タイムトラベラー主婦

zebra

文字の大きさ
上 下
19 / 35

戻って来た

しおりを挟む
 慶子は駅前にいた。周りの人は驚いている様子はない。直前に二度もタイムトラベルしていることなど気が付いていないのだろう。

 「戻って来たんだ」

 ベンチに置き忘れられている新聞で確認する。あの日だ。間違いない。

 「帰らなきゃ」

 財布を確認する。あの時は失踪する気で家を出てきたから、十分お金はある。1000円札が伊藤博文であることを確認する。持ってこなかったはずだけど、万が一夏目漱石なんか出したりしようものなら大変だ。

 タクシーに乗る。

 「私の言うとおりに行ってください」

 「分かりました」

 ちょっと見にはただの旅行者だろう。

 家の近所の、林の中を通る道に差し掛かる。

 「ここで降ります」

 「ここですか?」

 運転手が怪訝な顔をしたが、ドアを開けた。

 料金を払って、家に向かう。出来れば誰にも会わないほうがいいが、会ったとしても誤魔化せるだろう。まさか2001年から戻って来たなんて誰にも想像できないはず。

 知り合いや近所の人とは顔を合わすことなく、家に着いた。

 表札を確かめる。「真鍋」。確かに自分の家だ。間違いない。

 「真鍋慶子」

 頭の中で反復しながら家に入る。うっかり、自分のことを「細田」なんて言おうものなら面倒だ。

 「うっ、蒸し暑い」

 1975年には、ほとんどの家に冷房なんてものは無い。慶子の家にも無かった。

 窓は開けてあっても、久しぶり感じるむっとした空気が肌を覆う。汗が噴き出してくる。

 玄関先で歩と顔を合わせた。

 「おかあさん、明日の準備していたの?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 「田舎に行くの、明日だよね」

 ようやく思い出した。8月はほとんど毎年のように、田舎に行っている。慶子にとって別に楽しくも無いことだが、年に一度くらいは両親や親類への挨拶も義務のうち。

 歩は慶子が5年も歳を取ったことには気が付いていない様子。旅行鞄を持っていたことから準備をしていると思ったようだ。

 「そうよ。あんたたちも準備できた?」

 我ながら芝居がかっていると思ったが、気にすることもないだろう。

 「ぼくは終わったけど。泰代のことは知らない」

 泰代については慶子の元に戻ってきて6年経った今でも分からないことが多い。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもの。

 慶子の方は失踪するため持ちだした荷物があるから、それほど手間はかからない。

 「ただいま」

 泰代が帰ってきた。どこかに出かけていたらしい。買い物にでも出ていたのだろうか。

 慶子のことを見ても、5歳も歳を取ったことに気付いている様子はない。

 「明日の準備しておくのよ」

 それだけ言っておく。

 一緒に田舎に行くのは、慶子と子どもたちだけ。夫は同じ日に出張に行くことになっている。駅までは隣で工場をやっているご主人が、普段は製品を出荷するのに使っているバンを出してくれることになっている。

 隣の奥さんに挨拶に行く。

 「明日はお願いします。朝早くて申し訳ないですけど」

 「いいえ、気になさらないで」

 お隣さんも気付かなかった。これなら、気にすることもなさそう。

 昼寝をしていた保が起き出してきた。夫も随分と早く帰ってきた。

 家族5人そろっての夕食。決して楽しい家庭だと思ったことは無いけど、5年振りだと思うと懐かしさが込み上げてくる。

 「こちらも私の家族なのだ」

 あらためて認識した。

 保と風呂に入る。冷房のない家はいるだけで大量に汗をかくので、風呂に入らずに寝るなど考えられない。

 考えてみれば、これも5年振りのことである。

 歩、泰代は二階で夫と同じ部屋、保は一階で慶子と一緒に寝る。窓は無論開け放しで、網戸にしていても隙間から蚊や翅蟻などの虫が大量に入ってくる。呼吸器が弱い保は蚊取り線香が使えないので、「電気蚊取り」を使用している。改めて体が丈夫なメイやアオイを思い出す。こちらで生活する以上はそれも我慢しなければならない。

 それでもさすがに疲れたのか、すぐに眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

戦国記 因幡に転移した男

山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。 カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...