タイムトラベラー主婦

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新婚生活

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 敬子とユウさんはユウさんの勤務先に近いアパートを借りて新婚生活をスタートさせていた。

 敬子の勤務先は今まで通り。通勤用に中古の軽自動車を購入したので、通勤に不自由することは無い。

 昭和にいた時運転免許証を持っていなかった敬子は

 「こんなに便利なものだったんだ」
 
 改めて思った。

 今思えば昭和にいた時にも取っておくべきだったけど、子育てや家事に追われてそんな時間は無かったから今考えても無理な話。マニュアル車の免許しかない時代では卒業検定までに何時間オーバーしたか分からない。そんなに金を掛ける前に

「もったいないからもうやめろ」

 と夫に言われただろうと思う。

 まあ、それもはるか昔の話。時間軸で考えれば21年も前のこと。あの頃のことなんか忘れて、ユウさんと新しい生活を満喫すればいい。

 年齢を考えれば、もう「高齢出産」といえる歳。子供ができるかどうかは分からないけど、できればユウさんの子供を産みたい。ちょっと意外だったが、ユウさんはそちらの方も結構旺盛なようで、時間があれば求めてくる。敬子にとって昭和の夫とするのは「義務」以外の何物でもなかったが、ユウさんとは本当の愛情を感じる。もちろん、敬子の気が進まないときに無理強いはしないけど。

 決してグラマラスな体型ではないし、肌だって歳相応で若い人とは比べるまでもないが、ユウさんは

 「そんなの気にしない。グラマラスな女の人なんて、歳を取ったら気の毒な姿になるらしいよ」

 と言う。

 これだけ性欲が強い人なら私と結婚するまでどうしていたのか気になったが、それを聞くのは憚られた。私だって話せないことばかりなのだから、一方的に聞くのはまずいだろう。今後のことだけ考えていけばいい。

 敬子が平成にやって来て驚いたことは数え切れないほどあるが、特に驚いたものに「ヘアヌード写真集」と「アダルトビデオ」がある。昭和の時代にも裸の女性の写真が載った週刊誌などはあったが、立派な造りでしかもモデルの女性の股間まで写した写真集は無かった。いつの間にやら「解禁」されていたらしい。「ポルノ女優」に限らず普通のドラマに出るような女優や少女アイドルが先を競うように裸の写真集を出している。中には敬子が昭和にいた頃にすでに有名だった女優までいて、もう相当の歳のはず。

 「アダルトビデオ」についてはもっと驚きで、そもそも敬子がいた昭和50年頃には一般家庭にビデオレコーダーなどは無かった。当時もポルノ映画はあったけれど、それは映画館に見たい人が出向いて行くものだった。それが各家庭で見ることができるようになり、しかも出ているのはほとんどの場合素人の女性で、「演じて」いるわけではなく、実際にセックスをやっているところを映していると聞いて、腰を抜かさんばかりに驚いた。こんなものが出回るようになっていたんだと。病院の同僚の家で見せてもらったこともあるが、あまりに過激な映像に真っ赤になったのを覚えている。

 好きでもない男とお金のためだけにセックスをするなんて売春婦と同じじゃないと思ったが、よく考えてみれば自分だって夫と結婚していた時は好きでもない相手と我慢してセックスをやっていたわけで、それと大して変わりは無いことに気が付いた。自分を含めて学校を出ても自立するだけの収入を得ることができる女性などほとんどいなかったから、親元を離れれば結婚する以外に生活する手段がなかったのは確かだ。

 こちらに来たのは夏だったが、いつの間にか冬になり、1998年になった。

 「明けましておめでとう」

 ユウさんと二人で新年を祝って、手作りのおせちを食べてもらった。昭和にいた時ずっとやって来たから特に大変でもなかったが、ユウさんは少しびっくりしていた。平成の世では出来合いのおせちを買ってくるのが普通らしい。

 ユウさんの両親に挨拶に行き、新年の仕事が始まった。入院患者に休みは無いから医師や看護師は正月も交代で仕事をしているはず。頭が下がる。

 間もなく迎えた1月14日。「慶子」として生まれた誕生日。知っているのは自分だけ。実年齢は36歳、生まれた年から数えれば56年。

 1月17日に、「阪神淡路大震災関連番組」というのをテレビでやっていた。こちらに来る一年前の1995年に神戸や淡路島で大きな地震が起きてたくさんの人が亡くなったらしい。そんなことも「憶えていない」ことに周りはびっくりしていた。当たり前だけど、敬子が知らない期間にたくさんのことが起きたようだ。「国鉄」と言ったら笑われた。「JR」と言うようになったらしい。どこがどう変わったのか詳しいことは分からない。

 季節は巡り、3月になった。

 今度は「地下鉄サリン事件」についての番組がテレビで頻繁に放送されている。髭面のさえない容貌の男が教祖の宗教団体が1995年に地下鉄内に毒を撒いたとのこと。敬子が来る前の年にはずいぶんいろいろなことがあったようだ。

 この頃、敬子は体の変調を覚えた。

 2回の妊娠、3人の出産を経験している敬子にはすぐ分かった。

 「赤ちゃんが出来たんだ」

 今は「妊娠検査薬」というものがあるらしい。だが、今までの経験で使うまでも無かった。

 嬉しいことだけど、やはり思い出すのは昭和に残してきた3人の子供のこと。

 「あの子たち、あれからどういう人生を歩んだんだろう」

 夫に愛情なんて無かったけど、子供たちは別。自分の血を分けた子供たちのことは忘れるはずがない。

 今は自分と同じくらいの歳のはずなのに、やはり「子供」としか思えない。思い出すと涙が出てくる。

 「あの子たちに会いたい!」

 本気でそう思った。でも、それは叶う筈のないことだと分かっている。
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