タイムトラベラー主婦

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再び昭和へ

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 慶子は昭和に戻ってきていた。

 出て行ってから一年以上になる。もちろん、誰もそんなことに気付いている者はいない。こちらはまだ昭和53年のまま。

 カナダへの旅行は2週間くらいだった。ガイド付きのツアー旅行だったので言葉には困らないし、見たいものは十分見ることができた。持参した翻訳機も役に立った。

 昭和に戻って来たとき、夫は何も言わなかった。本気で出て行ったとは思っていなかったのだろうが、出て行かれたら夫も困るはずだ。何しろ家のことは慶子に任せきりで何一つ分からない。

 夫は慶子より7歳上だが、平成と昭和の両方を生きている慶子の実年齢はとっくに夫を超えている。何時まで生きられるかは分からないが、多分夫より早く逝くことになるだろう。

 時間配分さえ誤らなければ、いずれの時代でも子供たちが成人するまで生きられるとは思うが。

 いずれにしても時間を無駄にはできない。特に医療水準が低いこちらで重病になったりしようものなら命にかかわってくる。

 歩は中学一年になって詰襟の学生服を着て通うようになったが、成長を見越して大きなサイズを選んだためか制服に飲み込まれているような格好で通学している。通学距離は小学校は片道3キロもあったのに対し、中学は1キロも無く、だいぶ楽になったようだ。8時に出れば余裕で着ける。

 泰代は自分と似ていると思っていたが、それは顔と身長だけだということが分かった。慶子はバストもヒップも平均以下だが、泰代は中学一年とは思えないほどグラマラスになっている。田舎に行ったときには両親に「ボイン」などと言われ真っ赤になって怒っていた。慶子はそんなことは言わないけど、誰が見てもわかる。

 保は幼稚園の年長になっているが、相変わらず虚弱体質で喘息の発作や発熱を繰り返し、まともに登園できるのは半分がやっとの状態。平成の最新医療を受けさせてやりたくなるけど、それはやってはいけないことだろう。

 保が二十歳になるくらいまではこちらにいる必要があるだろう。あちらの世界のメイやアオイもできればそれくらいの年齢になるくらいまでは生きていたい。

 産んだのは保の方がずっと前だけど、今ではそんなに年齢差が無くなっている。

 それにしても、随分白髪が増えた。実年齢は50近くなっているから当然とも言えるが、こちらではまだ30代。周りは想像すらできないことだろうけど。

 こちらの世界でも老眼鏡を作った。プラスチック製のレンズなど無く、ガラスレンズだからずいぶんと重い。慶子は夫や子供たちと違って日本人としては鼻が高い方だが、支え部品の跡が残ってしまう。平成で作った老眼鏡を持ってくればいいのだろうが、それぞれの時代のものは最低限のもの以外持ち込まないことに決めていた。平成の自分は敬子。こちらでは慶子。精神的にも曖昧にしたくなかった。

 歩と泰代の中学は給食センターによる給食があるが、食中毒事件が発生して弁当になった。保の幼稚園と合わせて弁当を三食作らなければならなくなった。もっとも病弱な保が登園できるのは半分くらいである。家にいるときは弁当など作らないから実質二食だけのことが多い。

 年度が替わり、上の二人は中二に、保は小学一年になった。

 昭和54年。昭和は後10年経たずに終了することになるが、そんなことを知っているのは慶子だけ。

 だいぶ疲れも溜まってきていたし、何より平成の家族のことも気になる。

 「そろそろ向こうへ帰ろうか」

 そんな慶子のことに気付いている人は誰もいない。

 
 
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