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絶望
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敬子はテーブルの前に腰掛けていた。
春のはずなのに、妙に蒸し暑い。
自分の周りを見回してみる。ユウさんと新婚生活を始めた家ではない。
どこにいるのかしばらく分からなかった。やがて気が付く。
周りにあるものは全て懐かしいもの。自分自身で買ったものがほとんど。
壁に掛けてあるカレンダーを見る。
「昭和50年(1975年)8月」
とある。
今まで見ていたのは夢だったのか。平凡な生活に疲れ果てて心の中で作り上げたものだったのか?
歩が入ってきた。
「おかあさん、そんな服持っていたっけ?」
言われて自分の服装を確認する。夏の盛りなのに長袖の服。平成の時に買った派手な色彩。
ようやく気が付いた。夢を見ていたのではなかった。本当の経験だったのだ。理由は分からないけど、未来の世界に移動してしまったのだ。そして今戻ってきた。
残念だけど、元の生活に戻っただけ。そう思った瞬間、ある事に気が付いた。
私は妊娠している。言うまでもなく父親はユウさんだ。この時代にはまだ小学生のはず。もちろん、敬子のことなど存在していることすら知らない。
夫とはしばらくしていないから、夫の子だと誤魔化すこともできない。
今はまだ家族にばれないだろうけど、様子から怪しまれてもおかしくない。中絶するにも父親の名前が必要だ。そんなことできるわけがない。ばれれば「浮気女」「ふしだらな女」のレッテルを張られて、夫や子供たちはもちろん、実家の両親からも絶縁されるだろう。
一気に絶望に突き落とされた。私はここで今まで通りの生活はできない。これから本当に失踪しなければならないのだ。今後どうやって生きていこう?
歩が顔を覗き込んだ。
「おかあさん、どうしたの?顔色が悪いよ」
「何でもないわ。ちょっと寝るね」
普段自分と保が寝ている部屋に行く。3歳の保は何も知らずにすやすやと寝ている。もう、この寝顔も見ることはできない。
保が目を覚ましたら名残惜しくなる。急いで身の回りの物だけカバンに収める。自分の身元を明かすようなものがあったらまずい。また「記憶喪失」を装わなければならないのか。
夏物の服に着替える。着てきた服はカバンに詰めた。ここに置きっ放しにしておくのは怪しすぎる。
周りに気付かれないようにそっと家を出る。ある程度お金は入れたけど、いつまで持つかは分からない。夫が帰ってきたら捜索願が出るかもしれない。今だったらなるべく遠くまで行かないとすぐ見つかってしまうだろう。
訳が分からなくて泣けてくる。
「どうしてこんな目に遭うの!」
分かるはずは無いし、考えても無駄なことも分かっている。
とりあえず家から離れなければならない。駅に行かなければ。
バスに乗って、駅に出た。数か月前に平成の同じところにタイムスリップした駅だが、ここはまだ昭和50年。
どこに行こうか。どこまでの切符を買おうか。いくら考えてもまとまらない。
「ユウさんに会いたい!」
涙が止まらない。
周囲の人は敬子のことなど気にも留めていない。存在しないかのように通り過ぎていく。
春のはずなのに、妙に蒸し暑い。
自分の周りを見回してみる。ユウさんと新婚生活を始めた家ではない。
どこにいるのかしばらく分からなかった。やがて気が付く。
周りにあるものは全て懐かしいもの。自分自身で買ったものがほとんど。
壁に掛けてあるカレンダーを見る。
「昭和50年(1975年)8月」
とある。
今まで見ていたのは夢だったのか。平凡な生活に疲れ果てて心の中で作り上げたものだったのか?
歩が入ってきた。
「おかあさん、そんな服持っていたっけ?」
言われて自分の服装を確認する。夏の盛りなのに長袖の服。平成の時に買った派手な色彩。
ようやく気が付いた。夢を見ていたのではなかった。本当の経験だったのだ。理由は分からないけど、未来の世界に移動してしまったのだ。そして今戻ってきた。
残念だけど、元の生活に戻っただけ。そう思った瞬間、ある事に気が付いた。
私は妊娠している。言うまでもなく父親はユウさんだ。この時代にはまだ小学生のはず。もちろん、敬子のことなど存在していることすら知らない。
夫とはしばらくしていないから、夫の子だと誤魔化すこともできない。
今はまだ家族にばれないだろうけど、様子から怪しまれてもおかしくない。中絶するにも父親の名前が必要だ。そんなことできるわけがない。ばれれば「浮気女」「ふしだらな女」のレッテルを張られて、夫や子供たちはもちろん、実家の両親からも絶縁されるだろう。
一気に絶望に突き落とされた。私はここで今まで通りの生活はできない。これから本当に失踪しなければならないのだ。今後どうやって生きていこう?
歩が顔を覗き込んだ。
「おかあさん、どうしたの?顔色が悪いよ」
「何でもないわ。ちょっと寝るね」
普段自分と保が寝ている部屋に行く。3歳の保は何も知らずにすやすやと寝ている。もう、この寝顔も見ることはできない。
保が目を覚ましたら名残惜しくなる。急いで身の回りの物だけカバンに収める。自分の身元を明かすようなものがあったらまずい。また「記憶喪失」を装わなければならないのか。
夏物の服に着替える。着てきた服はカバンに詰めた。ここに置きっ放しにしておくのは怪しすぎる。
周りに気付かれないようにそっと家を出る。ある程度お金は入れたけど、いつまで持つかは分からない。夫が帰ってきたら捜索願が出るかもしれない。今だったらなるべく遠くまで行かないとすぐ見つかってしまうだろう。
訳が分からなくて泣けてくる。
「どうしてこんな目に遭うの!」
分かるはずは無いし、考えても無駄なことも分かっている。
とりあえず家から離れなければならない。駅に行かなければ。
バスに乗って、駅に出た。数か月前に平成の同じところにタイムスリップした駅だが、ここはまだ昭和50年。
どこに行こうか。どこまでの切符を買おうか。いくら考えてもまとまらない。
「ユウさんに会いたい!」
涙が止まらない。
周囲の人は敬子のことなど気にも留めていない。存在しないかのように通り過ぎていく。
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