でもすればいいのだろう。例え友好的に接したいと言うのなら最初からそう説明すればいい。ユートは、いきなり知らない世界に飛ばされたと言っていたし、仮にその技術とやらが未熟で一人分しか飛ばせないと言うのならもっと別の人間にするだろう。彼は些か自身の心の内を隠せていなさ過ぎるのではないかと僕は思う。あの様子でそれすらも演技だと言うのなら僕は完敗だ。彼が間者だというなら見抜く術が見つからない」
「見抜けない?“こーりの魔術師”サマが聞いて呆れるなぁ。あっ待って待ってすぐ行こうとすんなって!」
「不要な話はするな」
「わぁーったよ」

 青筋がまた立て直され、ちょっとくらい無駄話したっていいじゃないか……とぶすくれた様子のラファエル。

「まーお前がそう言ってんだから、あっちの世界にそれほどまでの高等技術、または魔術とやらはない、と仮定しよう。じゃあなんでって話だよな」
「フン、この世界にだって摩訶不思議なことはあるだろう。その一部だと思えばいい」
「ええ……そんな適当な……」

 普段のオルガートからは到底口に出すことはない他人任せの言葉に半目になる。

「なんか調子変か?体調でも悪い?」
「別に」
「あっそ?で?」

 有無を言わせず続きを催促する。人を見る目に長けた王の目を誤魔化せるはずもなかった。
 恨みがましげにラファエルを見ていたオルガートの視線が外れ、今度はバツの悪そうに床のカーペットを見つめる。

「…………に、てなんだ」
「なんだって?」
「……にがて、なんだ。ユートが」
「……なんだって?」

 お前が?と言わんばかりに八の字に眉を曲げる。

「……悪かったな、これでも人間だ。得手不得手くらいあるだろう?」
「得手、不得手……?参ったな、まだお前への理解が足りなかったようだ。不得手?そんなものがあったのか。……ユートが、お前の不得手?ど、どこがだ?」
「どこ……。全てだが。逆に問うがラファエルはユートを見て好感を持ったものが一つでもあるのか?」

 キッツ……。言葉キッツ……。

 親友の新たな一面は、大層刺々しく、少々刺激が強かったようで、困惑の色を隠せずにいた。しかし自分の答えを待っている親友を見て慌てて考える。ユートを見て好感に思ったところ。

「……顔」
「そういう次元の話に僕は対応できない。すべきでないと判断した」
「ごめんって!!!じっ、じゃあさ、具体的に例を上げてくれないか?共感しようにもまずはお前の考えを教えてくれないと」

 ふむ、と自然と顎に手を当て、思った全ての不快感を言葉にして羅列する。

「……第一に、下心を隠しきれていない部分。犬でもまだもう少し利口だろう。次に態度。幾らこの世界の常識を知らないと言えど、空気を読んで頭を下げることくらいは子供にだってできることだ。次に明らかに作られていた声と表情。あれは日頃から愚かな人間に取り入り自尊心を満たそうとする人間のそれだった。次に」

 約十分。

 延々と語られたユートに対しての不快の気持ちを並べ立てられ、終わり頃には、たしかにユートはそんなだったかも、と私情の入り乱れたオルガートの発言に洗脳されたラファエルは、長い目で天井を見つめていた。
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