タイムトラベラー主婦

zebra

文字の大きさ
上 下
23 / 35

ぎっくり腰

しおりを挟む
 慶子が昭和に戻ってから1年半が経過した。1978年(昭和53年)春。

 慶子としてはまだ37歳だけど、敬子として平成で過ごした期間を合わせればもう40代である。

 歩、泰代は中学校に入学する。

 小学校の卒業式は中学の制服を着るのが普通のようだが、慶子は夫の二番目の姉から送られてきた子供用の礼服を着せた。歩は不満そうだったが、慶子としては小学校の儀式に中学の制服という方が理解できない。

 保は前の年に幼稚園に入った。入ったけど、体が弱いのは相変わらずで、通えているのは半分も無い。体を強くしようとして水泳教室にも通わせているが、こちらも通える日の方がはるかに少ない。相変わらず添い寝で面倒を見る夜が多い。呼吸器系統が弱いので、ようやくボックスティッシュが安く買えるようになったのがありがたい。今更ながら体が丈夫で病気と無縁のメイ、アオイを思い出さずにいられない。この世に生まれ出るのはまだ20年も先なのだが。

 家には歩、泰代が幼稚園の時にやらせたオルガンがある。幼稚園を会場にしているオルガン教室だったのだが、二人とも興味がなかったようで結局短期間でやめてしまった。どちらかといえば、慶子が興味があってやらせたようなもの。やらせれば熱心にやると思っていたが、結局慶子が言うから嫌々やっていたのに過ぎないらしい。メイやアオイなら喜んでやるだろうに。

 保にもやらせているが、どうもあまり興味はない様子。何より体調が悪くてほとんど通えていない。

 保は幼稚園を休んで家にいることが多いから、どうしても甘くなってしまう。上の二人は、

 「小さいとき欲しいものをこんなに買ってもらえなかったのに、保だけ不公平だ」

 と文句を言っている。双子だとどうしても同時期に金がかかってしまい、我慢ばかりさせてきたのは間違いない。

 歩と泰代は反抗期に入った。特に歩は夫とぶつかることが多くなり、ますます仲が悪くなっている。歩は夫が帰ってきても、ほとんど口を利かない。よほど嫌いらしい。夫も歩のことがますます嫌いらしく、顔を合わすと何かと言いがかりをつけては暴力を振るっている。気の毒だとは思うけど、慶子にできることは何も無い。こんな家庭に産んでしまったことだけを心から詫びる。

 歩はものの考え方も平成流だ。昭和の時代には合っていない。

 「あなたは早く生まれ過ぎたのね。あと20年間だから、それまで我慢して」

 歩に直接話すことができないのが何とも悲しい。生まれたのが平成で父親がユウさんだったら、もっと楽に生きられたことだろう。

 泰代はもう完全に女性のカラダになっている。生理用品は何時初潮が来ても使えるように渡しておいた。ブラジャーはまだだが、本人がいつ言い出すか時間の問題だろう。もう、「貧乳」を自認している慶子より明らかに胸囲は大きい。

 夫は近くの工場から東京の本社に転勤になって家を早く出るようになった。長時間家に居られてもありがたいことは何一つないから、むしろその方がいい。

 通勤に使われない自動車が狭い庭に鎮座している。こちら側の世界では無免許の慶子は運転できないのが残念。もっとも、当然のようにマニュアルだから、無免許で運転することすら不可能だが。「オートマ限定免許」が登場するのは10年以上も後のことである。

 狭いし、快適さでは平成の家とは比較にならない。時々懐かしく思うこともあるけど、こちらも慶子の家であることは確か。

 新年度を迎えたある日、突然、腰に稲妻が走った。

 「ぎっくり腰ってやつ?」
 
 元々、腰の調子がいい方ではなかった。平成にいた時の家は座ったりすることがない洋間の生活だったので特に意識していなかったのだが、こちらの戸籍上はまだ30代とは言え、からだの実年齢が40を越したこともあって無理が効かなくなったのかもしれない。

 トイレに起きるのがやっと。家事は泰代と歩に頼むしかない。布団だから起き上がるのも一苦労。もちろん仕舞うことなどできない。

 「平成の家みたいに椅子とベッドの生活だったらこんなことにならないのに」

 こんな状態では平成に戻るわけにもいかない。

 何とか歩けるようになったのは、1ヶ月も経ってからのことだった。

 「からだが平成の生活に適応してしまったのかも?」

 昭和の時代では私は「未来人」なのかもしれない。そう思い知らされた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

謎の隕石

廣瀬純一
SF
隕石が発した光で男女の体が入れ替わる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

グラディア(旧作)

壱元
SF
ネオン光る近未来大都市。人々にとっての第一の娯楽は安全なる剣闘:グラディアであった。 恩人の仇を討つ為、そして自らの夢を求めて一人の貧しい少年は恩人の弓を携えてグラディアのリーグで成り上がっていく。少年の行き着く先は天国か地獄か、それとも… ※本作は連載終了しました。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ふたつの足跡

Anthony-Blue
SF
ある日起こった災いによって、本来の当たり前だった世界が当たり前ではなくなった。 今の『当たり前』の世界に、『当たり前』ではない自分を隠して生きている。 そんな自分を憂い、怯え、それでも逃げられない現実を受け止められるのか・・・。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...